「なまえー!」
「柚宇ー!」
恋人同士の再会みたいに駆け寄って抱きしめあった。
「久しぶり!何年ぶり?」
「もうすぐ4年かな」
「そんなにかー長く感じたなあ」
「そうだね」
高校を卒業して遠方の大学へ進学した私は支部へ異動となった。
それから一度も本部に顔を出しておらず知り合いと顔を合わすこともなかった。柚宇と会うのも4年ぶりだ。
大学も無事卒業できたため本日付で本部へ戻って来たと言う訳だ。
「なまえ、綺麗になったねー。あ、彼氏できた?」
「いない、いない!忙しくてそれどころじゃなかったし」
「…穂刈くんとは?」
「会ってないよあれ以来」
「そっか余計なこと聞いてごめん」
「ううん。心配してくれてありがとう」
柚宇としばらくお互いの近況を語り合って別れその足で屋上へ向かった。
「変わらないなーここは」
4年は長かったのか短かったのか…。ここに来るとどうしても篤のことを思い出してしまう。
進路に悩んでいた私はよく篤と衝突していた。今思えば八つ当たりだったのに篤はいつも私の言葉をただ黙って聞いてくれていた。
でもそれが不安だった。なにも言ってくれない篤に私のことなんてどうでもいいのかと思ってしまった。そんな筈ないのに。
馬鹿な私はまた篤に当たってしまった。篤は私の両肩に触れると顔を上げさせた。
『会えばケンカばかりだな俺たち』
『っ!篤…』
『泣くななまえ』
『ごめんなさい…』
『謝らなくていい』
『篤っ』
『しばらく距離を置こう』
そう言って肩から手を離して背を向けてしまった。
『待って!篤!』
名前を呼んでも振り向いてくれなかった。こうして二人の関係は終わってしまった。
私が全部悪かった。いつも勝手で自分のことしか考えてなかった。嫌われて当然だ。
心身ともにボロボロになってボーダーも辞めようとした。けれど柚宇が必死に止めてくれた。
篤と別れたことを告げると自分のことのように悲しんで泣いてくれた。二人で日が暮れるまで大泣きした。
「青春だったなー」
懐かしさに浸っていると携帯が鳴って新しい隊長からさっそく呼び出された。ドアノブに触れようと手を伸ばせば先に扉が開いた。誰か入って来たようだ。相手を確認して固まってしまった。
「なまえ…」
「あ…」
「戻ってたのか」
「うん…」
目の前の懐かしい姿に一瞬見入った。昔から体格はよかったけど雰囲気もすっかり大人になっている。ハッと我に返って顔を伏せた。
「久しぶり」
「うん…」
「髪伸びたな」
手が伸びてきて思わず足を引いた。
「伸びるよ4年もあれば…」
「4年か…」
やっぱり4年は長かった。もうあの頃には戻れない。全部私が壊してしまった。
「じゃあね」
「なまえ」
「もう名前で呼ばないで。私たちもう他人だよ」
横を通り過ぎようとしたら腕を掴まれた。
「待て」
「離して」
「なんだ他人って」
「だってもうとっくに別れたんだから」
「別れた覚えなんてない」
「えっ」
腕を解こうともがいていた動きを止めた。
「何言ってるの…距離を置こうって言ったのはそっちじゃない」
「確かに距離を置こうとは言ったが別れるなんて一言も言ってない」
「なにそれ…」
距離を置くというのは篤の中では別れると結びつかないらしい。
「今更そんなこと…」
「俺は今も昔も変わらない。ただなまえが好きだ。それだけだ」
そんなこと言われても何も答えられない。
「手、離して」
「逃げるだろ離したら。そんなに嫌か」
「違う。嫌なんてそんな…隊長に呼ばれてるの。行かないと」
素直に答えると手を離してくれた。篤に背を向け屋上をあとにした。
名前を呼ばれただけで鼓動が早くなった。掴まれたところが熱い。まだ好きなんだと思い知らされた。篤も言葉にしてくれた。
でも今更戻れない。篤は私と関わらないほうがいい。そう思った。
◆◇
「うわー雨…傘ないよ。ついてないな」
天気予報チェックし忘れたのが痛かった。本部で仕事を終えて帰ろうとしたらこれだ。遅くなったのでもう知り合いもみんな帰ってしまった。
ため息をついてさあどうしようと思っていると隣に立った人がバッと傘を広げた。背の高いその人を見上げてぎょっとした。
「入るか」
「いえ…結構です」
「じゃあどうやって帰るんだ」
「止むまで待とうかと…」
「止まないぞ明日まで」
「うっ」
相合傘なんて何年振りだろう思い出せない。そもそもしたことあったかな。一回くらいあったかもしれない。やっぱりなかったかな。
「濡れるぞ。もっとこっち寄らないと」
突然グッと肩を引き寄せられて慌てて離れた。
「大丈夫だから!篤こそ濡れるよ!」
「あ、今名前で呼んだな」
「あ…」
しまった…。あまり変わらない表情がニヤリとしたのが見えた。
「あの、もうここでいいから」
「どこに住んでる。今」
「そこ曲がってもう少し行ったところ」
「まだ先だな。前まで送る」
「い、いい!もういいから」
「良くないな。せっかく傘貸したのに結局濡れたら意味ないだろ」
正論過ぎて言い返せない。結局マンション前まで送ってもらってしまった。
「篤ごめんね…」
「気にするなこれくらい」
「ううん。そうじゃなくて4年前のこと…不安なときいつもそばにいてくれて支えてくれて味方でいてくれたのにきつく当たって…八つ当たりばっかりしてごめんなさい」
謝罪なんてただの自己満足だ。でもどうしても言っておきたかった。
「俺は別に感謝されたくてなまえのそばにいたんじゃない。なまえが好きで大切だからそばにいた。それだけだ」
「篤…」
「でも距離を置いたのは間違いだった」
「え…」
「お互い冷静にならないとこのままじゃ本当に喧嘩別れになるかもしれないと思った。そんなの絶対嫌だった。だから少し距離を置こうと思った。こんなことになるくらいならずっとそばにいればよかった」
「っ…」
篤がこんなに自分の気持ちをぶつけてくれるなんて初めてで泣きそうになった。手が伸びてきて頭を撫でられた今度は逃げなかった。逃げるはずなんてない。
「篤は彼女いないの」
「今それを聞くのかこの状況で」
ほんとだ何聞いてるんだろ…。
「いたら浮気になるな」
あー…そうか篤の中では私たちはまだ付き合ってるんだ。
「ねえ、どうして」
「?」
「どうしてそんな風にひとりの人をただ思えるの。どうして私なんて好きでいてくれるの」
ダメだ声が震えて上手く言葉にできない。
「どうしてと改めて言われると分からないな。そういう性格なのかもな。ただ支えたいとか好きだから一緒にいたいとか。自分がそうしたいからしているだけだ。そんな単純なものだ」
性格か…。妙に納得した。今でも荒船くんとチームを組んでサポートしている所とかただそばにいてくれる所とか篤はそういう人なんだ。私はそういう所がどうしようもなく大好きなんだ。昔も今も。
「篤…ありがとう」
私の目からついに涙が零れてしまった。
私も好き。だからまたそばにいさせて。
それがどうしても言えなかった。
◆◇
「穂刈さん!好きです!」
「!?」
本部の廊下を歩いていたら告白現場に遭遇してしまった。
え、しかも篤…。いくら人気がない場所といっても本部で告白とは最近の子はすごいな。いや、篤も屋上でガンガン好きだと言ってくれたな。
思い出して照れてる場合じゃない。その篤が告白されてるんだ。盗み見は最低だけどつい柱の陰に隠れて様子を伺ってしまった。
「ありがとう。でも悪い。俺は好きな人がいる」
「…そうですか…あのどなたか聞いてもいいですか」
聞くのか!すごい勇気。私なら聞けない…。
「なまえ」
聞く方も聞く方だけどさらりと答える方も答える方だ。恥ずかしさに耐えられなくてUターンして逃げた。
再会してから篤は時間があればそばにいてくれて帰りも送ってくれることが多くなった。でも微妙な距離感はちゃんと保っていて今も少し前を歩いている。
「へっくし!」
おかしなくしゃみをすると篤が振り返った。あ、今の振り返った瞬間かっこよかった。って何考えてるんだ。
「大丈夫か」
「うん…最近急に冷えてきたね」
コートも手袋もばっちり身に着けてきたのにマフラーだけ失念していた。不覚。首元が寒い。鼻をすすりながら答えると篤は自分のマフラーを取って私の首にぐるぐる巻きつけてきた。
「風邪引くよ…」
「平気だ。鍛えてるからな。苦手だろ寒いの」
「うん…」
「できた」
「ありがと…」
目だけでチラリと見上げると至近距離で目が合ってちゅっと音がした。ちょっと待て。
「今なにを…」
「礼それでいい」
中学生や高校生じゃあるまいしこんなことで照れたりなんて…する。きっと顔赤い。距離感なんて保ってないなこれは。
「…今日告白されてたね」
「見てたのか」
「見てた。相変わらずモテるね」
「モテないぞ俺は」
「知らないの?篤人気あったんだよ。かっこよくて優しくて運動ができる男子はモテるんだよ」
「ふーん。そんな風に思ってくれてたのか俺のこと。べた褒めだな」
「思ってたよ。篤が呼び出されるたびこのままその子の所に行っちゃったらどうしようっていつも怖かった」
「なまえ…」
「ごめん。何言ってるんだろ」
「嬉しいぞ俺は」
本当に嬉しそうな顔してる。
◆◇
私と篤はよりを戻すでもなくきっぱり別れるでもなく微妙な関係を続けていた。
「あ…降ってきた」
慌てて洗濯物を取り込んでぎりぎりセーフで濡れずに済んだ。結構きつくなってきたな。洗濯物を畳みながら窓の外を眺めているとインターフォンが鳴った。ドアを開けると篤が立っていた。
「どうしたの!?ずぶ濡れ!」
タオルを取ってきて渡すと腕を引かれ壁に押さえつけられた。掴まれた腕が痛い。
「っ!なに…」
「なまえ…俺はもう限界だ」
「え…」
「嫌いならそう言ってくれ迷惑ならさっさと突き放してくれ」
「…そんな嫌いなんて、迷惑なんてそんなはずない」
「じゃあどうして何も言ってくれない。そうか…俺を弄んでるのか」
「痛っ!」
掴まれた腕が折れそうなほど強く握られ悲鳴が出た。篤はハッとして腕を離して出て行ってしまった。
「生殺しだな」
物騒な言葉を発しながら荒船くんが前の席に座った。
「なに急に」
「穂刈…いい加減どうにかしてやれ気の毒だ」
「うん…」
「穂刈はどうしてああなんだろうな。一途すぎるだろ」
「そういう性格なんだって」
「なるほどな妙にしっくりくる」
「私ね篤のこと好きなのすごく」
「俺に言ってどうすんだよ」
「言えないの篤には。どうしてだろう」
「あれか。私に関わったらまた辛い思いさせるとか思ってんのか」
「さすが荒船くん」
「バカか今の方がよっぽど辛いだろ。あいつのことだとっくにお前が好きでいてくれてることに気づいてるかもな」
「分かりやすいもんね私」
「で、待ってるんだろな。お前から言ってくれるの」
「篤は?」
「最近来てねえ。理由ははっきり言わねーけど行ける状態じゃないんだと。病んでるんじゃねーか」
「え、そんな…篤のとこ行ってくる!いろいろ聞いてくれてありがとう!」
お礼を行って篤の住んでるマンションへ向かった。ちゃんと行ったのは今回が初めてだ。以前聞いてもいないのに俺はあそこの3階に住んでるからな。とか言ってた気がする。
「あ、ここだ。よかったちゃんと着けた」
インターフォンを鳴らしても反応がなかった。どうしよういないのかな。もう一度鳴らすと少ししてドアが開いた。
「なまえ…?幻覚…?」
「篤…まさか…」
目の前の篤に呆然としてしまった。
「38度…」
「どうしちまったんだ俺は」
「風邪じゃないかな」
「まさかこの俺が…」
「鍛えてるから風邪引かないんじゃなかったの」
「引くときは引く」
「それはそうだね。ほら寝てて」
篤の肩を押して横にすると手を重ねてきた。体温が熱い。
「雨に濡れたからだよね。私のせいだ」
「違う。あの後、裸で寝たからだ」
「なにしてるの」
「あの時は悪かった。突然ものすごく不安になった」
「ううん。私の方こそごめんなさい。荒船くんに怒られた」
「荒船?」
「うん」
篤の熱い手を握り返した。
「篤。私、篤が好き。昔と変わらず、ううん…あの頃よりずっと大好き」
「なまえありがとう」
腕を引かれ篤の上に倒れこんだ。
「篤…んっ」
後頭部に手を添えられ引き寄せられキスされた。
「好きだなまえ。やっと元に戻れた。もう離さないからな」
「うん…」
引き寄せられまたキスされると思ったら身体が反転した。視界に篤と天井が見える。篤の手が頬、首筋と撫でるように下ろされ胸の上で止まった。
「あの篤くん…?ひゃっ!」
服の上から揉まれ思わず声が出た。
「待ってっ」
「待てない」
「きゃっ、やっ!」
「久しぶりだから上手くできるか分からないけど…」
「やっやだってば」
篤は熱いなと言って服を全部脱いで私のも脱がせ始めた。
「風邪引いてるから熱いんだよ。だからやめよう…ね?」
「無理だな。風邪引いてるときは汗かいたらいいらしい」
「これは間違ってるよ!」
「優しくするから。たぶん」
「たぶんって、あっ、ん、」
足を開かれ指を入れられてもうダメだと思った。
1回で終わるはずもなくあまり優しくもなく翌日ベッドの上から動けなくなった。当の篤はすっきりした様子で全回復して私の看病とかし出した。
「ムカつく…」
背中を向けると本気で謝ってきたので今回だけは許すことにした。
「なんだ穂刈風邪だったのか」
「うん…」
「で、今はお前が風邪引いてるのか。そうかそうか」
ニヤニヤしている荒船くんにマスクの下で舌打ちをした。しばらくこのネタでからかわれそうだ。
「なまえ、帰るぞ」
「あ、うん。じゃあね荒船くん。いろいろ迷惑かけてごめん」
「気にすんな。よかったな」
「うん。ありがとう」
荒船くんに手を振って篤の元へ向かった。
「そのマスク…」
「ん?」
「取らないのか」
「取らないよ。うつるといけないから」
「なんでだキスできないだろ」
「なんで真顔なの。しないよ」
「しないのか…」
「な、治ったらするよ」
あーなんて嬉しそうな顔してるんだろう。これからは篤にずっとこんな顔していて欲しい。