※現パロ



雨が降っていた。冷たい雫を弾く傘。コンビニの安っぽいビニール傘。これで防げるものだけを愛する。
パン屋の軒先に見知った顔を見つけた。雨に濡れた癖のある簾の前髪が、雫を垂らして冷たそうに顔にへばりついている。
一度己の透明な傘越しに葡萄鼠の空を見上げて、そして黙って傘を閉じると男の隣に並んだ。
「……少李か。運が悪い。雨に降られてこの様だ。……なんだお前さん、傘があるならさっさと帰ることを勧めるぞ。ここは冷える」
私の手に握られたビニール傘を見つけてあしらうように言う。それでも黙ってその場にいた。彼が不思議そうに一瞥を送り、また前へ向き直ったのを見て、自分も空を見上げる。
軒先の屋根から雫が落ちる。ポタリ。ポタリ。指を伸ばして雫に触れると、冷たくて肩を震わせた。
赤い長靴の少女が母親に連れられて帰っていく。ピカピカと艶のある長靴が、水溜まりを蹴る。
雨の音。街中が楽器になったようだ。音楽のいらない日。誰かが言っていた。嫌いではない。
「傘が欲しいわ」
口を開くと思いの外よく聞こえた。
「傘なるあるだろう」
「違う。赤い傘が欲しいの。鮮やかな赤。灰色のなかでもよく目立つ赤」
紅を乗せた唇のような、少女の林檎のほっぺのような、赤。
「そうか」
彼も雫に触れた。肩を震わせた。それを一瞥して、また二人して空を見上げる。もう止むことはないような気さえした。そんな鈍色の空。
「買いに行くか」
はっとして彼を見る。濡れた指を払って、笑いながら私を見た。
「ええ」
私は微笑むと、ビニール傘を広げた。二人並んで歩く。冷たい雫を弾く傘。コンビニの安っぽいビニール傘。これで防げるものだけを愛する。


筆者:めのくま
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