アポロンの啓示 | ナノ

*愛してるって、言ってみて
・シリアス
・両想い、けれど手探り






「愛してるって、言ってみて」



カチャン、と思ったよりも軽い音を立てて床に転がる13トーテムポールを眺め、リクはただ息を吐いた。
これから何が始まるかはわかっている、わかっているのだが、
だからなんだって言うんだ。
「……なんつったっけ、今」
聴覚はちゃんと声を捕らえていたが、多分脳が正常に言葉を認識していない。
「……いや、なんでもない」
自分がちゃんと聞いていたのを知っているくせに、相手はふい、と横を向きそう言い放った。
ぼんやりと、その横顔を眺める。
月光に照らされ、やたら幻想めいた雰囲気を持つその少年、いや青年は、ヒトと呼ぶには余りに整いすぎた見目と脆すぎる身体付きをしていた。
そのファスナーを下ろせば、多分後には引けなくなり、そう、また幾日か前と同じ事を繰り返して、そうして、多分終わる。
ただ同じ熱を共有する、生物学的にも倫理的にも不可解なその行動を、常識とか論理とか道徳とか全てを飛び越えた感情で持ってして。
「……なあ」
青い髪をぱさり、と揺らし、少年は、否青年は俯いたまま低い声で囁く。
ああそうか、とぼんやり思う。
少年とも青年とも呼べない、いや区別が付かないその微妙な未成熟さが、目の前に立つ人間の儚さと美しさを際立たせているんだろうな、だなんて。
そんな、いつもなら欠片も思わないような薄気味の悪い考えが頭をよぎる時点で、間違いなく自分はこの現実から逃げている。
「……どうして、オレを拒まないんだ」
呟かれたその言葉は、リクの頭上を通り抜けていく。
答えなんて返るはずもない、そんな無意味な質問をこいつがするのは珍しいな、とまた現実逃避。
「……嫌なら嫌だと、言えば良いじゃないか」
ぎしり、と軋み沈むベッド。
自分の頭上を覆い傍らに膝を付く、その身体はやっぱり男にしては細く脆そうで儚げで、人形みたいだ、といつもの感想をまた抱く。
顔のすぐ横、古いベッドの木枠がぎしりとまた小さく悲鳴を上げ、少年それとも青年なのか、あるいは人間または人形なのか、不可解な感情を抱かせる相手の置いた手を沈ませ感受した。
「……なら、」
碧い目が、非道く哀しく自分を見据える。
真っ直ぐに瞬くその瞳は、戦闘中であろうと宴会の真っ只中であろうと宿敵を眼前にした時でさえ変わらない強さを誇っている、誇っているのに何故か今は切なげで儚げで。
次の瞬間にはそこから涙の代わりに血でも滲むんじゃないかとでも言うような、そんな苦渋に満ちた色をしていた。
「……愛してる、と言ってくれないか」


いちどだけ、


と、まるで幼子のようにアルヴィスは呟く。
じゃあその一度だけを叶えたら以後お前はこんな事はやめるのかとか、拒めばいいのに拒まないこんな愚かな自分の考えを汲み取ってくれるようになるのかとか、そんな浅はかで馬鹿げた思考が一瞬脳を錯綜し、沈んだ。
否、そんな事は無いだろう。
多分、絶対に無いんだ。
きっと少年でもないのに青年とも呼べない、時に冷酷で時に優しすぎるこの男が縋るように伸ばす手を、自分は振り払えないどころか手繰り寄せて抱き締めてしまう事も、そのまま乱暴に寝床に押し付けられて温い体温を首元にあてがわれても尚拒絶できない事も、そう全部全部こいつはわかっているんだ。
そしてこいつは一度でも拒んでしまえば2度と縋りよって来る事も温もりを押し付けてくる事も無い、それを自分もよくわかっているのだ。
リクは、近い碧をぼんやりと見つめる。
いつも冷たく理知的な光を放つその瞳は奇っ怪な程にぼやけて見えて、でもやたらきめ細かで白い肌も、その目元に浮かぶ逆三角形も滲んでいないのだから、別に自分の目に涙が浮かんでいるのでは無いんだな、となぜか安堵の思いを覚えた。
「……オレは、愛して、いる」
小さく呟かれたその言葉が頭を通り抜け、
すんでのところで、捕まえる。
「……そう」
でも、自分には同じ言葉は吐けないんだ。
だって同じ感情じゃないから、
きっと愚直な程に真っ直ぐで、自ら十字架を背負っては重たい足を引き摺り、血を吐いては唇を噛み、それでも己の利己に流されないこいつとは、
そう、きっと同じ感情じゃないんだ。
首元を舐め上げるぬくい温度も、
労わるように時折見上げる瞳も、
ジッパーを静かに下ろして鎖骨をなぞる細い指先も、
きっと、いつか消えてしまう。
たまたま、そこに居たから。
偶然、そこに在ったから。
その中でも条件が近かった、
そんな言葉で終わってしまう、
この儚く愚かな関係なんて、すぐに。
「……リク」
だから、言わない。
いつか終焉を迎えるその日まで、
「…いちど、だけでいいんだ」
その一度きり、を本当に有効にするその日までは。
言わない。
否、言えない。
少年でもない青年でもない、人間でもない人形でもない、危うい程に脆く美しく鮮やかなこのアルヴィスという男がくれた全てがやっぱりただの気の迷いで、単なる性質(たち)の悪い気まぐれ或いはふざけた戯れだったのだと、そう断言出来るその日までは。
「……アルヴィス、」
弾かれたように面を上げたアルヴィスに、リクは力なく口元を釣り上げた。
「……明日は、ウォーゲームだから」
戸惑い、というより理解出来ていない、そんな瞳を瞬かせるアルヴィスに、ただ言葉を重ねる。
「…あんま、支障出ない程度に、しとけよ」


そう、
愛してる、なんて言わない。
「1度きり」が叶うまで。
男にしては細すぎる顎に指を添え、強く引く。
なんの抵抗も無くするりと落ちた、アルヴィスの唇に唇を重ねる。
言わないから、
だから、
せめて今だけは、
幸せだと感じさせて欲しい。
現実でも幻想でもない、
でも確実さも空虚さもない、
そんな非道く残酷で哀しい現在(いま)を。




アルヴィスの舌が、ゆるりと唇に押し当てられる。
僅かに唇を開けてその舌を享受して、
リクは静かに目を閉じた。






【愛してるって、言ってみて】




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