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華やか、なのだろう。
夜闇にぼんやり浮かぶ一列の赤い灯、雑多に並ぶ露店の輪郭、そしてその中を行き交う幾人もの群れ。
真似事が好きなニンゲンの夜店は、もっと明るく派手派手しいらしい。暗闇を嫌う彼等にお似合いだ、と雲雀はぼんやり考えた。
夜の闇を一段と深くする赤提灯、
日に日に変わる棚上の品物。
人界から帰る妖怪を、出迎え見送るこの世界。
人界と天界のはざま、
この「あわい」で開催される夜祭りは、いつまでも終わらず続いていく。
ぼんやり、人混みの中を行き交う。
袖やら肩やら触れ合うこの人の多さにイラつきを覚えたが、こればっかりはどうしようもない。
人界に行ったら、良い獲物を見つけて咬み殺そう。
的となる人間にとっては完全にとばっちりな決断を下し、雲雀は足を早めた。
カラン、下駄の鳴る高い音が耳に響く。
自分のものではない。雲雀が履いているのは黒草履だ。
何の気なしに、ふと横を見る。
銀色が、目の前を掠めた。
「君」
「わっ?!」
振り向きざまに腕を引けば、相手はすっとんきょうな声をあげた。そんなに強く引いたつもりはなかったのだが、どうやら勢いがよすぎたらしい。
音程が外れた彼の声音に、まわりを行き交う何人かがちらちらと見る。だがそれも一瞬のことで、袖が触れ合う距離でありながら、誰もがすぐに目を離し通り過ぎていった。
「な…何?…て、雲雀?!」
「あっちに鳥居がある。そこまで行こう」
「久々じゃん…て、えっ無視?無視ですか?」
後ろであがる困惑の声を完璧に無視し、ぐいぐいと腕を引く。
掴んだ手首は随分細く、妙なほど体温が感じられない。
もう何百年も前、同じように掴んで引いた、変わりない彼の腕の感触だった。
「…えーと、改めまして、久しぶり」
「そうだね」
挨拶もそこそこに、無造作に地面を蹴り上げる。
途端、飛び散った砂粒が石つぶてと化し、勢いよく空を切った。
「は、」
まだ何か言いかけていた彼は、目を丸くし迫る石片をただ見つめー
「…あいっかわらず物騒だな、この大天狗」
次の瞬間、雲雀の目前へ立っていた。
両肩にぐっと手を乗せられ、雲雀は不快さに眉を寄せた。
瞬時に大きく右腕を薙ぎ、肩に乗る手を振り払うと同時に一歩踏み込む。
だが相手が当然避けないはずもない。あっさり後ろに飛んで距離を取り、こちらの様子をうかがってきた。
「…君も相変わらずだね、ずる賢い銀狐。いや、」
薙いだ右腕の先、握る鈍色の得物を軽々振り回し、雲雀はにやりと口角を上げる。
「また霊力を上げた、かな?」
対する少年ー湊は、薄暗い林を背景に肩をすくめた。
「そりゃあんたもだろう、大天狗様」
交わる、鋭い視線。
はらんだ殺気が木々の枝をびりびりと震わせた、
瞬間、両者は激突した。
「はっ…君が予想以上に強くなってて、嬉しいよ」
「そりゃよかったな、この戦闘狂。そんなんだからいつまで経っても天界にいけないんだっ、」
「!」
膨れ上がる霊力、光る彼の眼。
「よ、っと!」
「チッ」
ギリッと歯を鳴らし地面を蹴る。
途端、轟音とともに大地を裂く眩い光。
先ほどまで雲雀がいた地点だ。避けなければ魂ごと消滅していただろう。
「…まったく、仕方がないね、君は」
体が震える。
白煙が薄れゆく中、雲雀の心を満たしたのは歓喜だった。めったに味わえない、手強い獲物を前にした時の感覚。
一歩、後ろに下がる。
目を閉じ、雲雀は全身の神経に意識を張り巡らせた。
「!ちょっ、待てよ雲雀、お前まさかここで変化(へんげ)するつもりか?!」
んなことしたらお前の霊力であわいの均衡が崩れるっての、とかなんとか喚く彼を、雲雀は鼻で笑い飛ばす。
「そんなことわかってるよ。だから、」
体が軽い。
解放された霊力が、歓声をあげて四肢を満たしていく。
「…半人化に、とどめておいてあげるよ」
そう言い、うっすら目を開けた雲雀は、
黒の鈴懸(すずかけ)に数珠と結袈裟(ゆいげさ)、そしてさらに両の手に鈍色の武器をたずさえ、とー
大天狗にふさわしい、誰もがひと目見ただけで震え上がる、秀麗な容姿へと変貌を遂げていた。
「…あー、もう!」
対して、雲雀の姿を見た湊はすねたような顔つきをする。
「雲雀ずりぃっての!天狗の半人化とか、めっちゃかっこいいじゃんか!」
「ふん」
「見てろよー、俺だって」
「え」
己の武器の調子を確かめていた雲雀は、ぎょっとして顔を上げる。
間をあけて佇む湊は、先ほどの雲雀と同じく目を閉じていた。
その周囲をぶわりと霊力が取り囲むのを見、雲雀は思わず声をあげる。
「君、まさか…!」
「そのまさか、」
雲雀の懸念の声に、歯を見せて笑い、
「…これで、お互い本気で戦えるな」
ひらり、長い袖を翻し、
白の平袴(ひらはかま)に黒い刀を構える湊。
無造作に分けられた銀髪の上、ぴょこんと生えた同色の獣耳が、きらりと月光に反射した。
湊に初めて会ったのは、確か五百年前だった。
その頃には雲雀が咬み殺しがいのない妖怪にも人間にも飽きてきたところで、
たまたま人界で彼に出くわした時には、本当に幸運だと心の底から喜んだものだ。
あわいでも最上位に匹敵する力を持つ大天狗の自分、
経験と年月を積めば積むほど霊力を上げ、尾の数を変える銀狐の彼。
実力は、ほぼ互角だった。
「けほっ、!」
「幕引きかい?」
どさっ、と地面に叩きつけられる湊、
その上に乗っかり武器を突きつける雲雀。
喉元に冷たい金属の感触を感じているであろうに、なぜか湊はうっすら口角を上げてみせた。
「…大天狗の象徴、羽団扇(はうちわ)…せっかくの武器なのに、わざわざこんな無骨な金属の塊に見た目を変えちゃうんだもんな。なんだっけ、名前。とんふぁー?」
「そう。合ってるよ」
ぐっ、と喉を武器で押す。
途端、彼は苦しそうな顔をしたが、すぐに余裕綽々な笑みを浮かべて見せた。
「…何百年ぶりかの再会だぜ。少しは甘やかそう、みたいな気にはなんないわけ?」
「何百年なんて、僕達にはほんの少しの間だろう」
「人界なら何百という数が死んでるってさ。いや、何千かな」
細い体の上に跨ったまま、雲雀は無言でその顔を見下ろす。
湊の頭の上、三角形の耳が、どこか哀しげにゆらりと垂れた。
薄暗い林の中、鳥居の真下。
赤提灯の灯などとうに届かぬこの場所には、とこしえに変わらない露店の喧騒も聞こえてはこない。
雲雀はゆるりと目を動かした。
月光に煌めく銀の髪、白く浮かぶ袴姿、離れた地点に転がる黒の打ち刀。
きっとこれからの何百年かも同じような日々を彼は過ごし、こうして霊力を高めていくのだろう。
人界に行っては無知な人間に力を貸したり戯れたりし(自分は死んでもお断りだが)、このあわいに戻ってきては、気紛れに夜祭りへ足を踏み出す。
いつか天界へ、あるいは神へと化す日を遠く夢見て。
そう、いつかは別々の道を歩む。
次に会えるのが、何百年後かもわからないのに。
手の内から、トンファーが転がり落ちた。
目を見開く彼に覆い被さり、唇を重ねる。
木々の隙間から光る半月だけが、
口付けを交わす2人を静かに照らしていた。
「…雲雀」
「湊」
唇が離れた瞬間、名残惜しそうに名を呼ぶ彼に雲雀は囁く。
「夜祭り、行こう」
「…へ?」
「夜祭りだよ。何が食べたい」
「は?いや、俺は別に…て、雲雀?!」
すばやく身を起こし腕を引き上げれば、湊は困惑しきった声をあげた。
「何」
「なんで急に夜祭りなんだよ、大体お前、群れのいるところは嫌いで、」
「おもいで」
「は?」
「ニンゲンはよく作るらしいよ。おもいで」
「…?なんだそれ」
「もういいじゃない」
繋いだ手をきゅっと引く。
林の外へ、赤い灯に満ちる世界へと彼を連れ出す。
「…次に君に会えるまで、ただ待つだなんてごめんだからね」
「え、何?聞こえないんだけど、雲雀」
露店のざわめきが近くなる。
さっきは何の感慨も湧かなかった夜店の色彩が、妙に華やかに目に映った。
あと何百年かなんて、待つ必要はない。彼をずっと側に置けばいいのだ。
もちろん、素直にそう伝える義理なんてないから、上手い名目を考えなくてはいけないけれど。
「雲雀ー?ほんと何考えてんだ?」
「なんでもないよ」
当面は、この夜祭りに参加することで彼を自分の隣に引きとどめよう。
そう考えを巡らせた雲雀は、ふっと微笑んで腕を引く。
繋いだ手のうち、互いの体温が感じられるように。
「…待て雲雀!俺ら完全に人化しないと!」
「なんで。面倒くさい」
「だめだって、ああほら霊力ダダ漏れで周りがめちゃくちゃ怯えてるから!ほら!」
「弱い奴等は好きにさせておけばいいよ」
「あーもう、ほんとお前って奴は…」
▼補足説明
・大天狗:天狗の中でも最上位。
・羽団扇:大天狗の持つといわれる道具。強大な力を持つ
・銀狐:妖狐の一種。
・打ち刀:いわゆる日本刀。徒歩戦における刀。
(かなり簡潔に説明させて頂きました。管理人も細かく調べた訳ではないため、万一落ち度がありましたら修正させて頂きます。その場合はひとこと報告頂けると幸いです)
▼燐夜様へ
燐夜様、この度はアンケートおよびリクエスト企画へご参加頂き、ありがとうございます。自サイトを最高などと言って頂き、管理人は喜びのあまり悶絶しておりました。
「和風な感じのパラレル」とのことでしたが、人外設定なうえパラレルもいいとこな話になってしまいました…。もし苦手な分野でしたら申し訳ありません。書き直しさせて頂きます。
「和風」と聞いた瞬間に「夜店」「お祭り」とたいそう安直な考えに結びつき、そのまま気が付けば妖怪物へと飛んでおりました。外国のファンタジーが好きな管理人は日本の妖怪には疎いのですが、調べていくうちにあまりの面白さにはまりまくり、全力で雲雀さんを天狗化しておりました…!管理人が楽しんで終わり、申し訳ありません。
燐夜様、この度は素敵なメッセージとリクエストをくださり、ありがとうございました。ご希望に添える内容でなかったら申し訳ありません。管理人が暴走しまくったのは自覚しておりますので、ひとこと頂ければ書き直しをさせて頂きます。
長々と失礼しました。
お時間のある時にでもまた訪れて頂ければ大変有難く思います。
管理人:馨(かおる)