今日も相変わらずなんの進歩もなかった。やっぱり難しいのかな…。

落ち込んでいるとガチャリと鍵の開く音がした。東さんが帰ってきた。


「ただいまみょうじ」

「おかえりなさい。東さ…」


驚いて口を両手で覆った。リビングに入って来た東さんの後ろに意外な人物がいた。


「蒼也くん!?」

「なまえ…本当に東さんのところにいたんだな」


蒼也くんとテーブルを挟んで向かい合わせに座り東さんは離れたソファに座った。蒼也くんは家の状況を教えてくれた。


「そっか…そんなことが。でもそんな気がしてたの。家まで行ってくれてありがとう。これで決心がついたよ。やっぱり私はひとりで生きていく」


自分の言葉がなんだか他人事のように聞こえた。これからどうしよう。


「これで本当に帰る場所がなくなっちゃったね」

「そうでもないぞ」


顔を上げると蒼也くんは紙袋をテーブルに置いた。


「中を見てみろ」

「これ…」


中には少ないが両親との思い出が詰まったアルバムとスマホなんとか取りに行けないかとずっと考えていたトリガーがあった。


「使用人が捨てられていたのを見つけてずっと隠していてくれたそうだ」

「そっか…ありがとう…」


目の前の蒼也くんとここにはいない使用人さんに何度もお礼を言った。


「トリガーがあれば本部に入れる。ボーダーを通せば住むところもすぐに見つけられるだろう。だからさっさとここを出るんだな」


蒼也くんはジロリと東さんを見た。東さんは苦笑している。


「そうだね…東さんにもすっごく迷惑かけてしまっているし早く出て行かないと」


蒼也くんは呆れた顔をしてため息をついた。


「あれ?私、何か変なこと言った?」

「いや、いい…。俺はそろそろ帰る」


蒼也くんは額を押さえながら立ち上がると玄関へ向かった。慌てて後を追いかけた。


「蒼也くん本当にありがとう」


お礼を言うと気にするなと言って玄関のドアを開け振り返った。


「なまえ、お前はさっき帰る場所がないと言ったな」

「え」

「帰る場所ならある。ボーダーだ。あそこにお前は必要な存在だ。だからさっさと戻ってこい」

「蒼也くん…ありがとう」


頷くと蒼也くんは帰って行った。蒼也くんの言葉を噛み締めるように目を閉じた。


「みょうじよかったな」

「はい!」


そうだ、トリガーは戻ってきた。だから早く出ていかないと。居心地が良すぎて忘れそうだけどここは東さんのお家だ。いくら東さんが優しい人でもいつまでも他人である私が居座る訳にはいかない。

でもどうしてか分からないけれどもう少しだけ一緒にいたいと思ってしまった。


「あ、あの…」

「みょうじ」


言葉は遮られてしまった。なんだが心を見透かされたみたいで恥ずかしくなり俯いた。


「本部に戻ってしまう前にみょうじのごはんもう一度食べたいな」

「え?」


顔を上げると東さんが微笑んでいた。


「はい…はい!よろこんで!」


大きく頷くとキッチンへ駆けた。


「東さん。何か食べたいものありますか?」

「う〜ん。天ぷら」

「天ぷらお好きなんですか」

「うん。好き」


好きにドキッとしてしまった。違う。違う。落ち着け私。


「それにしてもみょうじが来てから冷蔵庫の食材が豊富になったな」

「すみません。つい買いすぎてしまって」


改めて冷蔵庫の中を確認すると確かに一人暮らしの量ではない。


「少しの間置かせてもらえませんか。住む場所が決まって冷蔵庫を買ったら必ず持っていきます」

「そんなに気にしなくていいよ」

「でも…」


これでは邪魔になってしまう。


「あ…」


私はある考えが浮かんだけれどすぐに口にすることを躊躇った。

どうしよう、さすがに厚かましいかな鬱陶しいかな。

モヤモヤ悩んでいると、どうした?と東さんが首を傾げている。

ええい考えていても仕方がない!


「あの、この食材が無くなるまでごはん作りに来てもいいですか?」


言ってしまった…。しかも何故か大声で。


「いいのか?助かるよ」


あっさり了承してくれた東さんに少々拍子抜けした。


「え、いいんですか?」

「うん。自分で作っても味気ないからな。みょうじの料理は上手いし」


おばあさまに無理矢理通わされていた料理教室。あの時は嫌で仕方がなかったけれど今は習っておいてよかったと心底思った。


「じゃあ早速天ぷら作ります!」

「楽しみだ」


気合いを入れると頭を撫でてくれた。ありがとうございます!




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