「おはよう!半崎」
「おはよ」
あくびをしながら廊下を歩いているとみょうじが元気よくあいさつしてきた。
「聞いて!聞いて!この間ね」
顔を合わせるといつも笑顔で話しかけてくる。けど話の内容は俺には関係ないことだった。
「向こうから話しかけてくれて、それでね」
俺はそれにいつも適当に相槌を打っている。
「嬉しくって舞い上がっちゃった。上手く返事できなかったかも」
みょうじはその時のことを思い出したのか嬉しそうに頬を染めている。
「なーみょうじ」
「ん?どうしたの」
そこでチャイムが鳴った。
「あ、行かないとじゃあね半崎」
上機嫌で手を振りながら自分の教室へ消えていった。
俺はみょうじが好きだ。でもみょうじは日佐人のことが好きだった。けどみょうじの恋は成就しない。なぜなら日佐人には彼女がいるから。
みょうじはこのことを知らないのだろうか。いつも聞こう聞こうと思いながら聞けずにいた。
みょうじとは女子の中ではいちばん話す方だ。みょうじも男子の中では俺がいちばん話す相手だと思う。
でも話しかけてくれるのは俺が日佐人の友達だからであって俺に興味があるからではない。それが悲しくて虚しすぎる。
任務までの空き時間ラウンジでゲームをしていると前の席にみょうじが座った。画面から目を離してみょうじを見ると珍しく元気がない。
「ねー半崎」
「んー」
「日佐人くんって優しいよね」
「そうだな」
「半崎、私って魅力ない?」
「そんなことないと思うけど…」
「ありがとう。半崎も優しいね」
そんな風に笑顔を向けられるとやっぱ好きだなとか思ってしまう。
「でも日佐人くん私には興味ないみたい」
「好みの問題だろ。日佐人の好みとか知らないけど」
「そっかー。日佐人くんの好みじゃないのか。ならしょうがないよね」
みょうじは項垂れてしまった。もっと上手くアドバイスできたらいいのに。こういうとき何を言えばいいのか全然分からない。
先輩たちならなんて言うだろ。なにか助言を貰えたら…そう思い自分が所属する部隊の個性が強すぎる先輩たちの顔を思い浮かべてやっぱり自分で考えようと思った。
俺とみょうじは叶わない恋にため息をついた。
みょうじと日佐人。俺とみょうじ。当たり前だけど何も進展がないまま時だけが過ぎていった。
そんなある日任務のため本部に向かっている途中人気のない公園でよく知った姿を発見した。
「みょうじ?」
ベンチで俯いているみょうじの前に立って呼びかけたけど反応がない。様子がおかしい顔を覗き込んでぎょっとした。
「なに?泣いてんの?」
「うっ…そうだよ…」
目元をハンカチで押さえてなんとか泣き止もうとしているけど目からはぽろぽろと涙が溢れていた。
どうしたらいいか分からなかったけどとりあえず落ち着かせようと隣に座って背中をさすった。
「どうした?なんかあった?」
「さっき日佐人くんに会った」
日佐人のことでこんなに泣いてるのか?いつも嬉しそうに話すのに。
「それで…?」
「それで話してたら…彼女の誕生日が近いからプレゼント買いに来たんだって…」
「え」
「おかしいと思ったの女の子向けの雑貨屋さんの前で右往左往してたから」
「そ、それで…?」
「それで彼女のふりして日佐人くんが彼女のために嬉しそうにプレゼント買うのに付き添いました…」
「それは泣くわ」
「でしょ」
みょうじはしばらく泣いた後ようやく涙が止まって少し落ち着いてくれたようだ。
「知ってたんだ。日佐人くんに彼女いること」
「え、そうなのか」
「うん。好きな人のことって知りたいことも知りたくないとこも入ってくるからさ」
「まあそうだな」
「あーあ。いつかこうなるとは思ってたけどやっぱりショックだなー」
「………」
「どうしたの半崎。黙り込んで」
「俺はさ…」
「ん?」
絞り出すような俺の声にみょうじは首を傾げた。
「俺はお前が振られてよかったと思ってる」
「え…」
みょうじは唖然としている。
「なにそれ…どういう意味…」
「そのまんまの意味。いつもさっさと振られればいいのにって思ってた」
そう言った途端左頬に鈍い痛みが走った。
「ひどい…どうして…どうしてそんなこと言うの!?最低っ!」
せっかく止まった涙をまた流しながらみょうじは走り去ってしまった。
「どうしたその左頬」
トリオン体にならずにぼんやりしていると声をかけてくれた荒船先輩が目を丸くして驚いていた。
「あー…これ…」
さっきのみょうじとのことを日佐人の名前を出さないように説明した。話すか迷ったけど誰かに聞いて欲しかった。
「それは悪いな。半崎が」
「お前好きな子はいじめたくなるタイプなのか意外だな」
「半崎くんってなまえちゃんが好きなんだー。いい子だよねあの子」
加賀美先輩にまでからかわれて居心地が悪い。
「とりあえず今すぐ謝ってこい」
「え、でも任務…」
「集中できないだろ。その状態じゃ」
「こっちは大丈夫だから。行っておいで」
「ありがとうございます」
頼るのはやめようとか思ってすみませんでした。
作戦室を出ようと立ち上がると呼び出し音がした来客のようだ。
「開いてるぞ」
荒船先輩が声をかけるとそっとドアが開いた。
「あのー…すみません」
チラリと顔だけ覗かせたのはみょうじだった。
「みょうじ…」
「あ…半崎…あの…」
気まずそうに俯きドアの前で立ち尽くしているみょうじに気がついた先輩たちは立ち上がった。
「俺たちそろそろ行くわ」
「ゆっくりしていけみょうじ」
「なまえちゃんまたね」
横を通り過ぎる時しっかりやれよと肩を叩かれた。先輩方一生ついていきます。
「みょうじあの…」
「半崎ごめん!」
「え」
みょうじはバッと頭を下げた。
「ごめんね半崎。叩いちゃって。痛かった?痛かったよね?私、結構怪力で加減しろっていつも怒られてそれで」
「みょうじ落ち着け」
「あ、ごめん」
みょうじはハッとして口を閉じた。
「謝るのは俺の方だ。酷いこと言って本当にごめん」
頭を下げるとみょうじは首を振った。
「ううん。半崎の言う通りだから」
「え?」
「彼女いること知ってたのにいつまでも片思いして。日佐人くんにしつこく話しかけたりして彼女さんからしたらいい気がしなかったと思うし…日佐人くん優しいから何も言わなかったけど困ってたと思う」
「みょうじ…」
「だからね早くこうなるべきだったんだよ。直接振られた訳じゃないけどこうなってよかった。半崎がはっきり言ってくれてきっぱり諦められそう」
みょうじはそう言いながらも悲しそうな顔をした。
「違うみょうじ…違うんだ」
「え?」
「日佐人が困ってるからとかそういう意味で言ったんじゃない。みょうじが少しでも俺を見てくれたらって思った」
「え…?それってどういう…」
「俺ずっとみょうじが好きだった。みょうじはいつだって日佐人ばっか見てたからいっそ日佐人に振られて俺のこと好きになってくれたらいいのにって思った」
「半崎が私を…?えっうそっ」
みょうじは見る見る赤くなっていった。
「そんな全然気づかなかった」
「みょうじ、日佐人ばっかだったからな」
「ほんと私、半崎といても日佐人くんの話ばっかりだったよね…今更だけどごめん」
「別にいい。日佐人の話してるみょうじかわいかったし」
「ちょっやめて恥ずかしい半崎そういうこと言うキャラじゃないでしょ」
「ずっと思ってたし」
「やめてってば」
みょうじは赤い顔を手で覆った。
「叩いちゃって半崎とこれから気まずくなったらどうしようって思ったらすごく嫌で気づいたらここに来てた」
「俺もみょうじともう話せなくなるとか絶対嫌だし」
「じゃあ今日のことはお相子で」
「そうだな」
「えっと半崎…これからもよろしく」
「うん。なあみょうじ」
「ん?」
「失恋には新しい恋がいちばんだぞ」
「うん…そうだね」
またやめてと言われるかと思ったけどみょうじは赤い顔で小さく頷いた。