リクエストのページ | ナノ

■ ■ ■


『いつまでも一緒にいよう。……翠』


あの言葉が嘘では無かったことは、
誰より自分がよく知っているのだけれど。




「サクラ姫、俺が持ちます」
「!小狼君」

驚いたように目を丸くするサクラの横、
さりげなくその肩から荷物を取り上げ、自身の肩にヒョイと掛ける少年。

「いいのに、小狼君」
「いえ、重たそうでしたから」

なんでもないことのようににっこり微笑み、小狼が答える。
途端、ぽっとサクラの頬が赤くなるのが見えた。色白な横顔が朱に染まるのは、後ろからでもよくわかる。

「じゃあ、交代で持とう?」
「交代、ですか?…わかりました」
「うん、じゃあと10秒したら私の番ね」
「えっ、10秒?!」
「ふふ」

予想外の申し出に慌てふためく小狼に、サクラはおかしそうに笑ってみせる。
きれいな笑顔だった。かわいくて、朗らかで、
そう、誰だって守りたいと思うような。

「ガキ」

突然、後頭部にかかる声。

「んお」
「何ほうけてやがる」

簡素な通称で呼ばれると同時、後ろからがしっと頭をつかまれ翠は思わずうめき声をあげた。
頭までならまだいいのだが、この怪力男はその馬鹿みたいにでかい手でこちらの目元まで覆ってくる。おかげで翠の視界は絶賛暗転中だ。離せよこのバカ。

「まーた翠君いじめてるの?黒ぽん」
「そのとーりだ助けろファイ」
「誰がいじめてるだ、あとその妙な呼び方ヤメロ!」

真横からかかる声、これは間違いなくファイだろう。そう判断し、翠は何も見えないままため息をついた。

しかし、本当によく見ている2人だな。態度には出さずに翠は思う。
黒鋼が視界を遮ったのもわざとだろう。そのくらいは翠も勘付いてしまっている。

黒鋼の手首を掴み、遠慮なくべりっと引きはがす。文句のひとつでも言おうと上目に睨めば、途端にばっちり目が合う黒い瞳と青い瞳。真上から見下ろしてくるのが腹立だしくてしょうがない。
くそ、この長身コンビが、と内心で毒吐き、翠は半眼で2人を見上げた。

「…なんだよ急に」
「いやー、別にぃ」
「てめぇがボケボケしてっからだろ」

けろりと返すファイ、平然と悪態をつく黒鋼。
思わず翠は口をゆがめた。
いつも通りのふざけた返答、
だがそれが表面上だけのものであるということには、もうとっくに気が付いてしまっている。

前へ、首を回す。


「…小狼君、あのお店はどうかな?」
「そうですね、行ってみましょうか」
「うん!」

目に映るのは、並ぶ茶色の頭。
1つは少し高くて髪がつんつんと跳ねていて、1つはふわふわと柔らかに揺れていて。
お似合いだ、なんてあんまりで。

見ていられなくて、目を伏せた。



『…小狼ー、重たいんですケド。つか何このばかでかい石…』
『ただの石じゃないよ翠、それはかの有名な西砂漠の遺跡の欠片で今となってはもう、』
『はいストップ小狼!俺はうん万年前の建物について聞きたいわけじゃないから。てかホント重い。まじ何これ』
『持ちたいって言ったのは翠じゃないか』

ほら、こっちへ渡して。俺が持つから。
あきれたように苦笑した、その茶色の目は温かくて優しく。



じわり、胸元に苦い熱がこみ上げる。
視界がかすむ。

目の前で並ぶのは、誰だ?
俺じゃない。茶色の横にいるのは黒髪じゃなく同じ茶色で、それは、

「…小狼」




『あなたの対価は、大切な人たちとの関わり』
『それって…』
『小狼、あなたにとって1番大切なものはさくらと、そこにいる…彼ね』
『!』

さくらを抱えた小狼が、ばっと振り返る。
2つの視線にさらされて、翠はただ身を固くするしかなかった。

『だから、あなたの大切な人達との関係性をもらうわ。…それが、対価』
『待てよ』

一歩、踏み出す。
唇が震えた。

『俺の対価は何なんだ。俺だって対価がいるんだろう?』

状況は全く飲み込めていない。
だが小狼との関係性をもらう、と聞いた瞬間、嫌な予感に身体が動いていた。
俺と小狼との関係性、
だって、それは。

『…小狼から対価をもらう時点で、あなたの分の対価は支払われるわ』
『……?』

魔女の瞳が、こちらを射た。
悲しそうに、哀れむように。


『さくらが小狼との過去を忘れるように…小狼はあなたの全てを忘れるからよ、翠』






「あれ?みんないない?」
「え?」
サクラの声に振り返れば、確かに真後ろにいたはずの3人組の姿が見えない。
え、と焦って道行く人々の間に目を凝らす。いくつもの頭が視界をじゃまする。
雑踏の中、
ふいに、ぴょこりと見える黒い頭。


「翠!」


思わず、大きな声で名を呼んでー呼んだ自分に、びっくりした。
意味もないのに、慌てて口元を押さえる。だって、あれ、おかしい。

いつも自分は彼の事をさん付けで読んでいて、呼び捨てなんておろか、こんなふうに焦って名前を叫ぶことなんてなかったのに。
同じ旅の仲間として、ずいぶん打ち解けてきたのは間違いない。けれど、こんなふうに無意識のうちに名前を呼び捨てていただなんて、そんな。
まるで、旅に出るその前、ずっと昔からいっしょにいるかのような…。

「小狼?」

不思議そうな声で名を呼ばれ、はっとする。
気が付けば、すぐ目の前に肩で息をする黒髪の少年が立っていた。

「翠、さん」
「…びっくり、した。急に大声で呼ぶから」
「あ、すみません、それは、」
「ほんとーにびっくりだったよねぇ」

うろたえる小狼の言葉を、きれいにさえぎる間延びした声。

「?!ファイさん」
「ガキがあんなに速く走れるなんざ、初めて知ったぞ俺は」
「黒鋼さん、」

翠の左右からひょいひょいと現れる2人に、小狼はぎょっとする。
その前、翠は髪を耳にかけるとうっとうしそうに口を開いた。

「うるっさいな。俺はその気になれば速いっての」
「その気になれば、ねぇ」
「は、何ファイその顔。うざっ」
「小僧に名前呼ばれてその気になったのか。てめえの『その気』のきっかけは意味不明だな」
「…何その言い方。黒鋼、言いたい事あんならハッキリ言えば?」

交互に左右を睨みつける少年。
その両隣、へらりと意味ありげに笑うファイに、鼻を鳴らす黒鋼。

(…仲、いいな)
チラリ、何かが胸を掠めた。

「皆さん、いなくなかったかと思いました。良かった」

横から聞こえた嬉しそうな声に、ふと我に返る。
翠たちのもとへ、脇にいたサクラが一歩踏み出した。

「翠君の俊足のおかげで、無事追いつけたよー。迷惑かけてごめんねぇ」
「いえ、私が先に行ってしまったせいで…」
「ちげぇよ。このアホガキがぼーっとしてたせいだ」
「だっれがアホガキだこの黒男」
「あはは、くろおとこって何。それ悪口になってないよー、翠君」
「お前もうっとうしいんだよ、このふやけた魔術師が!」

しゅん、とうなだれるサクラを慰めるように、ファイと黒鋼による翠を巻き込んだ茶番が始まる。
それはこの旅の道中で見慣れてしまったもので、もう日常の一部と化してしまったと言っても過言ではなくて、
なのに。

きゅ、と小狼は胸元を握りしめた。
(…この、)
この感じは、なんなのだろう。

「小狼?」
黒鋼に前髪を引っ張られていた翠が、こちらを見て眉をひそめる。
「どうしたんだ?」
「え、あ、ううん…」
ぱっ、と握っていた手を放す。
「なんでも、ないです」
「…ふうん?」
どこか納得していないような顔付きながら、翠はそれ以上追及してこなかった。
不思議そうな目のまま、黒鋼に再度髪を引っ張られ悲鳴をあげる。
お前ふざけんなはったおすぞ、ほー上等だやれるもんならやってみろよガキ、と人混みのど真ん中で火花を散らし出す2人に、はいはいそこまでー、とファイが仲裁に入った。
それを眺めながら、サクラはちょっと困ったように、けれどおかしそうにくすくす笑っている。
いつもの光景だ。いつもの光景だった。
…なのに。


(…俺には、あんな顔してくれないな)
年上2人にいいようにからかわれ、ぎっと睨みをきかす顔を見つめる。
自分と同い年だという彼。あどけない顔立ち。
黒鋼とファイの間で苛々と舌打ちをする、その姿になぜか胸がざわめく。
なんだろう。
自分でもわけがわからないまま、小狼は視線を横に逸らした。


(…あの2人と、あんまりくっついていて欲しくない、なんて)


できれば、
ずっと自分といっしょにいてくれればいいのに、
なんていう、これは。


ーこれは、いったいなんなんだろう。



▼刹那様へ
刹那様、この度はアンケートおよびリクエスト企画にご参加いただき、ありがとうございました。「小狼の恋人or両想いだった夢主が、対価として小狼から夢主への愛情を取られてサクラと仲良くしている小狼を見て悲しい。でも、傍にいたいから笑う。最後のほうに小狼視点で夢主のことが気になる(また、好きになり始めている)感じの描写があると嬉しいです」とのリクエスト内容でしたが、いかがでしたでしょうか…!

受け攻めの欄が空白でしたので、非常に迷ったのですが男夢主にさせて頂きました。シチュ的にこれは女夢主をご所望ではないかと散々悩み、そして悩んだわりに、最終的にあっさり男夢主です。すみません、管理人の完全なる趣味でございます…。
そして夢主がまったく笑っておらず、モコナが完全に消滅致しました。ごめんなさいモコナ…。これも管理人の文章力のなさゆえでございます。申し訳ありません…。

ぐだぐだと、まとまりのない長文を失礼致しました。
刹那様、この度は素敵なリクをありがとうございます!管理人の力不足が目立ち、申し訳ありません。
また気が向かれた時にでも訪れて頂ければ、これ以上の幸せはございません。
本当にありがとうございました!


管理人:馨(かおる)



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