「なまえさんでかいですよね」
「え?でかいって胸が?ありがとう」
「身長ですよ。胸なんてどこにあるんですか」
「ここよ、ここ。なに?見たいの?仕方ないな〜」
「やめてくださいセクハラです。トラウマになります」
「照れてんの?菊地原はうぶだな〜」
なまえさんは僕の毒舌にまるで怯まない。大概の人は怒ったり泣きそうになったりするのに。
まあなまえさんが普通の人と思ったことなんてないけど。
なまえさんは明るい性格で自然と周りには人が集まってくる。
何がそんなに楽しいのかさっぱり理解できないけどいつも笑っているような人だ。
そんななまえさんが珍しく暗い顔なんてしている。
「なまえさん隣で暗い顔するのやめてもらえます?」
「え」
菊地原の言葉になまえだけでなくその場にいた風間、歌川、三上までもが驚いた。
「え?あっごめん!ごめん!うざかったよね」
あははと笑ってはいるが言われてみればいつもと違う気がした。
「なまえさんがいつもと違うこと気づいてました?」
「いや全く」
「言われてみればなんだが少し様子が違う気がしますが菊地原くんが指摘するまで私も気づきませんでした」
3人は顔をつき合わせた。
「三上でさえ気づかなかったなまえの変化にいち早く気づくとは…」
「菊地原くんたら…」
「どれだけなまえさんのこと見てるんだ…」
風間達がそんな会話をしているとは露知らずなまえは苦笑いしている。
「ちょっとね私生活で面倒なことがあって」
「私生活のことをボーダー内に持ち込まないでくださいよ」
ぶーぶー文句を言う菊地原の頭にぽんと手が置かれた。
「まあそう言うな菊地原。悩み事は早めに解決した方がいい。何があったのか言ってみろ」
「風間さん…ありがとうございます。えっと、それが最近しつこく交際を迫られていまして…」
「はあ!?」
珍しい菊地原の大声になまえは目を丸くした。
「どうしたの菊地原…」
「あ、いや何でもないです。物好きもいるんだなと思っグエッ」
頭を風間に押さえつけられて菊地原の毒舌が中断された。
「続けろ」
「は、はい。以前トリオン兵に襲われているところを助けた人なんですが。一目惚れしたとかで告白されて…。もちろんお断りしたんですがしつこくて。最近行動がエスカレートしてる気がするんです」
「例えば?」
「なんだか視線を感じたり後ろをつけられてる気がするんです」
「それかなり危険なんじゃ」
「やっぱりそうだよね…」
歌川の言葉になまえは眉を寄せた。
「よし菊地原」
風間は頭に乗せていた手をどけた。
「なんです風間さん」
「今日から毎日、なまえを家まで送れ」
「えぇ!?いやいや!いいですよそんなの菊地原も迷惑でしょうし」
「分かりました」
「えっ!?」
「任せたぞ菊地原」
「はい」
菊地原はこくんと頷いた。
「なまえさん何グズグズしてるんですか。さっさとしてください」
「ちょ、ちょっと待って」
意外だった。まさか菊地原が家まで送ってくれるなんて思ってもみなかったので心底驚いた。でもすごく嬉しい。
「ごめん!お待たせ」
「遅いですよ」
相変わらずぶーぶー文句を言っているがちゃんと隣を歩いてくれている。
なまえはきょろきょろ辺りを見渡した。
「いますか?」
「ううん。さすがに警戒区域内にはいないみたい」
安堵の息をつくと菊地原に向き直った。
「あの、ありがとね。送ってくれて」
「勘違いしないでください。僕は風間さんの命令に従っただけですから」
「うん。でも嬉しかったから。それにやっぱりひとりじゃ怖くって…」
なまえは胸の前でぎゅっと手を握った。
「そんなやつ、いつもみたいにぶっ飛ばせばいいじゃないですか」
「ハハ…さすがに一般市民に手は出せないよ。それにそんなことしたら私ボーダーにいられなくなっちゃう」
なまえは弱々しく笑うと俯いた。そんな姿を見て菊地原は心が痛くなった気がして眉をわずかに寄せた。それを払うようにスタスタと歩き出した。
「あ、ちょっと待って」
先を行く菊地原は突然足を止めくるりと振り返った。
「明日から朝は誰かと登校してください。それと学校が終わったら連絡してください。迎えに行きますから」
「え、でも…」
「ついでですよ。なまえさんに何かあったら僕が風間さんに怒られちゃうんだから」
菊地原は斜め上を見ながらぶっきらぼうに呟いた。なまえは頷くとやっといつもの笑顔に戻った。
「ほらさっさと帰りますよ」
「うん!」
二人の距離は先程よりも近くなったように見えた。
◆◇
「なまえさんどうしたんですかそれ!」
三上は青い顔をして悲鳴を上げた。
「どうした」
尋常じゃない雰囲気に風間たちはなまえと三上の元へ駆け寄った。
「あはは…ちょっとね…」
なまえは左頬を摩っているそこは真っ赤になっていた。
「お前それ例のやつにやられたのか」
「はい…。今日は日曜日だからさすがにいないだろうと思ってたんですけど待ち伏せされてたみたいで…」
なまえはさすがにうんざりしてつい声を荒げてしまった。
『いいかげんにして!あんたなんて好きじゃないもう付きまとわないで!』
そう言った途端、相手の右手が飛んできた。咄嗟のことで避けられなかったけれどなんとかその場から逃げてきたらしい。
「なんてやつだ…」
「私、冷やすもの持ってきます!」
「そいつは今どこにいる」
「えっと…分からないですけどもしかしてすぐそこまで来てるかも…」
なまえは自分の身体を抱くようにして俯いた。身体が小刻みに震えている。
そんななまえを見て先程まで風間と歌川の後ろで呆然としていた菊地原がぎりっと歯を食いしばった。
「絶対許さない…」
「え、わっ」
菊地原はなまえの腕を掴むと無理やり立たせなまえを連れて部屋を飛び出した。
「あ、おい!」
「待て歌川」
「風間さん…」
「行かせてやれ。菊地原なら大丈夫だ。それにいざという時は全隊総出で始末してやる」
あ、この人相当キレてると思った歌川であった。
「いますか?」
「うーん…」
菊地原は物陰に隠れて辺りを見渡した。なまえは菊地原の背に隠れている。
「あっいた、あそこ」
消え入りそうな声で呟くと無意識に菊地原の服をぎゅっと握ったその手は震えている。
菊地原はチラリと背後のなまえを見るとその手を取り堂々と前に出た。
「おい!そこの変態ストーカー!」
「ちょ…菊地原!?隠れた意味あったの!?」
近くの人影がびくりと動いた。
「今まで直接危害を加えなかったから大人しくしてやってたけど今度なまえさんに何かしたら警察を呼ぶ。弁護士も雇う。法的手段に出る」
人影がこちらを伺っている。
「あ、ついでにボーダーのお偉いさんにもチクリます。物凄く陰湿な人たちですのでどういう目に合うか僕たちにも分かりませんけど。それでもいいですか?人生終了しますよ」
菊地原はなまえの手を強く握った。
「人生終わりたくないならさっさとどっかへ行け!僕の大切な人をこれ以上傷つけたら絶対に許さない。もう二度とこの人の前に現れるな!!」
人影は慌てた様子で駆け出しどこかへ消えていった。
菊地原はうんざりした様子で深い息をついた。なまえは真っ赤な顔で俯いている。
「はあ…もう大丈夫そうですね」
「う、うん…」
「なまえさん」
「え!え?」
「………」
「なに!?」
「テンパりすぎでしょ…」
「あの、菊地原…そのさっきの」
「言っときますけどその場しのぎの嘘じゃないですからね。僕は冗談でもあんなこと言ったりしません」
「そ、それって」
菊地原は繋いでいない空いている手でなまえの肩に触れると殴られてまだ赤いそこに触れるだけのキスをした。
「こういうことですよ」
なまえは頬を押さえて口をぱくぱくしている。
「なんか金魚みたいですね」
「う、うっさい!」
ふたりは手を繋いだまま本部へ戻るため足を進めた。
「ねぇ菊地原」
「なんです」
「ちゃんと言ってよ…」
なまえは赤い顔でぽつりと呟いた。
「好きです。なまえさん」
「わ、私も菊地原のこと好き!」
「それはよかったです」
菊地原は珍しく口元に笑みを浮かべた。
「あ、ちゃんとお礼言ってなかったね。助けてくれて本当にありがとう」
なまえは立ち止まると頭を下げた。
菊地原は横目でチラリとなまえを見るとまたまっすぐ前を向いた。
「なまえさんがピンチの時はいつでも僕が助けますよ」
なまえはまた真っ赤になると菊地原の首に抱きついた。
「なにそれかっこよすぎ!大好きだバカ!」
「はいはい」
菊地原はなまえの背に腕を回すと抱きしめ返した。
手を繋いで本部に戻った二人はニヤニヤした風間達に散々からかわれるのであった。