「どういうことだみょうじ」
「どういうことって言われても…」
「ここをどこだと思っている」
「神社のお祭りだね」
「そうだ。なのに…」
額を押さえていた穂刈はビシッと指を差してきた。人を指差すな。
「なぜ浴衣を着ていない!!」
「だって持ってないんだもん…」
「祭りへの冒涜だろそんなもん!」
「もう!うるさいな!ないものはしょうがないでしょ!」
同い年の柚宇と倫ちゃん摩子ちゃん今ちゃんと近くのお祭りに行くことになった。そこで偶然にも穂刈、荒船くん、半崎くんと会ったのだ。
穂刈は私を見るなり鋭い眼をさらにキッと吊り上げた。そして冒頭の言葉だ。
他の女の子達はみんなばっちり浴衣を着ているし荒船くんも半崎くんまでもが浴衣だ。
荒船くん着こなしてるな。半崎くんはとてもかわいい。荒船隊はお祭りのとき浴衣を着るという暗黙のルールでもあるのだろうか。
穂刈もばっちり浴衣だし。似合ってるし。かっこいいなちくしょう。
私服の私は余計目立ってしまっている。
「私だって着たかったけどお祭りには急に行くことになったから用意できなかったんだよ…」
なんだかへこんできた。いっそ帰りたい。俯くと突然腕を掴まれた。
「なら行くぞ。買いに」
「は?え、今から?もう無理だよ」
「いいから来い」
有無も言わさずぐいぐい腕を引かれ連れて行かれてしまった。柚宇たちがニヤニヤしながら手を振っている。
「わぁたくさんある!」
「俺の知る中では種類は最多だな。知り合いの店だから安くレンタルできる」
「穂刈すごいね。祭り好きって言うだけあるね!」
穂刈は腕を組んでドヤ顔で立っている。こんなにあったら迷うな〜。わくわくしていると穂刈が選別し始めた。あ、穂刈が選ぶんですね。
「よし。これにしよう。向こうで着付けてもらえ」
「え、う、うん」
背中を押され言われるがままに奥の部屋に入った。従業員さんに着付けをしてもらい髪も綺麗にまとめてもらい小物まで貸してくださった。
「ありがとうございます。あの…すみません。おいくらですか…」
お礼を言い恐る恐る尋ねた。こんなにいろいろしてもらったのだ。今のお財布の中身で足りるだろうか。
「お代金はもう穂刈くんから頂きましたよ」
にっこり微笑んだ従業員さんに目を丸くしてしまった。部屋を出ると穂刈が振り返った。なんだかとても恥ずかしい。
「へ、変じゃないかな…?」
「似合ってるぞ。すごく」
「本当?ありがとう」
嬉しい…どうしよう。こんなのずるい。ますます好きになるに決まってる。
神社まで戻るため歩いていると大事な事を思い出した。
「穂刈、立て替えてくれてありがとう。いくらだった?」
「俺が勝手に着せたからいい」
「でも」
「いいから」
穂刈はニッと笑った。そんな嬉しそうな顔されるともう何も言えない。
「ありがとう穂刈」
好きって言えたらどんなにいいだろう。
ありえない。どうしてこうなった。こんなことになってしまった。
神社の祭りに行ったら偶然、みょうじに会えて心の中でガッツポーズしたまではよかった。
だがその後が問題だ。祭りだというのにみょうじはあろうことか浴衣を着ていない!こんなことがあっていいはずがない!
ということで俺は今、みょうじの着付けが終わるのを待っている。
そろそろか。そう思った時ちょうど襖が開く音がした。振り返るとみょうじがどこか落ち着かない様子で立っていた。
「へ、変じゃないかな…?」
一瞬見とれたのは内緒だ。
「似合ってるぞ。すごく」
「本当?ありがとう」
みょうじが嬉しそうなので多少強引だったが連れてきてよかった。
「うわーさっきより人増えたね」
「そうだな」
これは荒船たちと合流は難しそうだ。
「あっ」
「どうした」
「柚宇からメール来てた」
みょうじはスマホの画面を俺に向けた。
『私たち荒船くんたちと適当に回るね〜そちらはお二人でごゆっくり☆』
「………」
「………」
気まずい。この空気どうしてくれる。
「あ、あの、ちょっとでもいいから一緒に回らない?せっかく浴衣も着せてもらったし…穂刈さえよければ…」
「みょうじさえよければ」
「本当?やった!」
みょうじは嬉しそうにぱっと笑った。
いいに決まってるだろ他に選択肢なんてない。
「あ!穂刈あれ!あれやって!」
やたらテンションが高くなったみょうじの視線の先を見ると射的の露店があった。
「任せろ。専門分野だ。みょうじにプレゼントしてやる。景品全部」
「やったー!」
順調に倒していたら店のオヤジに勘弁してくれと言われたので仕方なくそこでやめた。さすがにこんなに持って帰れないとみょうじは小物入れに入る小さなぬいぐるみとお菓子だけ貰っていた。
「ありがとう穂刈。さすがだね。かっこよかったよ」
「おう」
かっこいいとか初めて言われた。ニヤけるやばい。
突然わっと言う声が聞こえ振り返るとみょうじが消えていた。人ごみに飲まれたようだ。逸れるとまずい。
「みょうじ!」
呼んでも返事がない。冷や汗が頬を伝ったとき浴衣の袖を掴まれた。
「はー!びっくりした!すごい人だね」
「よかった…大丈夫か?」
「うん。穂刈、背が高いからすぐ見つけられたよ。よかった。でもちょっと疲れてきたね」
安堵の息をつくと袖を掴んでいるみょうじの手を握った。
「ほ、穂刈!?」
「人が少ないとこで休憩しよう」
「う、うん」
赤い顔のみょうじの手を引いて神社の裏に向かった。うん恥ずかしいぞ俺も。
「ふー。ここ人いないね。ゆっくりできそう」
「足とか痛くないか?下駄なんて履き慣れてないだろ」
「ちょっと痛いけど歩けるよ大丈夫。穂刈は優しいね」
みょうじにだけな。
「あ!」
みょうじが空を見上げると大輪の花が咲いた。
「花火だ!すごいここ穴場だね!」
「そうだな」
偶然とはいえこんないい場所でみょうじと二人で花火を見られるなんて運がいい。
花火を見上げているみょうじの横顔に見惚れてしまう。
「綺麗だな…」
「うん!そうだね」
俺の視線に全然気づいていないみょうじに思わずフッと笑った。
すぐそばにあるこの手をもう一度握れたらどんなにいいだろう。