行為の後ベッドにうつ伏せでぐったりしていると慶はさっさと帰ってしまった。薄情なやつと思ったけれど仕方がない。私たちは付き合ってなんていないから。



いつからこうなったんだっけ。確か高1の終わりか高2とかそれくらいだ。

年頃の男の子がこういうことに興味を持ち始めるころ慶も例外でなくてただやってみたい。そう思ったのだろう。

初めては私がいいとかそういうのではない。近くで手頃なのを探したら同い年で幼なじみの私がいた。ただそれだけで選んだんだ。



親が共働きで遅くまで家に一人でいる私の所に小さい頃から遊びに来ていた慶は大きくなってもその延長でよく家に来ていた。

いつも通りズカズカと部屋に上がり込んできたけど特に気にしていなかった。けれどその日はいつもと違った。

突然ベッドに押し倒された。唇を塞がれて身体をあちこち触られた。最初は混乱して少し恐かった。

この先なにをされるかなんて小さい子供じゃないんだから分かっていたけれど抵抗しなかった。

慶ならいいと思ってしまった。強張っていた体の力を抜くと舌が入ってきた。受け入れるように目を閉じた。



あのとき身体を開いたのがいけなかった。頭が空っぽの都合のいい女だと思われた。バカだった。

あの頃に戻りたい。せめてちゃんと慶に好きだと伝えたい。それで拒否されれば傷つくけれど今よりずっとマシなはずだ。



思い出して泣きそうになったけれど眠気が襲ってきた。もう何も考えたくなかったからそのまま眠ることにした。





慶が本当は誰を好きなのかなんてとっくの昔に知っている。もう一人の幼なじみの蓮ちゃんだ。年下だけど大人っぽくて綺麗で頭もよくて私なんかとは正反対の人。


高校生の頃、教室に忘れ物を取りに行ったとき男子が慶と話しているのを聞いてしまった。

二人いる幼なじみのどっちがタイプという話になって慶はさらりと月見と答えた。私はその日から慶への気持ちを心の奥底へ隠した。それから少しして慶との不健全な関係が始まった。



今思うと慶は高嶺の花の蓮ちゃんへの穢れた欲求を私の中へ吐き出していたのかもしれない。最低だ。こんなこと考える自分がいちばん最低だ。もうあれこれ考えるのも嫌になってきた。こんな関係終わらせてしまいたい。




「なまえちゃん」

「あ、蓮ちゃん」

「今帰り?」

「うん」

「久しぶりに話したいことたくさんあるの。時間よかったらお茶しましょう」


頷くと蓮ちゃんは綺麗に笑った。蓮ちゃんは大学生になってさらに綺麗になったけれど可愛らしさも残っていて慶が好きになるのも無理ないと思った。私にも少しでも蓮ちゃんみたいなところがあったらよかったのに。


「あ、そうだなまえちゃん聞いて、私ね彼氏ができたの」

「えっ」


蓮ちゃんの口から出た彼氏という言葉に心がざわついた。


「そうなんだ。どんな人?」

「同じ大学の同い年の人でね…」


内心ほっとしてしまった。慶じゃなかった。蓮ちゃんはスマホを取り出して写メを見せてくれた。


「美男美女だねーお似合いだよ」


照れながら笑う蓮ちゃんは恋する女の子だ。本当にかわいい。


「なまえちゃんは彼氏いるの?」

「えーいないよ。私には無理だよ」

「どうして?なまえちゃんボーダーでも人気あるのよ」


人気?私が?そんなの聞いたことない。告白なんて生まれて20年されたこともない。


「蓮ちゃんもお世辞が上手になったね」

「お世辞じゃないのに。ね、好きな人はいないの?」

「好きな人なら…いる」

「だれだれ?」

「秘密」

「えーずるいわ。教えてよ」


慶の顔が浮かんだ。けれど言えるはずなかった。こんな歪んだ関係。

蓮ちゃんとの話は尽きなかったけれど日も落ちてきたのでまた明日と言って別れた。




家に着き鍵を開けて中に入ると玄関に見覚えのある靴があった。部屋に行くと当然のように慶がくつろいでいた。


「おかえりー。遅かったな」

「なにしてるの」

「なにってなまえを待ってたに決まってるだろ」

「どうやって入ったの」

「ちょうど仕事行くおばさんと会って入れてもらった」


お母さん何考えてるの…。


「帰って。レポートしなきゃいけないの」


慶に背を向けてバッグから課題を取り出した。


「そんなの終わってからでいいだろ」

「やだっ離してっ」

「いいから来いって」


慶は無理やり腕を引くと私をベッドに放り投げて覆い被さってきた。


「重い退いてよ」


非難の視線を向けても慶は楽しそうに笑っている。遠慮なく太ももを撫でまわす手を掴んで制止させると不満そうな顔をした。


「なに?今日なんか変だぞ」


苛立ってきた。慶にあのことを話したらどんな顔をするのか見てみたかった。


「ねえ、知ってる?」

「なにが」

「蓮ちゃんね彼氏が出来たんだって」


服を脱がしにかかっていた手がピタリと止まった。


「だからなんだよ。今は関係ないだろ。集中しろ」


想像と違った。もっと取り乱すと思ってたのにまさかの無反応。私の方が動揺してしまった。情けない。





「ん…」


またいつのまにか眠っていたようだ。頭がぼんやりするけれどこのままでいるわけにもいかない。身体を起こそうとすると腰に鈍痛が走った。

慶のせいであちこち痛い。身体がダルい。回された腕が重い。ん?腕?意識がやっとはっきりしてきて今更になって背中にぬくもりを感じた。慌てて起き上がると慶が隣で気持ち良さそうに寝ていた。


「嘘…なんでいるの…」


身体に巻き付いていたのはもちろん慶の腕だった。後ろから抱きしめられていたようだ。


「んー…あれもう朝…?」


慶は目を擦りながら眠そうに私を見た。


「なんでいるの」

「なあ、もう朝?」

「まだ夜。ねえ、なんでいるの」

「おじさんとおばさんは?」

「夜勤。今日は帰ってこない」

「よし、じゃあ風呂入ろ風呂」


慶はやっと起き上がると私の腕を引いた。




「どうして私は慶とお風呂に入ってるの」

「なまえの家、風呂でかくていいな〜」


親がいないからってやりたい放題だな。


「なあもっとこっち来い」

「やだ」


慶はぶうぶう文句を言ってるけど無視だ。


「そういえば月見に彼氏ができたって?」

「う、うん」


突然の蓮ちゃんの話題に心臓が跳ねた。


「彼氏欲しいって言ってたからよかったな」

「ショックじゃないの?」

「なんで俺が」

「だって蓮ちゃんのこと好きなんでしょ」

「俺が?いつそんなこと言った」

「蓮ちゃんがタイプだって…」


慶は首を傾げたあと、あー!と言って手をポンと叩いた。


「なまえあれ聞いてたのか」


ニヤニヤした顔がイラつく。


「そう言っとけばなまえに興味持つやつ少なくなると思って。全然意味なかったけどな」

「なにそれ」

「俺が目を離した隙になまえに悪い虫がついたら困るだろ」

「付かないから。20年間彼氏なんていたことないの知ってるくせに」

「俺が邪魔してたからな」

「はっ…?」


格子状の目が妖しく光った。


「なまえに近づくやつ全員俺が追い払ってた」

「なんでそんなこと…」

「鈍いななまえ…俺がなまえを好きだからに決まってるだろ」

「知らないそんなこと」

「え?言ってなかった?」

「聞いてない!」


声を荒げると頭がふらついた。ダメだ逆上せてきた。お風呂から出ると服を着てリビングで水を喉に流し込んだ。


「大丈夫か」

「もう帰って。それからもう来ないで」

「は?おいこっち向け」


腕を捕まれ無理矢理向かい合わせにされた。


「泣いてんのか…?」

「好きとかなに…バカにしてるの?今更そんな関係になれるわけないじゃない」

「お前誤解してる。俺はいつでも本気でなまえを抱いてた」

「嘘つき…終わったらさっさと帰ってたくせに」


睨むと慶は頭を掻きながら、あー…と曖昧な態度をとった。


「さっさと帰って処理しないとまたなまえとやりたくなるから」

「は?」

「さっさと帰る理由」

「うわ…」

「引くな引くな」


慶はケラケラ笑っている。


「とにかく身体だけとかじゃないからな。俺はなまえが好きだから」

「うん…」


真面目な顔で言われて急に恥ずかしくなった。


「私も慶が好き。ごめん…」

「なんで謝んの」

「慶のことばっかり責めてるけど私もちゃんと気持ち伝えていればこんな遠回りしなくて済んだのに。最初に慶を受け入れたのがいけなかった」


慶は私の涙を拭うと抱きしめて頭を撫でてくれた。


「不安にさせてごめん。順番間違えたのは俺だ。俺が全部悪い」

「ううん…もういいの。ちゃんとお互い好きって分かったから」


しばらく抱きしめあったあと慶は優しいキスをいっぱいくれた。


「それにしてもおかしいなー」

「なにが?」

「月見になまえのこと相談したら、待ってるだけじゃダメ!ガンガン攻めないと!って言ってたからアドバイス通りに押し倒したのに」

「それ全然アドバイス通りじゃないから」


とりあえず慶を一発しばいておいた。



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