ラウンジで休憩中向かいに座る東さんが珍しく浮かない顔をしていた。


「東さんどうしたんですか?元気ないように見えますけど。何か悩み事ならこの佐鳥になんでも話してください!」

「ん?ああ悪い。いや、ここの食事にも飽きたなーと思ってな」

「確かにそうですねー。最近なにかと忙しいからずっと本部でごはん食べてますもんね。おいしいんですけどさすがに毎日だと飽きますねー」

「みょうじのごはんは飽きないんだよなー…」

「え?え?」


ぽつりと溢した爆弾発言に混乱していると休憩終わりと言って東さんは立ち上がった。


「ちょ、ちょ、東さん!?今のどういう意味ですか!?」


おれの質問に東さんは笑うだけで答えてくれなかった。




みょうじってあのみょうじなまえさんだよな…。

ボーダーでは珍しい女性エンジニアでオペレーターの女の子からはお姉さんのように慕われており男性陣からも何気に人気が高い。入隊した頃はどのポジションもまるでダメだったとかいつのまにかエンジニアになっていたとか一時期行方不明騒ぎになっていたとか様々な話を噂で聞いたことがある。

こう考えると結構謎が多い人だな。東さんとはどういう関係なんだろう…ま、まさかお付き合いされているのか!


「う、羨ましい…!」


想像して顔が勝手に赤くなる。仕方がない佐鳥は思春期真っ盛りなのです!


訓練生の指導が終わり廊下を歩きながらそんなことを考えていると男女の言い争う声が聞こえた。喧嘩なら佐鳥が止めに行かなければ!

声のする方へ駆けていきバッと飛び出した。


「お二人とも喧嘩はよくありません!何かあったのならこの佐鳥が…」

「なんだ佐鳥か」


その冷静な声にハッとして二人を見ると風間さんと渦中の人、みょうじさんがいた。


「修羅場!?」

「ごめんね佐鳥くん喧嘩じゃないの…」


申し訳なさそうなみょうじさんにおれも何故か謝った。


「こ、こちらこそすみません。大事なお話し中に」

「ううん。たいしたことじゃないから」

「たいしたことだろ。後悔するのはなまえだぞ」

「私が好きでやっていることなんだからいいでしょう!」


また言い争いを始めてしまった。どう見ても喧嘩です。本当にありがとうございました。


「お、お二人とも落ち着いてください」


訳が分からないまま間に入りおろおろしていると風間さんが佐鳥と呼んだ。


「はっはい!」

「なまえはな付き合ってもいない男の家に入り浸っているんだ」

「え゛ぇ!?」

「蒼也くん!」


みょうじさんが声を荒げたので本当なのだろう。


「ごはんを作りに行って遅くなったら泊まるそうだ。おかしな話だろ?」

「付き合ってないのにですか…?」

「そうだ」


それは確かにどこかおかしい。


「いいように利用されているんじゃないか」

「やめて!東さんを悪く言わないで!」

「え゛ぇ!?」


風間さんに今にも掴みかからん勢いで前に出たみょうじさんを慌てて止めた。

あ、なんか柔らくていいにおいがする…じゃなくて、さっきの東さんのことがあったのでまさかとは思ったけど喧嘩の原因はやっぱり東さんだった。しまったとみょうじさんは口を噤んだ。


「と、とりあえずもう私のことは放っておいて!」


みょうじさんは顔を赤くして泣きそうな顔で去っていった。


「みょうじさん!」


風間さんに軽く会釈をしてみょうじさんを追いかけた。





「みょうじさん…」


屋上で景色をぼんやり眺めていたみょうじさんに声をかけるとゆっくり振り返った。


「あ…佐鳥くん…ごめんねおかしなことに巻き込んじゃって」

「勝手に入っていったのはおれですから」

「ううん。止めてくれてよかった。あとで蒼也くんにも謝らないと…」


赤い目を擦りながら切なそうに笑ったみょうじさんは少しの沈黙のあと口を開いた。


「さっきの話ね本当なの。佐鳥くんもおかしいと思う?」

「正直お付き合いしてないなら変わっているなー…と思います」

「やっぱりそうだよね」


みょうじさんは俯いてしまった。女性を悲しませるなんて一生の不覚!


「風間さん随分と心配されていましたけどいつからなんですか」

「んーと…もう3年くらいかな」

「さっ3年!?」

「噂で聞いてると思うけど私、一時期行方不明になっていたでしょ?あのときずっと東さんのところにいたの」


今日は驚くことばかりだ。


「東さんは私を絶望から救ってくれた。東さんがいなかったら私は今ここにいないよ」

「みょうじさん東さんのこと好きなんですか?」

「うん…でもね想いを伝える気はないの」

「どうしてですか?」

「もうずっとこんな関係だからこの距離感が心地いいの。今の関係が壊れるのが恐い。東さんがいなくなったら生きていけない」

「そんな、まだ分からないじゃないですか」

「分かるよ。東さんは私を妹くらいにしか思ってない」

「そんなこと…」


依存にも近いみょうじさんの想いに東さんが気づいていないはずがないと思った。


「だって3年近く経ってもなにもして来ないんだよ」

「うっ」


さらりと出た言葉にこっちが恥ずかしくて赤面した。


「そ、それは…」

「なんとも思ってない証拠でしょ?」

「東さんのことだから何か考えがあるんですよきっと!」


おれは確証も何もない適当な事を言っているのにみょうじさんは優しい顔でおれを見た。


「ありがとう佐鳥くん。元気出たよ」

「みょうじさん…」

「なまえでいいよ。自分の名字はあまり好きじゃないの」

「なまえさん。おれなまえさんの味方ですから応援してますから!」


なまえさんは小さくありがとうと言って微笑んだ。









「佐鳥どこ行ってたんだ」

「東さんちょっといいですか」


訓練生実習のミーティングがあったことをすっかり忘れていたけど今はそれどころではない。いつもと違うおれの様子に不思議そうに首を傾げて了承してくれた。人気のないところに移動して東さんに詰め寄った。


「単刀直入に聞きますがなまえさんのことどう思ってるんですか」


まさかおれの口からなまえさんの話題が出るとは思ってもみなかった東さんは目を丸くしている。


「みょうじから何か聞いたのか」

「はい。たぶん重要な所は教えてくれませんでしたけどだいたいのことは…って質問してるのはこっちです!」

「どうってなにが?」

「簡単ですよ!好きか嫌いか!」

「そう聞かれると好きだな」


しまった好きか嫌いかなら好きって答えるに決まっている。どこまでも上手な東さんにしてやられている!


「じゃあ、お付き合いする気とかあるんですか…」


東さんの瞳に動揺の色が走りスッと逸らされた。

あれ、もしかして本当に利用してるだけじゃ…いやいやそんなはずない!


「いい年してこんなこと言ったら滑稽かもしれないけど」


東さんは目を伏せながら静かに告げた。


「今の関係が壊れるのが恐い」


この人たち全く同じこと言ってる!!


驚きすぎてその場で固まってしまった。


「始めてうちに来たときみょうじはまだ17歳だった。年齢差3歳なんてって思うかもしれないけど17歳と20歳じゃなんだか凄く離れている気がした。今でも未成年のみょうじになにかする気なんてさらさらないよ。無理やりおかしなことしてみょうじを傷つけたくない」

「東さんまじめすぎます」


でも東さんらしいと思った。


「今時の子は違うか」


自嘲気味に笑う東さんは本当に尊敬できる人だ。


「でも…」

「はい?」

「もうこんな関係終わりにしないとな…」


東さんはスッと目を細めた。


「えっそんな!東さん!」


どうして?お二人はちゃんと両思いなのに!


「みょうじはもうすぐ20歳になる…」


東さんは男のおれでもドキッとしてしまうほどの大人の色気でフッと笑った。

なまえさん逃げてー!!



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