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■ ■ ■


断言する。

恭弥がすごく楽しそうな笑みを浮かべてする提案は、間違いなく非常にタチが悪い。
特に、その手に主役となる道具を持っていたりすると、なおさら。

「ねえ」

並盛高校の灰色ブレザーに身を包んだ、恭弥はうっすら笑って手をひらりと振る。
振り向いた姿勢で完全に凍りついた、俺の表情など綺麗に無視して。

「…ポッキーゲーム、しようよ」

その指先で、ゆらりと茶色のプレッツェルが揺れた。




「…一応始めに聞いとくぞ」
「やだ」

当然のように返ってきた拒否の言葉はいったん無視、でないと話が進まない。中学時代に学んだひとつ、『恭弥の言葉をいちいち真に受けてはならない』だ。

「なんで突然ポッキーゲームなんだ」
「したくなったから」
「……。」
「何その顔」
「いや…なんていうか、いっそ清々しいな、と」

平然と言い放ち机に肘をつく、中学からの腐れ縁の顔を見つめてため息を吐く。まあ腐れ縁、っていうのはおかしいか。俺が恭弥についてきたみたいなもんだしな。

「で、するのしないの、ポッキーゲーム」

窓から差し込む夕陽を受けて、指に挟んだポッキーをひらひらと振る恭弥の姿は、悔しいが綺麗だった。これが、絵になる、ってやつだろう。

放課後の教室、空っぽの座席に並ぶ机。俺たち以外には誰もいない。これならやってもセーフかな、なんて考え始めた自分に気が付き、俺は思わず戦慄した。
なんてことだ。目の前の横暴な恋人に、俺はどうやら感化されすぎているらしい。

「…もうひとつ聞いてもいいか?」
「は?また?」

露骨に嫌そうな顔をする恭弥。だがしかしこれもスルーだ。
『恭弥の反応をいちいち気にかけてはいけない』、これも過去に学んだうちのひとつ。やりすぎると時たま本気で殴られるから要注意だが。

「ポッキーゲームをして、俺たちに何か利点は?」
「楽しい」

ニヤリ、Sっ気な顔で暴君が笑う。ああ、最悪。
『自分がしたいと思ったことは、恭弥は必ず実行に移す』。これ、確実。
思わず机に突っぷしかけた俺の頭上で、それはそれは愉快そうな声が聞こえた。

「負けたら罰ゲームね」
「…やるのは前提なんだな」
「勝った方の言う事をひとつだけなんでも聞く」
「は?!待て待て異議ありッ、む、むーー?!」

抗議しようと顔を上げた俺の目の前、いきなりどアップで恭弥の顔。
その綺麗な顔に驚いている暇もなく、突如俺の口に何やら棒が差し込まれた。
…何やら、って何言ってんだ俺は。若干べたりと溶けた感触がする、甘く細いこれは、もう間違いなく。

「あ、ひはみにぼくちょこのほふね」
ふひはから、付け加えられた言葉はおそらく、好きだから、と言ったのだと解釈していいだろう。うんきっと。
そこはどうでもいい。問題は恭弥が俺と同じくポッキーの片端をくわえていることで、そのままもぐもぐと口を動かし食べ進めているということで、そして。

『負けたら罰ゲームね』

ーこのゲーム、絶対に勝たなくてはならない、ということで。

あー、もう!
俺は内心叫びたいのをぐっとこらえて、一生懸命プレッツェルに噛りついた。





で、結果は。

「…負けた…」
「まあ当然だけどね」
ほくほくしている恭弥を横目に、俺は今度こそ机に突っぷした。
なーにが当然だけどね、だ。あんな端正な顔が目の前まで来て、平然としてられる奴がいるかっての。ちくしょう。
うだうだと頬を机に押し付けぼやく俺の頭の上、ふと乗せられた手のひらに驚きを覚える。

「え、なに、恭弥」
「罰ゲーム」

しまった、顔を上げた俺の馬鹿。
絶対嫌だ、と全力で抗議しようかと思ったがやめた。
過去の教訓、『恭弥の顔が肉食動物に見えた時は、逆らうなんて馬鹿な真似をするな』。今、まさにそんな感じ。

「…お手柔らかに、お願いします…」
うう、と目を逸らし俺はやっとのことで呟く。
屋上で闘え、か、風紀の仕事を山ほど押し付けられるか。
どちらにせよ手短に終わりますように、と密かに祈りを捧げ始めた俺の前で、ふいに席から立ち上がった恭弥が、すぐ真横で足を止めた。

え、何。

椅子に座ったままきょとんと相手を見上げれば、ちょいちょい、と細い指で示される合図。
…あ、立てってことね。はいはい。
意味がわからないながらもとりあえず立ち上がる。いったい何なんだ、何が始まるんだこれ。まさか教室でガチンコバトル?いやいや、それ教室が崩壊するし。
なんだなんだと首をかしげた俺の前で、

「…玲」
「え、ハイ」


「今から30秒、絶対に動くな」


ふいに指を伸ばした恭弥が、うっすらと微笑んだ。





「…ふ、ん…?!ん、ん…」
「はっ…」

ふ、と頬を掠めた熱っぽい息に、無意識のうちに首がすくむ。
ぞくぞくと粟立つ肌も顎を捉える恭弥の指もいつもと同じ、だけど。

「…は、はぁ、は…」
「玲…」

するり、抜かれた舌から唾液が糸を引いて落ちる。
視界いっぱいを埋め尽くす黒い湖面みたいなそこに、余裕なんてまるでない、俺の顔が映りこんでいた。

「…な、で、ここ、教室…」
「…30秒」
「は…?」
「罰ゲームだよ。…あと15秒、動くな。絶対に」
「な、に、んんっ、」

再び唇が塞がれる。やや強引に舌で割り開かれて、もともと限界まで来ていた俺の足元がぐらついた。

「ふ…っ、ぁ…」

くらくらする。足元がおぼつかない俺の様子に気が付いたのかどうか、恭弥の手が肩を押した。あっけなく体がよろめき後ろに倒れ込む。
だが予想していた衝撃は来ず、こつん、と軽い音が後頭部で響いた。ぐ、と背骨が木の硬いふちに触れ、ああ机の上に倒されたんだな、とひどく遠いところでぼんやり巡る思考を感じる。
腹のあたりがキツい姿勢だったが、恭弥の手が背中を持ち上げれば意外にもキスは簡単に続行できた。

「…っ、あ、う…」

ぐ、ぐ、と断続的に恭弥の手が背中を押す。
その度に声と息が口の端からこぼれていく。
どんどん俺の上にのしかかるように体重を掛けていく恭弥はきっと、誰かが来たらとか、そんなことは欠片も考えてないに違いない。間違いなく、そうだ。
そうは思いつつ俺も声を抑える余裕なんてない。時おりいたずらに脇腹をくすぐる、その指先にさえびくりと体を震わせてしまう。

ー絶対、15秒過ぎてるっての。

ふと頭の端をそんな考えが掠めると同時、やっと唇が解放された。




「…で、何がしたかったんだ、お前は」
「玲とキス」
「…っ、きょ、おまえ、な!」
「何」

未だ机の上に体半分倒されたままで、俺は頭上を覆う相手を睨む。
頭の横に手を付き見下ろす恭弥は、それはそれは愉しそうに笑っていた。

「もうちょっとためらいとか無いのかよ…」
「したかったからしたまでだよ」
「…ポッキーゲームの意味は?」
「ああいう前フリが無いと、玲乗ってくれないでしょ」
「ま、」

前フリだったのかよ!
俺は思わず絶句する。あのろくでもない提案自体、恭弥が考えた罠だったってことだ。

「どうする?続きする?」
「は?…いやいや待て待て、教室は無しだろ!」
「そうだね、なら僕の家で」
「うっ」

間髪入れずにさらりと返された言葉に、俺はまたもやはめられたことに気が付いた。
だけど今更どうしようもない。
…さすがに、教室はあり得ないし。

「ほら、起きて」

手がかかる、と言わんばかりに恭弥が俺の腕をぐいっと引く。いやお前だよ、この体勢に持ち込んだのは。

「…ていうか、風紀の仕事はいいのかよお前」
「ああ。とっくに草壁たちにわり振り済み」
「は?」
「今日は玲と早く帰るって決めてたからね」

あっさり言い放ち指先を絡める、その淡白な横顔を凝視する。
…こいつの頭の中で、一体いくつの計画が立てられ実行に移されているのだろう。怖い。



赤い夕陽に照らされ恭弥と2人で帰りながら、俺の頭に新たな教訓が追加された。
『恭弥の計画に組み込まれたら、流されるしかないと腹を括れ』。
これ、絶対。






▼あそうず様へ
あそうず様、この度はアンケートおよびリクエスト企画にご参加頂き、ありがとうございました。また、パソコンからのアクセス不備のご報告まで頂き、管理人は土下座する勢いです…!その節は申し訳ありませんでした。

「並中時代の雲雀さんと同級生な受け主で、仲良しで甘々なお話」とのこと、管理人がノリに乗ってポッキーゲームを開始させる事態となりました。季節外れですみません…。
甘々なのかいまいち自信が持てませんが、管理人は非常に楽しく書かせて頂きました…!
そのせいで無駄に長くなっております。相変わらずくどくどと長い文章ですみません。添削という言葉を、はるか昔にどこかへ置いてきてしまった管理人です…。

改めまして、この度はありがとうございました!
また、相互リンクまでして頂き、未だに夢じゃないかと恐縮しております。
これからもどうぞよろしくお願い致します…!

管理人:馨(かおる)




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