■ ■ ■
誰もが予想外だった。
「えっ、ちょっ、雛香!」
「う…うるさい、だれだよおまえ!」
そう、そんなことが起こりうるとは。
「ま、待ってよ雛香、」
「ぜってーやだっ!ひなの、どこだよ!」
「だから僕が雛乃だって!」
そんな展開が待ち受けていようとは。
「てかここっ、どこだよ!くっそう、」
「あっ、そっち行ったら…て、雛香!どこ行くつもり?!」
そう、まさかのまさかー
雛香が、雛乃を拒絶する日が来ようとは。
「…で、宮野のアホはこの状態なワケっすか」
「うん…ほ、ほら雛乃、元気出して?」
「うう…雛香にうるさいって…嫌われた…生きていけない…」
「め、めちゃくちゃ落ち込んでるのな…」
ずーん、と音が聞こえそうなほどがっくり机につっぷして、真っ暗なオーラを放つ雛乃。
その周囲を囲う3人ーツナ、獄寺、山本は、どうしたもんかとそろって顔を見合わせた。
「そーいえばツナ、雛香教室の外出てっちゃったんだろ?追いかけなくていいのか?」
「うーん、そうしたいのは山々なんだけど…」
ちらり、机にうつぶせる雛乃を見るツナ。
「…雛香に…雛香に嫌われた…人生まっくらだ…もう何にも意味がない…」
「……このままほうっておいたら、雛乃死ぬんじゃないかなって」
「「ああ…」」
真横から放たれる鬱々とした雰囲気に、獄寺と山本はなんともいえない顔をした。
4歳に戻った雛香より、隣でうめくクラスメイトの方が確かに深刻な精神状態である、気はする。下手したらそこらの窓から飛び降りそうだ。
「…しっかし、あのアホ牛がまた並中に入り込んでくるとは…どれだけ10代目にご迷惑をおかけしたら気が済むんすかね、アイツは」
「あれ?そーいやランボはどこ行ったんだ」
「ランボなら、さっきリボーンに追っかけまわされてどっか行ったよ…」
はあ、と長い長いため息をつき、ツナは困り顔で頬をかく。
横には半泣き状態のまま机に貼りつき動かない雛乃、
そして扉の向こうへ消えてしまった小さな雛香。
(…どうしよう、これ…)
非常に面倒くさいことになった、と途方に暮れるツナだった。
ガチャ。
「…だれ、」
だい、
と言いかけ雲雀はまばたきを繰り返した。
手から滑り落ちたボールペンが、軽い音を立てて机を転がっていく。
が、雲雀にそちらを気にかけている余裕はなかった。
「…また、しらないやつ」
むむっ、と小さな眉間にシワが寄る。
応接室のドアの隙間、その空間からぴょこりと顔だけ覗かせているのは、明らかにこの学校にいるべきではない人間だった。少なくとも、2ケタに満たないような子供がこの校舎に堂々と入れるほど、並中の風紀は末期的ではない。
ましてや、この応接室へ足を踏み入れるなど。
「…ねぇ、君」
「ばいばい」
ドガッ。
「?!いってぇっ、」
「僕が声掛けてるっていうのに、無視するつもりかい?」
良い度胸してるね、そう言いながら立ち上がり雲雀は入り口に近づく。
扉の隙間に差し込まれ光るのは、1本のトンファー。先ほど、人の話をきかない子供が閉めようとしたのを邪魔するために、雲雀が高速で投げた物だ。
「なっ…なんなんだよ、おまえっ」
「それはこっちのセリフだね」
トンファーがかすった腕を押さえ、しりもちをついた格好のまま涙目の相手はこちらを睨む。
雲雀は淡々と言葉を返すと、膝を折って同じ位置に視線を合わせた。
「宮野、雛香」
うるんだ黒い瞳が、驚きに大きく見開かれる。
「…な、んで俺のなまえを」
「僕は雲雀恭弥」
「知ってるん…て、は?」
「こっち」
「わ?!」
いまだへたりこんだままの子供の手首をぐいっと掴み、雲雀は応接室に連れ込んだ。
どきり、と心臓が跳ねる。
無造作に掴み引っ張り上げた手首がーあまりに細く、ふにゃりとしていて。
まるで、今にも折れてしまいそうな気がした。
「い、いった!いたいっての、このばか!」
「…君」
「はなせよっ、は、なに」
「…なんでも」
高い声でわあわあ喚く、相手の姿は自分の腰上あたりまでしかない。
上目でキッとこちらを睨むその姿に、ひどく奇妙な感慨を抱いた。
「っ、はなせっ、なにする気だよ!」
「いいから大人しくしてな」
そうか。
ソファへ足を進めながら、雲雀はぼんやり考えを巡らせた。
そうかー彼にも、こんなにあどけなく無垢な時期があったのか。
「…えー、と」
その数分後、
応接室へとたどり着いたツナは、ひくひくと頬を引き攣らせた。
「…何してるんですか、雲雀さん」
「何しに来たの、沢田綱吉」
「なにしにきたの、さわだ…ええと」
「沢田綱吉」
「さわだつなよし」
こちらの問いをきれいに無視した雲雀による質問返し、
そしてなぜか復唱する4歳の宮野雛香。
それも、
ソファに腰掛けた雲雀の真横に雛香がぴったり張り付くように座っている、
という奇妙な体勢で。
「ひ、雛香!」
「あっ、さっきのやつだ!くるな!」
「くっ、くるな?!」
「アホ宮野、さっきのでてめぇ懲りただろうが!」
ツナの真後ろから飛び出した雛乃が、かわいらしい声に一刀両断され膝から崩れ落ちる。
完全に不審者を見る目つきで雲雀の学ランにしがみつく雛香(4歳児)と応接室の床に転がり沈む雛乃(中学生)に、ツナも山本も最早コメントの仕様がない。
つっこんだ獄寺がむしろ強者である。
「なんでもいいけど、君たち」
カチャリ、優雅な仕草でコーヒーカップを机に置いた雲雀が静かに目を光らせる。
なぜこの状況でこの人はこうも平然とお茶してるんだ、というのは3人の頭に揃って浮かんだ疑問だったが、さすがに誰も口にはしない。
「早く出てってくれる?彼、もうすぐ戻るんでしょ」
「え、あ、はい…」
予想外の言葉に、てっきり「咬み殺す」という死の宣言が来るだろうと身構えていたツナは、とまどいながらも頷いた。
不可抗力とはいえ、こうして4人そろって応接室へ入り込んでしまったのだ。華麗なるトンファーさばきがいつ繰り出されてもおかしくはない。
だが。
(な…なんか雲雀さん、機嫌良い…?)
勝手に膝上へよいしょよいしょと乗り出す雛香に、しかしどうということもなく傍らの日誌をめくり出す雲雀。
何が何だかさっぱりなツナ達は、10年バズ―カの故障やら雛香の混乱状態についてやら、いろいろ説明するつもりだったこともさっぱり忘れて、ただ呆然と目の前の光景を眺めるしかない。
もちろん、足元で瀕死状態の雛乃のことは放置である。
「きょうや」
「何」
おもむろに口を開く雛香。
「俺のなまえしってるってことは、きょーやと俺はなかよしってこと、だろ?」
(なっ、なかよしー?!!)
想像の斜め上をはるかに越える雛香の発言に、ツナは思わずむせ返った。
ちなみにその横で獄寺がつまづき、山本は盛大にせき込んでいる。
っていうか、10年前とはいえ、雛香君が、雛香君の口からなかよし、って…!
「まさか」
(え、ええぇええええ?!)
何のためらいもなくずばっと切り捨てた雲雀に、またもやむせ返るツナと山本。
そしてずっこける獄寺。呼吸をやめつつある雛乃。
「…え」
「僕は死んでも仲良しなんてしないよ。群れるだなんてまっぴらだ」
ぽかんと目を丸くした雛香に、雲雀はつらつら言葉を並べる。
(…う、うわ…雲雀さんらしいって言えば雲雀さんらしいけど…)
ツナは頬を引き攣らせ、これはいったいどうなるのだろう、とソファに座る2人を見た。どうにかしようとする気はとうの昔に失せているので、完全に傍観者モードである。
(ていうか…そう言うわりに、雲雀さん雛香君とべったりくっついてるんだけど…)
4歳児の膝抱っこは群れるに入らないのだろうか、ともはや別ベクトルな考えを巡らせ始めたツナの前、それまで雲雀の顔を見上げ固まっていた雛香が、ふいに口を開いた。
「…よくわかんないけど、」
「?」
突然動き出した雛香を、雲雀は怪訝そうな顔で見下ろす。
「俺は、なかよしだと思う」
「…は?」
ずい、雲雀の膝上に乗っかり学ランの襟元をぎゅうっと握りしめ、
「だって俺、ひなのとおんなじぐらい、きょーやといるとほっとするもん」
鼻先が触れんばかりに雲雀に顔を近づけて、雛香はきっぱりそう言い切った。
「……は?」
あの雲雀が驚愕している、というのはなかなかレアだったが、ツナ達もまた仰天していた。というより硬直状態である。
(…ひ、雛乃と同じくらいほっとする、って…)
それ雛乃が聞いてたら大乱闘の始まりだよ!
と、心の内では華麗にツッコミができるのだが、いかんせん状況が状況である。
この時ばかりは雛乃が死んでいてよかった、とツナは安堵した。
そこに安堵を覚えているあたり、ツナもいかに余裕がないかが窺える。
「!え、なんだこれ、」
硬直した場の空気も知らず、突然雛香が慌てた声をあげた。
「煙…ああ、君帰るのか」
「え?かえる?!俺かえれるの?!ひなののとこに?!」
「ん、まあそうじゃない…君の時代の弟のもとに」
「じゃあ、きょうやともばいばいなのか」
「…そう、だね」
一瞬間を空け、雲雀が答える。
白い煙に囲まれながら、雛香は目をぱちぱちさせ、それからちょっと首をかたむけた。
「じゃあ、ばいばいだな、きょーや」
「…早く行きなよ」
「うん。じゃあ、」
おわかれのあいず。
そう言った雛香が雲雀に口付けるのと、
その体が完全に白煙に包まれたのは、ほぼ同時だった。
「−−?!」
煙が薄れゆく中、
始めはきょとんとしたまま動かないでいた雛香がー瞬間、がばっと体を離した。
「な、な、なっ…?!」
「…ああ。戻ったのか」
「あ、ああじゃねえよああじゃっ!って、うわっなんだこの体勢?!」
「ちょっと重たいんだけど。足が痛くなるから降りて」
「言われなくてもそーするっての!ってか待て、お前5 4歳の俺に何してんだ?!」
「言っとくけど仕掛けてきたのは全部君だよ」
「は?!…まっ、待て待て!んなわけあるか!」
「僕は4歳児に興味なんてない」
「あったら大問題だっての!!」
顔を真っ赤にして雲雀を指差しどなる雛香、
いつもとなんら変わらぬ態度でカップに口付け中身をすすり始める雲雀に、
完全部外者と化したツナ達3人は、ただポカンとその様子を観賞していた。
「…うう、4歳とはいえ、雛香に来るな、なんて言われるなんて…」
「ごめんって雛乃、ほら今ならいくらでも側に来ていいから」
「雛香…!大好き!」
「俺も」
「…4歳の方が良かったかも。俺たちの精神的にも」
「まあまあそう言うなってツナ!雛乃が元気になって良かったじゃねえか!」
無事応接室から抜け出したのち、盛大にいちゃこらしだしたバカ双子の姿を視界の端に収めながら、げんなり顔でツナがぼやく。
その肩をばんばんと山本が叩く横で、獄寺もまた砂でも吐きそうな顔をしていた。
「同感っす10代目…あいつらほんっと気持ち悪ぃ…」
「ねえねえ雛香、"お別れの合図"、覚えてる?」
「…?何それ」
「4歳の雛香はやってたよ。ほら、昔何かとつけてしてたじゃない。"合図"って名前で、きすをたくさん」
「ああ…そういえばそうだったな。朝おはようって言う時、いってらっしゃいで見送る時、ご飯食べる前、寝る時…」
「そうそう。ねえだから今、僕にもやってくれない?」
「え?」
「だってさっき雲雀さんにしてたの死ぬほどムカついたから。ね、ダメ?」
「いや、ダメっていうか…別に雛乃が望むんなら、キスのひとつやふたついくらでもするけど。むしろしていいのか?」
「全然!…あ、でもええっとね、注文つけるなら…僕、がっつりなのがいいな、舌つか」
「ストーーーップ雛乃!!かんっぺきにアウトだから!!!」
「てめぇらほんっとありえねぇんだよ!まとめて果てろ!!」
「仲いいのなー」
1人朗らかな山本の声を背景に、盛大な爆発音と叫び声がその場に響き渡った。
その喧騒から遠く離れた、応接室で。
『ーきょうや』
ぺらり、日誌をめくり、雲雀はかすかに鼻を鳴らす。
「…馬鹿じゃないの」
ふいっと手を上げ、唇をなぞって。
「……君といると、何が仲良しかも、もうわからないよ」
呟いた彼の表情を見る者は、誰もいない。
▼凪様へ
凪様、この度はアンケートおよびリクエスト企画にご参加くださり、ありがとうございます!
10000ヒットおめでとうございますとのお言葉、大変励みにさせて頂きました。
「君を咬み殺すシリーズの夢主が幼くなる話(10年バズーカのせい)。双子の弟(10年前)が自分の隣にいなくて狼狽えツナ達を警戒する夢主。双子の弟君も駄目で警戒される。だけど、雲雀さんにだけは懐く」というリクエストのもと書かせて頂きました、復活長編番外でございます。
かなり長くなってしまい、申し訳ありません。また、双子弟もデフォルト名で書かせて頂きました。名前変換をご希望であれば、ひとこと頂ければすぐに修正させて頂きます。
もっとシリアス展開でいく予定が気付けばなぜかギャグチックとなっておりました。14歳と4歳の絡みが好きすぎて、どうしようもない管理人です。
凪様、改めましてこの度はありがとうございました。
こんなどうしようもない管理人とそのサイトですが、またお時間がある時にでも訪れて頂けると幸いです。
本当にありがとうございました!
管理人:馨(かおる)