帰りの電車で見かける子が気になっていた。

特別かわいいとか美人というわけではない。空いている車内で座席に綺麗な姿勢で座り本を読んでいて育ちの良さが雰囲気から漂っている。

それのせいかついその子を目で追ってしまう。名前も学年も知らない。

分かっているのはお嬢様学校の制服を着ているのでそこへ通っているってことだけ。話しかける気はない。不審がられるのはこっちもごめんだ。

車内で見かけたらラッキーと思う程度だった。今までは。




「なんで遅刻したくらいで俺が居残り掃除なんて…あっ!」


教師に対して文句を言いながらホームを歩いていると見知った姿を発見して思わず声を発してしまった。相手は俺の声にびっくりしたのか顔を上げた。

ベンチに座っていたのは電車で見かける例の子だった。その子は俺の顔を見て反応した。


「あなたは…」

「え、俺のこと知ってるの?」

「知ってるというか帰りの電車同じですよね」

「そうそう。俺、犬飼澄晴3年。君は?」

「みょうじなまえ2年生です」

「で、みょうじさんはなにしてるの?いつもの電車とっくに出てるけど」

「えっとそれが…」

「言いづらいならいいけど」

「いえ、あの…今朝、車内で痴漢に遭いまして…それで少し電車に乗るのが怖くなってしまって」

「痴漢!?最低だな。朝は人多いの?」

「はい。どの時間も大抵満員です。犬飼先輩は違うんですか?」

「俺はいつもぎりぎりだから」

「そうですか。でもきっと今日は偶然遭ってしまっただけですよね…」

「大丈夫そうになるまで俺が付き添ってあげるよ」

「え、でもそんな迷惑かけられません」

「気にしない気にしない。最近、遅刻気味で目つけられてたから早く行こうとしてたとこだし」


不安そうなみょうじさんを見ていられなかったからついそんなことを言ってしまったけど逆に迷惑だったかもしれない。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


みょうじさんは丁寧に頭を下げて初めて笑顔を見せてくれた。

それで完璧にみょうじさんに落ちてしまった。俺って単純。




「おおっと」

「大丈夫ですか。すみません巻き込んでしまって」

「俺が付き添うって言ったから気にしない気にしない。それより本当に満員だな。いつもこんなの乗ってるなんて大変だ」

「そうですね…あっ」


電車が揺れてみょうじさんの身体がふらついた。


「大丈夫?」

「はい。犬飼先輩は全然ふらつきませんね」

「上の手すりに掴まってるから」

「いいですね。背が高くて」


みょうじさんは俺を見上げた。身長差のせいで自然と上目使いになってドキドキする。


「よろしければお掴まり下さい」

「え、どこに」

「お好きなところにどうぞ」

「で、では失礼します…」


いたずらっぽく小さく腕を広げるとみょうじさんはそっと制服の裾を掴んだ。


「そこでいいの?もっと抱きついてきてもいいのに」

「犬飼先輩は変態さんですか?」

「違う違う断じて違うから」

「冗談です」


仕返しとばかりにみょうじさんはいたずらっぽく笑った。




あれから数回一緒に登校したけど特に被害はないようでひと安心した。

なまえちゃんは電車で見かけたときの大人しそうな印象とは違い。気さくで話しやすい子だった。

毎日会うわけではないけど会ったときは必ず一緒に帰ってたくさん話をした。今日も帰りの電車で隣に並んで座った。


「なまえちゃんさ2年なら小南とか知ってる?」

「小南桐絵ですか?もちろん知ってます。桐絵とは親友です」

「へー意外。性格違うのに」

「桐絵はいい子ですよ。先輩こそ桐絵と知り合いなんですか?」

「言ってなかった?俺ボーダー隊員」

「そうなんですか。知りませんでした。世間って狭いですね」


驚いて目を丸くするなまえちゃんもかわいい。


「ねぇなまえちゃんって好きな人いる?」

「えっ、えっとそれは…秘密です」


頬を染めて目を逸らした。この反応はいるな…。ちょっとショック。

なまえちゃんのことは名前と学校くらいしか知らないから相手がどんなやつか見当もつかない。


「先輩は…」

「ん?」

「先輩はいないんですか?」

「俺?俺は…」


なまえちゃんの目をじっと見るとなまえちゃんは首を傾げた。


「先輩?」

「俺はなまえが好きだよ」

「え、えっ!?」


なまえは顔を真っ赤にしてあたふたした。


「冗談だよ。困らせてごめん」

「そ、そうですか…冗談ですか…あ、降りないと」


なまえはドアに向かうと電車を降り振り向かず走って行ってしまった。


「バカか俺。なんであんな言い方したんだ」


後悔のため息をついて項垂れた。




あれからなまえと会うことはなかった。あんな言い方したら嫌われて当然だ。こんなことなら必要以上に親しくならなければよかったのかもしれない。

そうすれば苦しまずに済んだのに。自業自得だけど。


今日も足取り重く帰りのホームを歩いていると俺に手を振っている子がいた。

急いでその子のもとへ走ると思わず名前を叫んでしまった。


「なまえ!」

「犬飼先輩お久しぶりです」

「え、どうして、どうしているの」

「どうしてって帰りの電車に乗るためです」

「そうじゃなくて俺のこと避けてたんじゃ…」

「そんな避けたりなんてしません」

「だって最近ずっと会わなかったし」

「それは委員会が忙しくて帰りが遅かったからです」

「なんだ、そっか…あーよかった!!」


安心したら身体の力が抜けてその場にしゃがみ込んでしまった。


「どうしたんですか先輩。大丈夫ですか?」


心配そうに覗き込んできたなまえの手をどさくさに紛れて握った。


「大丈夫じゃないかも…」

「え、どうしよう。とりあえずベンチで休みましょう」


俺をベンチに座らせるとなまえも隣に座った。


「先輩どうですか気分は」

「うん。ごめん大丈夫」

「そうですか。よかったです」


なまえは安心したように笑った。ほんといい子だ。


「あ、そういえば先輩」

「なに?」

「先輩のこと桐絵に話したんですけど『あいつだけは絶対ダメやめときなさいあれは女の敵よ』って言ってました」

「小南は俺のことなんだと思ってるの」


なまえはクスクス笑っている。


「俺のことってなんて聞いた?」

「気になる人がいるんだけど、どう思うって聞きました」

「ふーん…って、えっ」

「どうかしました先輩」

「なまえ…気になる人って」

「え?あっ!」


ハッとしたなまえの顔は見る見る赤くなっていった。


「やだっどうしよう…忘れてください!」

「いや、忘れないし!この前言ってたなまえの好きな人って俺だったの?」

「うっ…そ、そうです!私は犬飼先輩が好きです!でも、でも先輩は冗談だって…」


なまえは泣きそうな顔で俯いたので両肩を掴んで顔をこちらへ向けさせた。


「なまえ聞いて。あの告白は冗談なんかじゃない。あの時は恥ずかしくてあんな酷い言い方したけど俺はなまえが好きだ。本気だから」

「先輩…」


なまえの大きな瞳から涙が零れた。


「ごめんなまえ。傷つけて…」

「違います。すごく嬉しくて…先輩ありがとうございます」


なまえを引き寄せて頭を撫でた。


「小南からの評判は悪いみたいだけどなまえのこと大切にするからこんな俺をよろしく」

「はい。よろしくお願いします」


なまえはまたクスリと笑って背に腕をそっと回してきた。




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