『東さんに好きなんて言われたことないよ』


自分の言葉で自分の首を絞めてしまっている。このままではいけない。それにずっと連絡が取れないのも心配で仕方がない。そう思いなまえは意を決して東の家に行くことにした。スーパーで食材を買ってあえて階段を使いゆっくりゆっくり部屋に向かった。


大丈夫…大丈夫…。


呪文のように何度も自分に言い聞かせた。


「ねえお願いそばにいてよ!」


女の人の大きな声にびくりと体が跳ねた。そしてやはりここに来たことを後悔した。

持っていた袋が手から滑り落ちて地面に転がりその音に反応して二人がなまえの方を見た。東に抱きついていた女は離さないとばかりに腕に力を入れた。なまえは踵を返して駆け出した。


「なまえ!」


東がなにか叫んでいたがそんなこと構わずに走ってその場を逃げ出した。マンションを飛び出してどこに向かうでもなくとにかく走った。人気のない路地裏に飛び込んで足を止め振り返ると東の姿はなかった。


「追いかけにすら来てくれないの…」


普段あまり走ることがないため息が切れて苦しい。咳をしながら背中を建物に預けてその場にずるずると座り込んだ。


「やっぱり来なきゃよかった…」


涙が頬を伝い膝にぽたりと落ちた。涙を拭うと膝にまた水滴がぽたりと落ちた。


「雨まで降って来ちゃった…」


雨が身体を濡らして冷たくて震えた。けれどそんなことなど構わず膝を抱えて泣いた。











なまえはパソコンの画面を凝視しながら無心でカタカタと文字を打ち込んでいる。


「なまえさんどうしたんだろ」

「なんか無我の境地に達してないか?」


2人の研究員は心配そうになまえをチラチラ見た。するとひとりの研究員がコソっと耳打ちをした。


「お前ら知らないの?なまえさん東さんと別れたらしいぞ」


まじかよ!?と驚いてなまえを見ると相変わらずもくもくと仕事をしている。


「確かに尋常じゃないよな。いつもはもっと柔らかい雰囲気だし…」

「別れたってことは俺にもチャンスが…」

「いや、お前には無理だって」


3人がコソコソと盛り上がっていると背後から声を掛けられた。


「忙しいところ悪い。なまえいるか?」

「「「東さん!!!」」」


研究室の入り口から顔を出して現れたのは噂の人物、東だった。


「あっなまえさんですね。なまえさんなら…あれ?」


さっきまでなまえが座っていた席に視線を向けるがそこには誰もいなかった。


「あれ、さっきまであそこに…」


するとスッと横から女性研究員が現れた。


「なまえさんならいません。何か言伝があるなら伺いますが」


キリッとした女性研究員にジロリと睨まれなんとなく沢村を彷彿とさせた。


「いや…大丈夫だ。邪魔して悪かったな」


東は研究室を後にした。女性研究員は東に向けていた視線を3人へ向けた。


「よ、よ〜し仕事に戻るかー」


3人はそそくさと持ち場に戻っていった。女性研究員はため息をつくとなまえのいたデスクの下を覗き込んだ。


「なまえさん。東さん帰られましたよ」

「ごめんね…ありがとう」


デスクの下で三角座りをしていたなまえは苦笑いした。


「私は構いませんが変な噂も立っているようなので気をつけられた方がいいかと」

「そうだね…早くどうにかしないとね」


なまえは未だにデスクの下から出て来ない。


「なまえさん…?なんだかお顔が赤くないですか」

「うーん…頭がぼーっとする…」


女性研究員はなまえの額に手を当てた。


「熱があるじゃないですか」

「えっ本当に?どうりで朝からだるいわけだ。昨日雨に濡れたからかな」

「雨って…何をしているのですか…。疲れも溜まっているのでしょう。今日は帰ってゆっくりお休みください」


こんな状態で仕事をしても邪魔になるだけだ。なまえはそう思い頷いた。


「ごめんなさい。お言葉に甘えてそうします」


やっとデスクの下から這い出ると荷物を持って研究室をあとにした。




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