そろそろ起きなければ間に合わないというのに伯寧が自室から出てくる気配がまるでない。仕方ない起こしに行こう。
半開きで最早役割を果たしていない扉を叩いて室内へ声をかけたけれどやはり返事はない。
「伯寧入るよ」
扉を開けて一歩踏み込むと突然書物が崩れ落ちてきて短い悲鳴を上げてしまった。これは罠?いいえ違う。散らかっている!ひたすら部屋が汚い!
床に散らばった様々な物をかわしてようやく伯寧の元へ辿り着いた。室内の惨状や私の悲鳴に全く気がつかず伯寧は案の定気持ち良さそうに眠っていた。
「起きて伯寧。遅刻するよ。あと部屋汚い」
声をかけても、もぞもぞとするだけなので身体を揺するとようやくぱちりと目を開けた。
「やあ…おはよう」
「おはよう」
寝起き独特の掠れた声を出しながら起き上がると身体を揺すっていた私の腕を掴み顔を近づけてきたので慌てて後に下がった。待て。今、何をしようとした。
「つれないなぁ」
「何がよ。それよりほら早く支度して」
伯寧は渋々立ち上がるとやっと支度を始めてくれた。
「髪結わえるからじっとしてて」
「うん」
こうやって髪を結わえるのも日常となっていた。その間、伯寧は用意していた朝食をのんびり食べている。こんなにゆっくりしていて大丈夫なのだろうか。本人がそれでいいなら私は構わないのだけれど。食事が終わると登城するためようやく玄関へ向かった。
「それじゃあ行ってくるよ」
「いってらっしゃい…あ、待って!また釦掛け違えてる!」
どうしたらこんな器用な間違いができるのか。ずれている釦を全て外してから正しく掛け直した。ふと顔を上げると伯寧はじっと私を見ながらほんのり頬を染めている。
「どうしたの?」
「いや別になんでもないよ」
もしかして照れてるの?私がいちばん恥ずかしいのですが。
「はい。できました」
ぽんと胸を叩くと伯寧は扉を開けた。
「ありがとう。行ってくるよ」
「はい。いってらっしゃいませ」
あ、そうだ。
「伯寧お部屋掃除してもいい?」
「ああ、助かるお願いするよ」
「罠とかないよね?」
伯寧はきょとんとした顔で振り返った。
「あるかもね」
それだけ言うとニッといたずらっぽく笑って今度こそ行ってしまった。もう…。