ラウンジでぼんやりしていると眠気が襲ってきた。
「うーんそろそろ眠さの限界…。徹夜が体に響く年齢になってしまったのか…」
うとうとしているとスマホが着信を知らせるため震え慌てて電話に出た。
『もしもし〜?なまえさん??』
「その声は国近ちゃん?」
『せいか〜い。なまえさんまた相手を確認せずに電話に出ましたね?響子さんに怒られちゃいますよ』
「そ、それよりどうしたの何か用事?」
『あ、そうそうなまえさん明日、暇ですか?みんなでごはんしようってことになったんですけどなまえさんも来てほしいと思って』
「明日?」
『あーもしかして東さんとデートでした?』
「残念ながら何もないよ。1日非番だよ」
『そうですか、じゃあ場所と時間はまた連絡します』
了解の返事をして通話を終了した。
最近お互い忙しすぎて同じ本部内にいるのに顔も合わせていない。寂しいという気持ちを払うように首を振ると仕事に戻るため立ち上がった。
「みんなとごはん久しぶりだな。誰が来るのかなー」
今から楽しみで廊下をルンルンと歩いていると角を曲がろうとして誰かとぶつかってしまった。
「わっ!」
反動で後ろに転びそうになったが相手が腕を掴んでくれたので尻餅をつかずに済んだ。
「すっすみません!」
慌てて謝罪するとニヤニヤしたもじゃもじゃ頭と髭が見えた。
「あ、太刀川くん」
「なまえさん久しぶり」
なまえの腕を掴んだまま空いた手を腰に回してグッと引き寄せた。二人の身体は隙間なく密着しているがなまえは特に抵抗する様子はなかった。
「なまえさん相変わらずぽわぽわしてるね」
「太刀川くん?」
太刀川はなまえが好きだ。でもなまえは自分を男として全く見てくれていないことを知っている。こんなことをされても抵抗ひとつしないのが何よりの証拠だ。
「なまえさん顔色ひとつ変えないね。東さんにこんなことされても平然としてんの?」
「えっ」
なまえの白い頬はみるみる赤く染まっていった。
「東さんのことは想像するだけで真っ赤になるのにこんなに近くにいる俺はまるで眼中にないなんて。なまえさんの頭の中はいつだって東さんでいっぱいだな」
太刀川は東がいない今もう少しなまえを独り占めしたいという欲が出てきた。
「なまえさん…相談したいことがあるんだけど、痛い!!」
突然、足に激痛が走り握っていた手を離してしまった。なまえの身体は自然と解放された。
「痛っいな!誰だ…よ…」
太刀川は振り返ると顔を引きつらせた。ニコニコと口元には笑みを浮かべているのに目は全く笑っていない沢村がそこにいた。
「太刀川君お疲れ様」
「さ、沢村さん…あはは…どうも」
「ところで太刀川君は何をしているのかしら?」
「あ、いやこれはですね。あはは…」
引きつり笑いをしている太刀川の腕を沢村はガッと掴んだ。
「あまりなまえにちょっかい出さないでくれる?東君に言いつけるわよ」
「そんなことしたら俺、脳天撃ち抜かれますよ」
へらへらと笑っている太刀川に一回撃ち抜かれて来い!と罵ると今度はなまえに向き直った。
「なまえもっと警戒心を持ちなさいっていつも言ってるでしょ無防備すぎるわよ!」
なまえは母親に怒られている子供のように小さくなりながら頭をぺこぺこ下げている。ごめんなさい!ごめんなさい!と謝ってはいるがなぜ自分が怒られているのかは理解していないようで半泣きになっている。
「それじゃ私行くわね」
一通りお説教が終わったあと沢村は仕事場に戻っていった。さっきまで怒られていたことを忘れたようになまえは手を振り見送っている。沢村の姿が見えなくなるとくるりと振り返った。
「ところで太刀川くん相談ってなに?」
「え?」
「さっき言ってたでしょ。相談したいことがあるって」
「あー…」
あれはもう少しなまえと話したかっただけのただの口実だ。太刀川は首を横に振った。
「いや、なんでもない忘れて」
「いいの?」
「うん」
「そっか。また何かあったら言ってね。私じゃ役に立たないと思うけど」
「ありがとうなまえさん」
「うん。じゃあそろそろ戻るね」
なまえは背中を向けて行ってしまった。
「やっぱり好きだな…」
◆
お店を探してきょろきょろしていると見知った姿を発見した。
「あ、蒼也くん!」
「なまえこっちだ」
風間の元へ駆け寄るとふうと一息ついた。
「迷ったかと思ったよ」
「なまえは昔から方向音痴だからな」
「む、昔のことなんてもう忘れたよ」
風間はフッと笑うと店内に入って行った。
「うわー思ったよりたくさんいる」
沢村に諏訪に風間隊、太刀川と国近。玉狛の宇佐美まで来ている。成人組はすでに出来上がっている。未成年組はもちろん飲んでいないが場の雰囲気に酔っているのか異常にテンションが高い。
「なまえさん。いつもの制服もいいですけど今日は一段とかわいいですね〜」
宇佐美がニコニコしながらなまえを褒めてくれた。
「おしゃれしすぎでしょ。なに気合入れてるんですか」
「おい!なまえさんとても似合ってますよ」
菊地原の毒舌にすかさず歌川がフォローをいれた。
「なまえさんここ!ここ!」
太刀川が自分の隣をバシバシ叩いている。
「太刀川テメーずりぃぞ!」
諏訪も隣をバンバン叩いているが正直どっちも怖くて行きたくないので沢村の隣にこっそり座った。二人はまだぎゃあぎゃあ言い争っている。
「こんなに集まるなんて珍しいね。何かあったの?」
なまえの問いにみんな一瞬ぽかんとしたあと一斉に笑った。
「どうしたのってなまえさん今日、誕生日じゃないですか」
「え、うわっ本当だ!」
「自分の誕生日忘れてたんですか?天然なんですか?バカなんですか?あーあ。やっぱり来なきゃよかった」
「菊地原くんそれでわざわざお祝いに来てくれたの?」
「きくっちー人混み苦手なのにね〜」
「別に暇だっただけですよ」
「菊地原くんありがとう。みんなもありがとうすごく嬉しい」
「今度、玉狛のみんなでケーキ持ってお祝いに行きますね!」
「ありがとう。楽しみにしてるね」
しばらくみんなとお酒を飲みながら談笑しているとだいぶ酔いが回ってきた。ぼんやりしていると沢村が耳打ちしてきた。
「ねえなまえ、今日本当は東君と会う予定とかあったんじゃないの大丈夫なの?」
「ええーと…実は最近東さんとまともに顔も合わせてなくて。デートどころかおめでとうすら言ってもらってないです…」
「なんですって!?東君ったら何をしてるのかしら」
「いいんです。私も自分のことなのに忘れてたくらいですから」
「なまえ…」
「あーそういえばなまえさん今日、東さんとデートじゃなかったんですか?」
「え」
先程まで諏訪と飲み比べをしていた太刀川が突然割って入ってきてとんでもないことを言い出した。
「東さんと女の人が一緒にいたからてっきりなまえさんかと思ったけど。あれなまえさんじゃなかったんだ。そういえば後姿が似てなかったな」
「嘘!!でたらめ言わないで!」
「嘘じゃない。ほら」
太刀川はスマホをいじるとなまえに差し出した。
「うっわ盗撮じゃん最低だな」
菊地原の言葉も耳に入って来ないほどなまえは呆然とした。そこには東と見たこともない女の人が一緒に歩いている姿が確かに写っていた。
「そんな…どうして…東さん…」
なまえはその場に座り込んで俯いた。
「なまえさん!」
様子がおかしいことに気がついた三上が真っ先に駆けつけた。覗き込むとなまえはぼろぼろと涙を流していた。尋常じゃないなまえの様子に一同が慌てていると沢村がそっとなまえの背に手を添えた。
「なまえ…」
「響子さん私…東さんに嫌われたのかな」
「そんなわけないでしょ。落ち着いて」
頷いて涙を拭ったが次々と溢れてきてなかなか止まってくれない。
風間は太刀川のそばに行くとスマホを奪い取った。
「なまえこの女は知り合いか?」
「知らない。初めて見た」
「きっとただのお知り合いですよ!」
「そうそう。東さんが浮気なんてするはずないですよ」
「そうだよね。私、東さんを信じる。みんなありがとう」
女の子たちが励ましてくれなまえはなんとか笑うことができた。
「こういうことはあやふやにしていたら面倒なことになる。ちゃんと本人に確認しろ」
「うん…明日聞いてみるね」
なんだか機嫌が悪くなった風間になまえは頷いた。顔は笑ってはいるが声にいつもの元気はなかった。