『迅』なまえさんは迅さんをそう呼ぶ。
別に迅さんを迅と呼ぶのはなまえさんだけではない。
けれどなまえさんは普段誰かの名を呼ぶとき必ず「さん」や「くん」「ちゃん」といった敬称を付ける。だから『迅』という言葉がなんだがとても特別な響きに聞こえる。正直俺の心は嫉妬でいっぱいになっている。
俺は初めてなまえさんに会ったときからずっと片想いをしている。戦闘中は凛としていてかっこいい。けれど普段は後輩思いで気さくで優しい先輩だ。
なまえさんと迅さんは同い年で付き合いも長く気心が知れた仲らしい。迅さんはなまえさんを『なまえ』と呼ぶ。いとも容易く当然のことのように。
なんて羨ましい。俺なんて宇佐美先輩と小南先輩がなまえさんと呼ぶ中でどさくさに紛れてやっと最近、なまえさんと呼べるようになったというのに。
「烏丸くんこんにちは。お邪魔してます」
玉狛支部のドアを開けるとそこになまえさんがいた。
「なまえさん。来てたんですか」
「うん。迅に用があって」
なまえさんは本部の人だが用事があるときこうして玉狛支部にやって来る。ほとんどは迅さんに会いにだが。
「烏丸くんまた身長伸びたね」
「そうですか?自分ではよく分かりませんが」
そうだよ、ほら。と言ってなまえさんは自分の頭に手をかざし俺と身長を比べるようにした。距離は近いしなまえさんは自然と上目遣いになるので心臓が持ちそうにない。
もう少し二人で話していたいと思ったが玉狛は俺に優しくないらしい。ドアがバタンと開いてみんなが来てしまった。陽太郎はなまえさんを見るや真っ先に駆け出し飛び付いて抱っこしてもらっている。
宇佐美先輩と小南先輩は一緒にお茶しながら恋バナに花を咲かせ始めた。俺は陽太郎すら羨ましいと内心思いながら女子の輪の中に入れるわけもなく少し離れた場所に座り課題をするふりをしながら女性陣たちの話に聞き耳を立てた。
「なまえさんって迅さんと付き合ってるんですか?」
気になっていたけど知りたくないことを宇佐美先輩がド直球で質問した。俺は冷静を装っているがさっきから心臓がバクバクとうるさい。
「え、どうして迅?」
「お二人噂になってますよ〜お似合いだって」
小南先輩がえー!やだー!と叫ぶ。俺も嫌です小南先輩。
「ないない!付き合ってなんてないよ」
なまえさんはぶんぶん両手を降りながら否定した。俺は気づかれないように小さく安堵の息をついた。なまえさん本人が言うのだから間違いないだろう。
俺が内心ガッツポーズをしているとさっきまでなまえさんの膝の上で差し入れのクッキーをもさもさ食べていた陽太郎が口を開いた。
「なまえは好きなやつはいないのか?」
陽太郎からのまさかの質問になまえさんは目を丸くしている。
「いないならこの俺が結婚してやろう!」
俺は椅子から転がり落ちそうになったがなんとか堪えた。なまえさんはフフと笑うと陽太郎の頭を撫でた。
「本当?でも私、陽太郎くんより14歳も上だよ?」
「愛に年の差なんて関係ないんだぜ」
陽太郎イケメン過ぎだろ。なまえさんはありがとうと笑っている。すると部屋のドアが開いた。
「お!なまえ、来てたのか」
「あ、迅。うん。この間の件で聞きたいことがあって」
陽太郎を膝から下ろし空いているソファに座らせると二人は話ながら自然と部屋を出て行ってしまった。
「また迅になまえさん取られた!」
小南先輩がぶうぶう文句を言っている。俺は二人が出て行ったドアをぼんやり眺める事しかできない。
「ちょっと、とりまる。なまえさん取り返して来なさいよ!」
「は?いや小南先輩、何を言ってるんですか」
「何じゃないわよ。あんたなまえさんのこと好きなんでしょ」
俺の思考はそこで一旦停止した。
「おーい、とりまるくーん」
ハッと気がつくと宇佐美先輩が顔の前で手をひらひらさせていた。
「ちょっと待ってください。落ち着いてください」
「みんな落ち着いてるわよ」
額を押さえながら状況を整理した。
「好きってなんで知って…」
しまった認めてしまった。
「言っとくけどここのみんな気づいてるわよ。あ、陽太郎以外ね」
陽太郎を見るとお腹がいっぱいになり満足したのかぐっすり眠っている。とりあえず陽太郎に聞かれていないようで安心した。
「だからさっきなまえさんと迅さんの関係聞いてみたんだよ」
そうだったのか俺が聞き耳を立てているのなんて気づいていたのだろう。女の人って鋭い。恐い。俺はふらふらとソファに座り込んだ。
「なまえさんは全然気づいてないみたいだけど。あんたどうするのよ」
どうすると言われても困る。しかも全員に気づかれているとか恥ずかしすぎるだろ。未だに額を押さえているとドアが開いた。
「あ、レイジさんお帰りなさい」
レイジさんは宇佐美先輩のあいさつに返事をすると頭を抱える男の前に女子二人が仁王立ちしているというこの状況に眉を寄せた。
「あまり京介をいじめてやるな」
さすがレイジさんもう察してしまったのか。
「だってとりまるがいつまでもはっきりしないから!」
「さっさと告白しちゃえばいいのにねー」
「簡単に言わないでくださいよ」
「なに躊躇してるのよ。男らしくガツンといきなさよ!」
小南先輩の方がよっぽど男らしいです。
「振られると分かっているのに告白なんてできませんよ」
「なぜ振られると思う」
レイジさんまで話に入って来た。
「俺なんて弟くらいにしか思われていませんよ。迅さんほど親しくもないし…年下だし…」
「愛に年の差なんて関係ないんだぜって陽太郎も言ってたよ」
「宇佐美先輩からかわないでください」
「早く行動に移さないと誰かに取られちゃうわよ」
「そうですけど…」
もっとなまえさんとの距離が縮められたらいいのに…。迅さんみたいにもっと近くにいたい。あ、なんかへこんできた。もう帰りたい。
「お、みんな揃ってるな」
なまえさんと迅さんが戻ってきた。
「せっかくなまえが来てるし飯でも食いに行かね?」
賛成と言ってみんなは玄関へ駆けて行った。レイジさんは寝ている陽太郎を背負い出て行った。
「烏丸くんは行かないの?」
なまえさんはソファに座ったまま動かない俺に声をかけてくれた。
「あ、いや俺は…」
「もしかして体調悪いの?」
なまえさんが心配そうに覗き込んできたやばいその顔はやばい。
『おーいなまえ、行くぞー』
玄関の方から迅さんの声がした。
「あ、ちょっと待って迅、烏丸くんが…」
迅さんの声の方へ体を向けたなまえさんの腕をおもわず掴んでしまった。
「烏丸くん?」
「俺のことも呼び捨てにしてください」
「え?」
は?俺は何を言っているんだ。なまえさんは不思議そうに俺を見ている。終わった…。
「京介…」
「えっ」
「えっ…あっ!違った?ごめんなさい!」
「いえ嬉しいです…迅さんみたいに呼び捨てにしてくれたらなと思ったので」
「あっ、そっかそういう意味か!ごめんね呼び捨てって言われたからてっきり名前の方かと思っちゃって!」
なまえさんは珍しくわたわたしている。
「ごめんね烏丸くん」
「名前で呼んでほしいです」
「じゃ、じゃあ京介くんで…」
「はい。ありがとうございます」
『あの二人がくっつくのも時間の問題だな。俺のサイドエフェクトがそう言ってる』
『そんなの見てたら誰でも分かるわよ!』
『やったね!とりまるくん!』
『お前たちあんまりからかってやるな』
みんながドアの隙間から盗み見しながらそんなことを言っていたなんて知らずになんだか恥ずかしいねと言いながら。なまえさんと俺は目を合わせて照れ笑いをした。