「うっわみょうじどうしたそれ?」

「あ、米屋くん…」


昼食をさっさと済ませて余った時間に中庭周辺をぶらぶら散歩しているとドンヨリという文字が背景に見えそうなほど肩を落としてベンチに座っている人物を発見した。

そいつは同じクラスのみょうじなまえだった。明らか何かあったらしいみょうじに声をかけた。名前を呼ばれ顔を上げたみょうじを見て驚いた俺が思わず発した言葉が冒頭のそれだ。


「ちょっとね…いろいろあって」

「いろいろってそれ尋常じゃないよな」


何に対してそんなに驚いたのか説明すると顔を上げたみょうじの頬に見事な紅葉が咲いていたからである。


「誰にやられたんだそれ」

「えっとね…今さっき隣のクラスの男子に告白されて…」


またかと思った。みょうじは容姿が華やかというかとりあえず世間一般的にいう美人で男子受けする見た目をしており大層モテる。でも本人は全然嬉しくないらしくむしろ悩みの種になっているそうだ。

それというのも告白してくる男というのが所謂チャラ男というみょうじの一番苦手な輩で表情から察するに今回もおそらくチャラ男だったのだろう。


「それでね、私は丁重にお断りしたのだけど・・・」


みょうじはその時の様子をぽつぽつと話し始めた。

告白してきたのはやっぱりチャラ男で丁重にお断りしたが向こうは一向に引き下がってくれず段々しつこくなってきたのでなんとか逃げようとしたが腕を掴まれてしまった。

動けずにいると隣のクラスのこれまた派手な女子が現れた。その女子がなんとチャラ男の彼女だったらしくみょうじはその派手な女子にビンタを食らったらしい。

野郎、二股を掛けようとしやがったのか!顔も知らないそのチャラ男をぶん殴りたくなった。


「ひでぇ話だな」

「この泥棒猫!って言われちゃった」

「そんな台詞言う奴ほんとにいるんだな」

「笑い事じゃないよ!」

「みょうじに告白してくる奴ってチャラ男ばっかだな」

「私は硬派な人が好きなのに…」


みょうじは肩を落として項垂れた。


「陽介ここにいたのか」

「おー秀次」

「みみみ三輪くん!!!!」


みょうじと談笑していると俺を探していたらしい秀次が現れた。


「みょうじか」

「ここここんにちは!」


俺と話していた時とは別人のようにもじもじしだした。てか動揺しすぎじゃね?

上手く隠してるつもりだろうがバレバレだ。

そうみょうじは秀次に片思いしているのだ。分かりやすすぎ。まあ秀次は全然気づいてないみたいだけどな。


「みょうじどうしたその頬」


赤くなっている頬を見て秀次は目を丸くしている。

みょうじは今おもしろいくらい顔全体が真っ赤だが秀次は特に気にならないらしい。

この二人おもしれー!


「あ、えっとね、これは…」

「彼女持ちの奴に告白されてその現場ばっちりそいつの彼女に見られてビンタ食らったんだってさ」

「ちょ、ちょっと米屋くん!」

「この泥棒猫っ!て」

「やめてよバカー!」

「なんだそれ」


秀次は不愉快そうに眉を寄せた。


「大丈夫か?」

「う、うん!見た目より痛くないから大丈夫だよ!」


みょうじは緊張しまくっているのかいつもより声がでかいし上擦っている。ほんとにおもしろいなこいつ。


「ちょっとそこで待っていろ」

「え?う、うん…」


秀次はどこかへ行ってしまった。


「み、三輪くんどこ行っちゃたんだろねー?それにしても今日は暑いなー!」


みょうじは手で顔をパタパタと仰ぎだした。いや今日結構寒いけど。


「みょうじ分かりやすすぎ。おもしろすぎ」

「え!?な、何が!?」

「みょうじと秀次。お似合いだと思うぜ。少なくともチャラ男たちよりかは遥かに」

「そうかな…だって今ちょっと話しただけでもこんな風になってるのに」

「そんなの慣れれば大丈夫だろ」

「好きな人の前ではやっぱり普通にできないよ…」


みょうじは長いまつ毛を伏せて落ち込んでしまった。


「でもさみょうじ。のんびりしてたら誰かに取られるぜ」

「うっ」

「秀次って一見無愛想だけどいい奴だしなんだかんだでモテるし」

「私どうしたら…」


みょうじはまたドンヨリと落ち込んでしまった。


「みょうじ」


どこへ行っていたのか秀次がやっと戻ってきた。


「これ…」


秀次はみょうじの前に立つとスッとなにかを差し出した。


「え、これ…」

「冷やすもの探していたらそれしかなかった。よかったら使え…」


秀次が差し出したものは缶ジュースだった。

さすが秀次!こいつ…できる!みょうじおかしいくらい赤いんですけど。


「ありがとう三輪くん…!」


さっきまでのドンヨリがどっかにいき今は背景にお花が見える。


「それにしても酷いな暴力なんて」


秀次の目が鋭くなった。


「わ、私がいけないの!もっとはっきり断ればよかったのに」

「みょうじは何も悪くない。どんな理由があろうと暴力は反対だ」

「三輪くん…硬派なんだね…」


みょうじはもうメロメロになっている目がハートだ。缶ジュースで頬を冷やしているがあまり意味がない気がする。


「確かに秀次は今時珍しい硬派かもしれない、けど気になる子くらいいるよな?」


俺が問い掛けると秀次が一瞬図星を突かれたような表情をした。みょうじはなに余計な事聞いているのだという表情をしている。


「ま、まあ…」


秀次は居心地が悪そうに視線を俺達から逸らした。みょうじは先程とは真逆の青い顔をしている。忙しいやつだな。


「あ、ちなみにみょうじの好きな奴なんだけどモガッ」

「ちょっと待てー!」


みょうじは俺の口を両手で塞ぎ言葉を遮った。


「ちょっとなんなの?さっきからなんなの?嫌がらせなの!?」


俺がへらへら笑っていると胸倉を掴んできた。


「みょうじ、好きなやついるのか?」


俺達がぎゃあぎゃあ言い合っていると秀次が呟いた。


「え!?えっと…その…」


みょうじはいかにも混乱しています。助けてくださいと言わんばかりの顔で俺を見た。


(がんばれみょうじ)


小声で呟くと小さく頷き震える唇を開いた。


「わ、私は…!」


みょうじはベンチから勢いよく立ち上がると両手で秀次から貰った缶ジュースを強く握った。


「私は!近界民嫌いで有名なボーダーの隊長さんが好きです!!」


俺は思わずベンチからすべり落ちた。駄目だこりゃ!

秀次はぽかんとしている。


いや、でも俺たちの周りでは『近界民嫌いなボーダーの隊長=三輪秀次』という構図は有名だ!さすがの秀次でも今の一見意味の分からない告白が伝わったんじゃないか!?


もう一度秀次を見るとものすごく分かりにくいが先程より徐々に顔が赤くなっている。

…気がする。


みょうじとは対照的で分かりにくいな。一方みょうじはやってしまったとばかりに魂が抜けたようにへなへなとベンチに座ってしまった。


秀次は赤い顔を隠すように口元を手の甲で覆ってこの状況をどうしたらいいのか分からず視線を彷徨わせている。その隙に俺はみょうじの魂を呼び戻すことにした。


(みょうじ、みょうじ)

「へ…?あ、何?何が起こったの?昼休み終わったの?」


確かに昼休み長いなと思ったけどそれはこの際忘れてくれ。


(みょうじのめちゃくちゃ遠まわしな告白以外にも本人に届いたみたいだぞ)

(え!?嘘でしょ!すごく恥ずかしいよ!)

(大丈夫だってたぶん!よし、もうここまで来たら秀次の返事を聞こう!)

(たぶんって何!?返事とか無理だよ!)


みょうじと二人でこそこそ話していると秀次がじっとこっちを見てきた。そんな怖い顔しなくても俺達はただの友達だって。これは返事を聞くまでもないな。

そう思っているとまたみょうじはバッと立ち上がった。あ、みょうじちょっと待て…!


「み、三輪くん!」

「は、はい!」


みょうじは缶ジュースを握り潰すんじゃないかと思うくらい凄い力で握りしめている。


「三輪くん!その…私のこと…」


まさか私のこと彼女にしてくださいって言うつもりじゃ!

なんだか俺までドキドキしてきて思わず拳を握りしめた。テレビの前でドラマのクライマックスシーンでも見ている気分だ。


「私のことなまえって呼んでください!!」


俺はまたベンチからすべり落ちそうになったのをなんとか堪えた。なんじゃそりゃ!


「なまえ…」


秀次も真面目だな!


「嬉しい…ありがとう!」


みょうじは心の底から嬉しそうに笑った。

嬉しそうなみょうじを見て秀次も優しい表情をしていた。なんだがとてもいい雰囲気だ。

今更だが俺は邪魔そうなのでこの場をクールに去ることにした。


「あー担任から呼ばれてるんだったー。じゃあなお二人さん」


立ち上がるとひらひらと手を振った。もちろん担任に呼ばれてなどいない。


「あ、よ、米屋くん!」


二人きりにしないでと目で訴えていたが俺は気がつかないふりをして校舎へ戻ることにした。


「なまえ」

「え?」


今頃、みょうじは顔を真っ赤にしてあたふたしているのだろうか。

俺はやっぱり少し気になって最後にもう一度だけ振り返ってみることにした。

意外にもみょうじと秀次は仲良くベンチに座ってなにやら楽しそうに話していた。


「ほらなやっぱお似合いじゃん」


俺は軽い足取りで校舎へ向かった。



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