久しぶりに勝てた…。

安堵のため息をつきながらブースを出ると出水くんがこちらへ駆けてきた。


「おつかれ!はい差し入れ」

「いいの?ありがとう。私これ好きなの」

「へーそうなんすか。調子戻って来たみたいでよかった。最近元気ないみたいだったから」

「あー…うん。ちょっとね失恋して…」

「えっもう?」

「もうとか言わないで。いろいろあったの」

「いろいろってなに?」

「言わない!」

「えー!ま、いっか。二宮さんも心配してましたよ」

「どうして二宮くん?」


首を傾げると出水くんも首を傾げた。


「どうしてって同期でしょ?」

「そうだけどあまり接点ないよ。ポジションも学校も違うし一言二言話したことあるかなーってくらい」

「へー」


出水くんは何故か微妙な顔をした。


「そろそろ帰るね。ジュースありがとう」


出水くんと別れて家に帰った。

ボーダーに入隊するとき親元を離れたのでマンションに一人暮らしをしている。

自由だし気楽でいいけれど今はしんと静まり返った部屋に一人でいるとどうしても失恋したことを思い出してしまう。

制服を着替えてテレビを見ていても全然頭に入ってこない。モヤモヤする…。こんなときは気分転換に限る。コンビニにアイスでも買いに行こう。


施錠してトボトボと近所のコンビニへ向かった。こんなとき大人だったら飲んで忘れるのかな…。あいにく私はまだ未成年だ。

お酒が陳列している棚をぼんやり眺めていると隣に人の気配がした。邪魔だったかなと思い相手を確認すると思わず声が出た。


「あ…」

「みょうじか…」


まさかこんなところで二宮くんに会うとは思わなかった。そういえば彼も一人暮らしで割りと近所のマンションに住んでいると聞いたことあるような、ないような。


「何してる」

「何って普通に買い物だけど…」


出水くんは二宮くんが心配していたとか言っていたけど正直私はこの人が苦手だ。

無表情で何を考えているのか分からない。私はあまり頭がよろしくないのでこういう賢そうな人とはきっと性格が合わないだろうと勝手に苦手意識を持っている。

特に話すこともないのでさっさと退散しよう…。


「じゃあね」


無視は失礼だと思いとりあえず軽く挨拶をして背を向けた。


「失恋したそうだな」


まさか二宮くんの口からそんな言葉が出るとは思ってもみなくて足を止めて振り返ってしまった。


「家に一人でいてもどうせその事ばかり考えているのだろ」


うっ図星…。


「相手してやろうか」

「はっ?」


二宮くんは相変わらず表情が読めない。


「ごめん意味が分からない。相手って?」

「外で待ってろ」


それだけ言うと背を向け行ってしまった。そしてなぜ私は言う通りにしているのだろう。でも無視して帰ったらあとが恐い。


「待たせたな。行くぞ」

「えっどこに」


私の言葉を無視して二宮くんはスタスタ歩き出した。まさか家に連れて行く気じゃ…いやいやないない。二宮くんが私になにかするなんて考えられない。

とりあえず後ろをついて行くと人気のない公園に着いた。外灯の下にあるベンチに座るとこちらをチラッと見て座れと目で訴えてきた。隣に座ると何か差し出してきた。


「ほら」

「ありがとう…」


外灯の灯りで確認すると本日二回目の私の好きなジュースだった。


「で、何故振られたんだ」

「直球…」

「グダグダ聞いても仕方がないだろ」


そうだけどもう少しこうオブラートに包むとか…もういいや。元彼とのことを掻い摘んで話した。


彼とは中学が同じだったけれど特別仲がいいわけではなかった。なのに突然告白された。戸惑ったけれど、はいと答えた。

それからは何もなかった。デートどころか話すことも会うことも一度もなかった。

そんなある日、彼が知らない女の子と歩いているところに遭遇した。

やっぱり私は遊ばれていた。彼は私がボーダーの人間だから近づいてきただけだった。告白された時期がちょうど入隊した頃と重なっていたから確信した。


『なんかボーダーの人間が彼女とかって自慢できるじゃん?そうじゃなきゃ誰がお前みたいな地味な女相手にするかよ』


彼は嘲笑しながらそう言った。


「失恋なんて言ったけど付き合ってすらいないよねこんなの…」


苦笑すると隣でメキッという鈍い音がした。二宮くんを見ると持っている缶コーヒーがベコベコになっていた。え、なにこれ恐い…。


「二宮くん?」

「続けろ」


続けるもなにもこれで終わりですが…。


「告白なんて初めてされたから舞い上がってたのがいけなかったんだよね…」


二宮くんはさっきからだんまりでなんだかとても居心地が悪い。立ち上がると二宮くんも立ち上がった。


「そろそろ帰るね。なんだか愚痴みたいになってごめんなさい。聞いてくれて、」


ありがとうと言おうとしたら肩を掴まれた。


「二宮く、んっ」


唇に柔らかいものが触れたと思ったらすぐに離れた。至近距離に二宮くんの顔がある。

待って何が起こったの。


「俺はお前みたいな女好きだ」


状況が飲み込めず何も言えないでいると肩から手が離れた。

私はただ、帰る!とだけ言ってその場を走って逃げ出した。


部屋に着くとベッドに飛び込んで布団を頭まで被った。


何?何が起こったの?キスされた?好き?二宮くんが私を?ありえないありえない夢だこれは!寝て起きたら何もかも忘れているはず!目をきつく瞑った。


そんなはずないよね…ハハ…。翌朝、思ったよりぐっすり眠れて頭がスッキリしている。昨日二宮くんに話を聞いてもらったからかもしれない。ほら全然忘れてない…。


学校へ行く準備をしようと思ったけれど今日が日曜日だということを思い出した。休日は決まって午前中から本部に行って訓練やランク戦や戦術の勉強をしている。

そういえば二宮くんを見掛けることもあった。もしかしたら会うかもしれない。別に強制されているわけではないので行く必要はないけれど露骨に二宮くんを避けているみたいで嫌だった。

それに本部は広いから会わないかもしれないし。そんなことを考えながら身支度をした。





資料室が混む前に先に行っておこうと思い廊下を歩いていると突然横から伸びてきた手に腕を掴まれてそのまま引っ張られた。


「わっ!?」


バランスを崩して倒れそうになった身体をその手が支えた。驚いて顔を上げると二宮くんが私を見下ろしながらバタンとドアを閉めた。

早速、遭遇した!私の顔はきっと引きつっているに違いない。


二宮くんは無言のままソファに座り足を組んだ。そしてまた座れと目で訴えてきたけれど今度は二宮くんの正面に立つことにした。

隣に座るとか無理です。そんな勇気ありません。二宮くんは不満気な眼差しを向けてきた。


「あの…何か用…?」

「何かだと。昨日のことに決まっているだろ。もう忘れたのか」


忘れたくても忘れられません!


「えっと…」

「お前まさか俺が冗談や冷やかしであんなことしたと思っているんじゃないだろうな」

「思ってないよ…二宮くんはそんなことする人じゃない。でもどうして私なんて…」


まだ十数年しか生きていないけれど自分に自信を持ったことなんて一度もない。

人より努力してやっと人並みになる私はそんな自分が嫌いだった。だから変わりたくてボーダーに入ったのかもしれない。

嘘の告白に舞い上がってしまったのも誰かに必要とされたと勘違いしたからだ。そして簡単に騙されて裏切られた。あの出来事のせいでさらに自分に自信が無くなってしまった。


「お前が誰よりも努力して訓練や勉強をしていることを知っている」

「え、どうして…」

「ずっとみょうじを見てきたからな」


二宮くんは座ったまま左手を伸ばすと私の右手を取った。


「そんなみょうじを気づいたら目で追っていて好きになっていた」


優しく手を握られて視界が滲んだ。


「泣くな」

「ごめんっそんなこと言われたの初めてで、嬉しくって」

「自分のこともっと好きになれ」


頷くと二宮くんは立ち上がり抱きしめてくれた。雰囲気と言動だけで勝手に苦手意識を持っていたけれど二宮くんはこんなに優しく私に触れてくれる。


「今はまだ二宮くんのこと好きなのか分からない」

「正直だな」

「でもきっとすぐに好きになるよ…」

「そうか」


二宮くんはフッと笑うと泣き止むまでずっと抱きしめてくれた。





「なまえさん、なまえさん」

「あ、出水くんお疲れさま」

「聞きましたよ二宮さんと付き合うことになったって」

「う、うん」


やたらニヤニヤしていると思ったらその話か。


「いやー俺からしてみればやっとかって感じっす」

「どういう意味?」


出水くんは一瞬しまったという顔をしたがすぐに開き直った。


「二宮さんかなり前からなまえさんのこと気になっていたみたいなので」

「え?」

「この間も最初は一緒に見てたのに終わったらどっか行っちゃうし。あ、実は差し入れのジュースは二宮さんからだったんすよ。絶対言うなって口止めされたけど」

「うっうそぉ…」


はっ恥ずかしい…!顔を覆っていると背後に人の気配がした。


「にっ二宮くん!」

「ここにいたのか行くぞ」

「デートっすか!」

「テスト勉強だよ!」

「お前もちゃんとしておけよ」


はいはい言いながらニヤニヤと手を振っている出水くんに手を振り返し先に行ってしまった二宮くんを小走りで追いかけた。


「出水とずいぶん仲が良いんだな」

「そうかな。普通だよ」


二宮くんはフンと不機嫌そうな顔をした。どうしようさっきの話のせいで嫉妬してるようにしか見えない。


「出水くんっておしゃべりだね」

「あいつまさか…」


二宮くんが苦い顔をしたので笑ってしまった。


「何がおかしい…まあいい。ほらさっさと行くぞ」

「うん!」


二宮くんは私の手を取って歩き出した。



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