「実は気になっているこがいるんだ」
そう満寵殿に言われて頭が真っ白になった。
満寵殿とは恋仲ではないけれどひっそりと恋心を抱いていた。私はきっと分かりやすい人間なので満寵殿はなんとなく私の気持ちに気がついていると思っていたのにこの台詞。ということは全くの脈無しということなのだろうか。
「そのこを振り向かせるために君から助言を貰いたくてね」
「どうして私が」
「こんなこと君にしか頼めないだろう?」
そんなこと言われたら分かりましたとしか言えない。想いを伝える前に振られた気分になりがっくり肩を落とした。
満寵殿とは気が合うのでよく二人でお酒を飲んだり話をしたりしていた。
満寵殿は大層人気があるのにそういう浮いた話を一度も聞いたことがなかったのでどこか安心していた。なのに突然気になるこがいるから協力してほしいなんて言われて私はひどく落ち込んだ。
その日から様々な相談を持ちかけられては自分なりに助言をしていた。
顔も知らない誰かと恋い焦がれる人とが少しずつ距離を縮めるための手助けをしているなんて考えるだけで胸が苦しくて辛くて仕方がない。けれど助言をするその都度、笑顔でお礼を言ってくれる満寵殿を見ていると私はどこか嬉しかった。
満寵殿が笑ってくれるなら愛した人が幸せになってくれるならそれでいいと自分に言い聞かせるようになった。
「聞いてくれなまえ!ついにあのこを振り向かせることに成功したよ!」
まるで太陽のように眩しい笑顔を向けそう告げた満寵殿についにこの日が来てしまったと思った。
「それはよかったですね」
心にもないことを告げると腕を掴まれた。
「なっなんですか?」
「さっそく紹介するから来てくれ」
「え!え!?」
冗談じゃない満寵殿の愛する人と顔を合わせるなんて今の私には到底耐えられない。
「嫌です!離してください!」
「そう言わずにきっと君も気に入るさ」
有無を言わさず腕をぐいぐい引かれ満寵殿の部屋に連れて行かれた。少し待っていてくれと言われ腕から手を離すと隣の部屋へと向かった。
どうしよう。どんな顔をすればいい。なんて言葉を掛ければいい。会いたくなんてないのにどうして満寵殿は紹介するなんて言うのだろう。
混乱して泣きそうになる。いっそのことこの部屋を出て行ってしまおうか。そう思い扉へ向かおうとしたところで満寵殿が戻ってきた。
「なまえこのこだよ。ほらあいさつ!」
あいさつなんて結構だからもう帰らせて。そう思ったとき背後からその場にそぐわない声がした。
「ニャー」
にゃー?驚いて振り返ると満寵殿の腕の中には目のくりっとした毛づやのいい猫がいた。
「え?」
「どうだいかわいいだろう」
あまりのことに私は全身の力がふっと抜けてその場に座り込んだ。満寵殿が驚き私の名を呼ぶ声が遠くに聞こえた。
「もう笑わないでください」
満寵殿に今までずっと気になる女性がいるのだと思っていた事を正直に話すとそんなにおかしかったのかずっと笑っている。
「ごめんごめん。まさか君がそんな勘違いをしていたなんてね」
満寵殿の気になるこというのは最近、満寵殿の部屋に頻繁に遊びに来ていた猫のことだった。中々懐いてくれなくて苦労したそうだ。今はまた隣の部屋へ行ってしまった。
「普通思うじゃないですかあんな言い方されたら」
「どうしてだい?私にはなまえがいるのに」
「は!?え?」
「驚きすぎだよ。私たち恋仲じゃないか」
「恋仲?」
「まさか君、覚えてないの?」
満寵殿曰く二人でお酒を飲みに行ったとき私は満寵殿に好きですと告げ満寵殿はそれを受け入れてくれたそうだ。それを聞いて私は真っ青になった。
「ごめんなさい全然…」
「やっぱりね。君かなり飲んでいたし次の日から普通に接してくるからもしかしてと思ってたんだ」
「私なんてことを…!」
酔った勢いで思いを告げてしまうなんて。しかも全く覚えていないなんて最低すぎる。
「口づけまでしたのに」
「!?」
今度は顔が真っ赤になった。
「本当に覚えてないんだね」
「ごめんなさい」
もうだめ。恥ずかしさとか情けなさで泣きそうだ。
「じゃあもう一度しよう。うん。そうしよう」
「えっ」
「さあ目を閉じて」
満寵殿が距離を詰めてきたので慌てて目を閉じた。すぐに唇に柔らかい感触がして離れた。目を開けると愛おしそうに見つめられてまた泣きそうになった。
「愛してるよなまえ」
「私もです」
腕に閉じ込められて幸せを噛みしめるようにまた目を閉じた。