おばあさまにボーダーを辞めろと言われてから数ヶ月。私はまだボーダーのエンジニアとして働いていた。
あれから何とかおばあさまと顔を合わせないようにした。家が無駄に広いのがこんなに役に立つとは思わなかった。
けれどそんな日が長く続くはずがなかった。
忘れ物をしていたことに気づき本部基地へ行く前に一旦家に帰った時おばあさまと遭遇してしまった。また頬を強く打たれた。今度は倒れはしなかったけれど荷物が床に落ちた。じんじんと左頬が痛む。
「あなたまだボーダーを辞めてなかったのですね。どうしてわたくしの言うことが聞けないのです」
いつからそうなったの。そんな子に育てた覚えはない。散々嫌味を言われた。平気だ。こんなことは慣れている。けれどおばあさまはボーダーの事も悪く言い始めた。
何も知らないくせに…!
ついに我慢ができなくなってしまった。
「私はあなたの人形じゃありません!あなたの言うとおりに生きるなんてもう、うんざりです!ボーダーは絶対に辞めません。あそこは私の唯一の居場所なんです!」
反論するとおばあさまは私を睨んだ。そして腕を掴むと引きずるように歩き出した。
「離してください!」
私の声を無視して部屋に押し込むと扉を閉めてしまった。すぐに開けようとドアノブを回したがガチャガチャと音がするだけでノブが回らなかった。
いつのまに鍵を…!
知らないうちに外側から鍵をつけられていたらしい。私がいつか反抗しこうなることを予感していたのだろうか恐ろしい人だと思った。
呆然としていると外から声が聞こえた。
「頭が冷えるまでそうしていなさい。あなたがボーダーを辞めると言うまでずっとこのままです」
「おばあさま!」
「ここからは絶対に出られませんからね」
「開けてください!おばあさま!!」
扉を叩いても反応がなかった。もうそこには誰もいないようだ。扉に手をついてズルズルとその場に座り込んだ。
そんな…やっと居場所を見つけたのに、どうしてこんな…。
堪えていたものが溢れだし涙がぼろぼろと零れた。私は初めて声を出して泣いた。
どのくらい時間が経ったのだろう。泣き疲れて眠ってしまっていたらしく外はすっかり日が落ちてしまっていた。時計を見ると8時少し前を差していた。ドアノブを回すと変わらず鍵が掛かっていた。
ゆっくりと立ち上がると大きめのカバンを取り出して引き出しを開けた。中に詰められるだけ服やら日用品を詰め込んだ。
窓を開けると冷たい風が心地よかった。2階まで伸びる大きな木をつたって部屋から脱出した。荷物を先に地面に落として自分も地面に着地したタイツだけの足が痛むけれど靴を取りに行くわけにもいかない。
一度家を見上げると目を閉じた。
おばあさまここまで育ててくださったこと心から感謝致します。でも私はたとえその場しのぎの嘘だとしてもボーダーを辞めるなんて絶対に言いません。
さようなら。
今までありがとうございました。
心の中でそう呟くと目を開いてそのままどこへ向かうでもなく走り出した。
これからどうなるかなんてその時は何も考えていなかった。