ずっとずっと好きだった幼馴染みの哲次くんに勇気を出して告白をした。

そして見事に玉砕した。


今更そんな風に見れないだそうだ。そう言われても仕方がないのかもしれない。物心ついた頃から当然のように隣にいた。

ドジでトロくて迷惑ばかりかけていた私を哲次くんはいつも助けてくれた。

そんな私を今更恋愛対象として見られないのは当然で哲次くんの中では世話の焼けるただの幼馴染みくらいでしかないだろう。


告白なんてしてしまったものだから案の定気まずくなって以前のように話しかけられなくて避けるようになってしまった。


学校が違うので顔を合わす機会は少ない。ボーダー内でも荒船隊の作戦室に近づかなければあまり会うこともない。家は隣同士だけど案外出会わないものだった。


正直とても寂しいけれど私が少ない勇気を振り絞ったのがいけなかったんだ。こんな風になってしまうくらいなら告白なんてしなければよかった。そんな考えの自分も嫌で仕方がなかった。





なまえに突然告白された。まさか俺のことをそんな風に見ていたなんて微塵も思っていなかったので心底驚いた。

俺にとってなまえは昔から危なっかしくて放っておけないつい世話を焼いてしまう幼馴染みといったところだ。今更恋愛対象として見れないと素直に答えればそうだよねとだけ言って俯いた。

その日からなまえは俺の前に現れなくなった。





「女子は上書き保存と言う言葉があるな」

「なんだそれ」

「女子は新しい恋を見つけると以前のことは綺麗さっぱり忘れて新しい思い出を重ねていく上書き保存思考。男は思い出を別々に考える名前をつけて保存思考というらしい」


隣の穂刈は珍しく饒舌だ。俺たちの視線の先には楽しそうに並んで歩いているなまえと犬飼がいる。


「何かあったのかみょうじと」


やたら鋭いチームメイトになまえとの件を話すと普段あまり変わらない表情が少し驚いた顔になった。


「振ったのか」

「ガキのころから知ってんだ。今更そんな風に見れねーだろ普通」

「そうか。なら何故そんな顔してる」


指摘され元々あった眉間のしわがさらに深くなったのが分かった。


「俺どんな顔してる」

「いまにも弧月でぶった斬ってやりたいって顔してるな」

「気のせいだろ」


鼻で笑ってその場をあとにした。


俺が嫉妬してるって言うのか?

なまえはただの幼馴染だ。振ったのは俺だ。他の誰とどうしようが関係ない。そうだ関係ないはずだ。なのに気に入らない。癇に障る。

なまえが俺以外の男の隣にいることが俺以外の男に笑顔を向けていることが許せなかった。俺じゃないと許せなかった。

矛盾する思いとどす黒い感情が自分でも恐ろしいと思った。





「あれ、また落ち込んでる」

「あ…犬飼くん」


本部の人気のない場所で相変わらず立ち直れずに一人落ち込んでいる私を見て笑いながら犬飼くんが近づいてきた。


「ダメだね私。何してても哲次くんのこと考えちゃって」

「仕方ないじゃん好きなんだからさ」

「うん…でもいつまでもこのままじゃね…いい加減吹っ切らないと」

「どうやって?」

「分からない…どうしたらいいと思う?…なんて答えなんてないよね」


自分に呆れてため息をつくと犬飼くんは黙ったまま目の前に立って私を見下ろした。


「どうしたの?」


首を傾げると腕を掴まれ壁に押さえ付けられた。背中の痛みに思わず目をつむった。すぐ開くと目の前に犬飼くんの顔があった。


「慰めてあげよっか?」

「は、何言って」

「忘れるにはこれがいちばん手っ取り早いよ」

「ふざけないでやめてっ」


犬飼くんの手が伸びてきて背中から腰にかけてスッと撫でられ全身に寒気が走った。


「きゃ、んっ」


手で口を塞がれ悲鳴が掻き消された。引き剥がそうと必死にもがいても力では到底敵わない。口元には笑みを浮かべているのに目は全く笑っていない犬飼くんが酷く恐ろしかった。


「身体があればさ好きじゃなくてもできるんだよね。そんな風に弱み見せると俺みたいな奴に付け込まれるよ」

「んーっ!」

「暴れるなよ。あー、一応言っとくけどみょうじのことは別に嫌いじゃないからね?」


挑発するように笑った犬飼くんを見て私の中でなにかが切れた。




◆◇




「お前なにやってんだこんなとこで」

「どういう状態だそれは」

「おー荒船、穂刈ちょうどいいところに。ちょっと手貸して」


荒船と穂刈は理解不能という顔で俺を見下ろしている。無理もない俺は今、見事に地面にひっくり返っている。手を伸ばすと荒船が手を差し伸べてくれた。


「サンキュー。いやーみょうじって強いんだな」


呆れていた荒船からスッと表情が消えた。


「今なんつった」


差し出していた手で胸倉を掴まれた。


「お前、なまえになにかしたのか!」

「なにかって…ねえ?」

「お前っ…!ふざけんな!」


荒船はあろうことか首を絞めてきた。これは死ぬ。


「落ち着け荒船。挑発してるだけだ」


穂刈が冷静なおかげで荒船から解放された。


「探してやれみょうじを」


俺を殺さんばかりの目で睨んでいた荒船は背を向けて駆けて行った。


「いやー死ぬかと思った」

「さすがに笑えなかったな。どうしてあんなこと言った」

「二人がもどかしかったからつい」

「そうか。でもまずかったなやりかたが」

「そうかな…ってなに、ちょっ、ぐえっ」


穂刈がヘッドロックをかましてきた。


「ちょ、待って!お前のは本気でやばい!」

「罰だな。うちの隊長とみょうじをからかった」





必死に走って作戦室に飛び込んだ。怖かったいつもの犬飼くんじゃなかった。冗談なのか本気なのかそれすらも読めない瞳をしていた。

震えが止まらない。自分の身体を抱くようにしてその場に座り込んでいると突然作戦室のドアが大きな音をたてて叩かれ身体が跳ねた。


『なまえ!』

「哲次くん…?」

『いないのか!?』


珍しく声を荒げている哲次くんにビクビクしながら少しドアを開けて顔だけ覗かせるとこじ開けて中に押し入ってきた。


「犬飼になにされた」

「え…」

「言えねーのか」

「なにも…ないよ」

「嘘つくな」


目を逸らすと気に入らなかったのか距離を縮めてきて思わず後ろに下がってしまった。

近づかれる度に後退していたら冷たい壁に背中が当たった。バンッと壁を叩く大きな音がして両手で逃げ道を塞がれてしまった。


「なまえ!」

「きゃっ」


大きな声が怖くて身を縮めた。


「荒船くん…こわい」

「荒船くんだあ?そんな風に呼んだことねーだろ」

「だって…」

「犬飼と付き合ってんのか?俺に好きって言っときながら?」

「え…」

「楽しそうにしやがって」

「違う!そんなんじゃない!」

「じゃあなんだ」

「相談してただけ荒船くんのこと吹っ切りたいって!そしたら…」

「やられそうになったのか」

「…っ!」

「隙を与えるな弱みを見せるな男と二人きりになるな!お前はぼんやりしてるから危なっかしいんだよ!昔から言ってんだろが!」

「ごめっごめんなさあい」


怒鳴るとなまえの瞳からぶわっと涙が溢れた。しまった言い過ぎた。


「なまえ…」

「ごめんなさいっもうしないから、許して、怒らないで、嫌いにならないで」


ぼろぼろ泣いているなまえを見て昔のことを思い出した。


いつもぼんやりしてよく危ない目に遭っていたなまえにこうやって説教すると最後は大泣きして何度もごめんなさいと謝ってぼろぼろ泣いていた。

その度に俺も言い過ぎたごめんと謝っていた。昔とちっとも変らない。

俺はなまえが心配で仕方がなかった。目を離したらフラフラどこかへ行ってしまいそうで俺の知らないどこかへ消えてしまいそうで不安だった。

なまえにはいつも隣にいて欲しかった。昔も今も…。そうか俺はあの頃から…。


「ふっ、ははは!」

「?」


突然笑い出した俺になまえは不思議そうな顔をしている。


「悪いなまえ。言い過ぎたごめん。説教じゃなくてなまえのこと心配するべきだった」

「荒船くん…?」

「やめろそれ」

「哲次くん、ごめんなさい、もっとしっかりするから」


壁についていた手を離してなまえを引き寄せた。


「わ、え、哲次くん?」

「無理だろ」

「え?」

「ガキのころからぼーっとしてんだ今更しっかりなんてならねーだろ」

「そんな…」

「だからお前はそのままでいい」

「え?」

「そのままでいいなまえは。俺がそばにいる。ずっとそばにいるから」

「え、それって」

「俺もなまえが好きだ。気づかなかっただけでずっとなまえが好きだった。鈍いのは俺だったな」

「哲次くん本当…?」

「本当だ。好きだなまえ」

「私も、私も好き!」

「知ってる」


哲次くんは笑うと頬の涙を拭ってくれた。その手は後頭部に添えられそのままキスされた。最初は触れるだけだったのに角度が変わり口を少し開かれ舌が入ってきて絡められた。


「なまえ…」

「んっ、ふっ」


唇が離れるたび低い声で名前を呼ばれ身体が熱くなっていく。哲次くんの首に腕を回して必死にしがみついた。そうしていないと足元から崩れてしまいそうだった。


「なまえ、犬飼にどこ触られた」

「え、あっ」


哲次くんの手が身体のあちこちを撫でるように触れていく。哲次くんに触られても少しも嫌じゃなかった。


「ここか?」

「あっ、やぁ」

「嫌か」

「いや、じゃない、もっと…もっと触って」

「エロいななまえ」

「んっ」


頭がぼんやりする。作戦室でこんなの誰かに見られたらとか不安や羞恥はたくさんあるのにニヤリと妖しく綺麗に笑った哲次くんに溺れてしまいもう何も考えられなくなった。



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