「え、海?」
間抜けな声を出すと荒船くんはそうだと頷いた。
「行くの?」
「来週な。同い年のやつらと」
「ふーん」
「なまえも来るんだよ」
「え、やだよ」
「なんでだよ。女子もちゃんといるぞ」
「だと思った」
荒船くんは首を傾げているけれど、どうせ女の子の水着が見たかった当真くんの発案だろう。
「海ってちょっと苦手」
「なんで?」
「うーん…あの塩辛いのとか」
その気がなくても勝手に口に塩水が入ってしまい何だが気持ち悪くなってしまう。
「あと水着も好きじゃない」
胸もないくびれもない。スタイルに全く自信がない。普段から足も二の腕もあまり出したくないタイプなのにあんな露出過多の格好なんてハードルが高すぎる。
「と言うことでパス」
「却下」
「なんでよ!」
即答されて思わず突っ込んでしまった。
「なまえのみず…なまえと海に行きたいからに決まってるだろ」
おい今、水着が見たいからって言おうとしただろ。男子ってどうしてこうなんだ。
「そもそも水着なんて持ってない」
「水着ならここにある」
「なんでよ!」
本日2回目の突っ込みを入れるとズイッと袋が差し出された。受け取らないとずっとこのままな気がして渋々袋を受け取りチラリと中身を確認すると本当に水着が入っていた。
「買ったのこれ…」
「サイズは合ってると思うぞ」
「合ってるよ!ドン引きだよ!」
おまけにデザインも私好みだ。なんなのこの人こんなところまでパーフェクト目指そうとしてるの?
「かわいい…」
「試しに着てみるか?」
「き、着ないからこんなところで!」
「じゃあ来週楽しみにしてる」
ニヤリと笑った荒船くんにもう何かを言う気力はすっかり無くなってしまった。
「泳げないくせに…」
「あ?」
「なんでもありません」
◆◇
1週間はあっという間で気がつけば荒船くんが買ってきた水着を着ていた。
現地での着替えは大変なので服の下に着ていくことにしたのだが鏡で全身を見てため息と共に肩を落とした。
さすが荒船くんセンスがいい。素敵な水着をチョイスしてくれた。でも私が着るとなんだか残念な感じになっている気がする。
大丈夫かなこれ。大丈夫じゃないな。
諦めて服を着て待ち合わせ場所へ急いだ。
海に着くとみんなのテンションは上がりきっていて早々に浜辺へ行ってしまった。
すっかり取り残されてしまったけれどいつまでもこうしている訳にもいかないのでロッカーに荷物を預けて外に出ると荒船くんが腕組みをして待ち構えていた。
私に気がつくと上から下までまじまじと眺めうんうん頷いた。
「いいな。似合ってる」
「ほんと…?」
「ほんとだ」
恥ずかしさで俯くとあることを思い出した。
「あ、そうだ水着のお礼言ってなかったよね。ありがとう。それと褒めてくれて嬉しい…ありがとう」
荒船くんは満足したようにもう一度頷いて笑ってくれた。
「お、荒船とみょうじ、来た来た…っておい!」
「待たせたな」
当真くんは私を見るなりガックリ肩を落とした。
「荒船お前なにみょうじにパーカー着せてるわけ?」
「お前達に見せないために決まってるだろ」
「ざけんなよ荒船マジよぉ!」
ぶーぶー文句を言う当真くん達を見て荒船くんはケラケラ笑っている。
荒船くんはあのあと私に自分が着ていたパーカーを着せた。
サイズが大きいので今は膝から下程度しか見えない状態だ。
これでは海に入れない。せっかくここまで来たのに。けど荒船くんが他の人に見せたくないと思ってくれたのなら何だが少し嬉しかった。
「あ、でも膝から下だけってのもなんかそそるな」
そう言った当真くんの背を荒船くんは思いきり蹴飛ばしていた。