リクエストのページ | ナノ

■ ■ ■


白煙が消え失せれば、そこにいたのは青年だった。


「……え、あれ?」
「……は」

ぽかんとした顔でこちらを見る、黒い双眸を見つめ返す。
立ち込める白い煙が完全に消え始めた今、彼の顔は夕日に照らされくっきり浮かび上がる。
黒い瞳、乱れた黒髪、色白な頬。
見覚えのある、と思ったところで、違う、と否定の感情が浮かんだ。
困惑の色でこちらを見る黒い目も無駄に見目のいい顔立ちも、よく知っているような気がしたが何かが違う。
その何か、を突き止めようと考えを巡らせたところで、彼が苦笑し、口を開いて答えを出した。


「…あー…マジか、10年バズーカか」


あ、と。
そこでやっと、納得した。
目の前、妙に色香の漂うこの青年はー宮野雛香の10年後の姿なのだ、と。



珍しく早めに手合わせを切り上げて、屋上から応接室へ戻ってきた時だった。
ソファでぐったりする彼と、お茶でも飲む?え、出してくれるんなら是非とも、じゃあ飲んだらもう1回屋上ね、は?!ふざけんなよ、なんて会話を交わし。
いざ、お茶を入れ湯のみに注ぎ、お盆に乗っけてソファに深く座る彼の前に置いた、
次の瞬間だった。


「わー、てか懐かし。雲雀ちっさ」

目元に笑い皺を寄せ、ソファに座り直す相手にむっとする。
おそらく悪気は無いのであろうことはきらきらと輝く黒い目からわかったが、しかしとうてい愉快には思えない。
いつも彼が自分を見上げているのに、なぜか今は自分が見下ろされているような感覚に陥る。お互いソファに向かい合って座っているのだから、そんなはずはないのに。

「…君、ずいぶん余裕だね」

苛立ちまぎれに、トントンと指で机を叩く。

「は、何が?」
「5分経っても戻れないのに」

そう。余裕で5分は経った。経ったはずだ。
だが目の前の彼は消える様子もないし、今の時代の彼が帰ってくる様子もない。

「バズーカの故障じゃね?」

けろりと答える雛香。
雲雀は一瞬瞠目し、それから呆れたため息をついた。

「…10年後の君って、ずいぶんお気楽思考なんだね」
「そうか?…っていうか向こうの俺が心配だな」
「え?」

眉をつり上げ相手を見るが、どうやら後半はひとり言だったらしく、彼はあらぬ方向を見やり何やらぶつぶつ呟き出した。

「…やー、まあ手出すのは…うん予想の範囲内として…せめてお手柔らかにとどめて欲しいんだけど、うーん…」
「何をぶつぶつ言ってるの、君は」

自分の存在を無視されるのは面白くない。
立ち上がり、雲雀はなぜか頭を抱え出した雛香の隣に膝をのせた。
ソファの背もたれに手をついて、「…やばい、完全にその気だったから、きっと…」とこめかみを押さえうめく彼を見下ろす。

ふと、そこで白いうなじに目がいった。
なぜか妙に緩められた白いシャツの襟元、射し込む夕陽に照らされ、さらに白く眩くくっきりと浮かぶそこを、雲雀は目を細めて見つめる。
白い首筋は自分の知っている彼とそう変わらず、しかしそこにあるものを見つけて雲雀は思わず瞬きをした。

赤い斑点。

身を乗り出し、首元へとさらに顔を近付ける。うー、とうめき出した彼は気が付かない。
白い肌を彩るのは、紛れもなくいくつかの赤い痕だった。点々と浮かび上がる、薄く小さな赤。
だがそのうちいくつかは赤黒く、痛そうなほどくっきりとした色をしていてーつまり、虫刺されといった平穏な物とは程遠そうだ。
これは、間違いなく。

「…ねえ」
「うわっ?!」

完全に無防備な状態だった彼は、肩に手をかけ体重をのせればあっさりと後ろに倒れこんだ。
そのまま一気にソファの上にひきずり倒し、のしかかる。

「は?え、ちょっ何、」
「これ、誰に付けられたの」
「ハ?」

訳がわかりません、と言わんばかりの彼の顔を見ていると、だんだん腹が立ってきた。
何か、なんというか、むかむかする。いやそんな生易しい物ではない。
イライラ、いや、じりじり。
胃の底を焼くような黒い物がちらちらする。

今更ながら気が付いた。彼の髪はくしゃくしゃとあちこち跳ねているし、着ているシャツは妙に肌蹴ているし、何より唇の端っこが。
そう、今まで夕日に紛れて見落としていたが、彼の唇の端は、まるで獣に噛み付かれたかのように赤くなっていた。
イラっとする。
何か、
焼けるような感覚が、体内を一瞬巡った。

「…え、あのー、雲雀?」
「ねえ」
「え、いやちょっと待て、なんか雰囲気へん、」

僕以外に、そんなことさせないでくれる。

脳裏に浮かんだ言葉を口に出すのが唐突に面倒くさくなって、雲雀はそのまま赤く腫れた唇へ噛み付いた。







「…っ、ふ、…?!」
「ふ、……」
鼓膜にくぐもった吐息が響く。
自分の知っているものより僅かに低く、けれど甘い。よく知っている甘さだ。背筋がぞくぞくする。
肩を掴まれ、離れろと言わんばかりに強く押された。知るか。
ソファに付いていた手を彼の頬にそえる。眼前で見開かれた、雛香の目は黒く煌めいていた。

綺麗だな。

頭の斜め上あたりをさまよう思考は、今にもとろけてしまいそうだ。ほぼ本能で舌を絡め吸う。脳内を唾液の絡む音が占めていく。

「ん、う、ん……」

肩を押す力が強くなる。だが、それがけして強引なものでないのに気が付いた。
彼なら、本気を出せば自分などたやすく突き飛ばせるはずだ。おそらくそうだろう。なら、なぜ。

「ふ…う、っ…」
呼吸が乱れていく。
雛香は息苦しそうに、しかし確かに気持ち良さげに目を細めた。

なるほどね。
一気に高揚する。全身が発火したような気さえした。

悪くない、ってわけだ。

頬にそえていた手で、肩を押す邪魔な手を払う。
舌の動きに集中する体では軽く押しのける程度にしかならなかったが、雛香の手はいともたやすく雲雀の腕をたどり、ソファの下へと滑り落ちていった。





「ふっ、ふ、う…」
「は…っ、」
邪魔なだけのシャツを裂くように剥ぐ。途端、雛香の肩が跳ね上がった。
もう消え始めたひとすじの夕陽に、白く浮かび上がる彼の体。
思った以上に細いその上半身に指を這わせる。硬い弾力が指先を跳ね返す。

細いがそれなりに、いやかなり筋肉質だった。さすが、というべきなのだろう。10年後の彼は、今と変わらず平穏とは言い難い日々を送っているに違いない。

脇腹のあたりを横切る白い傷跡に目を細め、唇を寄せた。前触れなく舌で舐めあげる。
「ぁっ、」
びくん、と雛香の体が震えた。同時に、やめろと言わんばかりに額をぐっと手のひらで押される。
今更何のつもりなのだろうか。
ぐいぐいと押す手を完全に無視して、白い肌にわざと乱暴に吸いつく。

「ん、あ、っ…!」

刃物だろうか。斜めに伸びた白い傷跡の上、今自分が付けたばかりの赤い印。
高揚する。満足げに唇を舐め、雲雀はさらに手を伸ばした。
薄暗くなり始めた部屋の中、白く浮かぶ雛香の胸に。

「っ!あ、ま、て、って、ぁ、」

黙りなよ。
口には出さない。出せない。
脇腹からたどってその下、さらに下へと本能的に舌を這わせては吸い上げていたから。
上は見ずに、感覚で彼の胸元を触る。突起を悪戯に転がし潰せば、ひゅ、と喉が引き攣ったような声が聞こえた。それと同時、雛香が強く体を捩る。
「…ん、ぁ、あ…」
押し殺してはいるのだろう、掠れたその声は低く必死の響きが滲んでいて、雲雀は全身が震えるのを感じた。
−犯したい。

10年という月日を経た、この成長しきった体を捻じ伏せたい。自分の存在を刻み付けたい。随分大人びたその澄まし顔を、壊してゆがませぐちゃぐちゃにできたら、それはどれほどの快楽だろうか。

その興奮は、強敵を咬み殺す時の感覚によく似ていた。が、決定的に違うのは、体の芯を焦がすような熱の昂ぶりだった。
この熱を感じる相手は、この世でたったひとりしかいない。

「…雛香」
「んんっ、ひ、ば、」

ぎゅっと閉じていた目が、開く。滲み潤んだ、黒の瞳。
口元からこぼれる荒い呼吸すら奪うように、雲雀は強く唇を塞いだ。
「ふ、はあっ、」
舌を抜いた瞬間、ベルトを片手で外す。目前の瞳が大きく見開かれた。
やはり片手だとうまくいかない。それでも彼の胸元を弄る手は離したくなくて、腰に触れる雲雀の手を止めるように身じろぎをする雛香の意識を逸らしたくて、強く突起を掴み捻る。

「!や、ぁッ、」

大きく雛香の肩が跳ねた。小刻みにかぶりを振りながら喘ぐ彼に、宥めるようなキスをする。舌を絡め、熱っぽい吐息が漏れたところで、緩んだベルトの下へ手を入れた。

「あッ、まっ、ひばり、」
「何?こんなに反応してる癖に」

意地悪く囁き指を這わせる。「あっ」と快感にびくりとした、彼の顔が大きくゆがんだ。
途端、ぞくりとする。
体の奥底で衝動的な熱が溜まる。

そう、そんな顔だ。
快楽と羞恥にゆがみながら、それでいて耐える強情で頑なな、その顔。


ねえ、
その態度を覆させて屈服させたいだなんて、思ってしまうのは当然でしょ?


勢いよくスラックスを引き下げる。ほぼ同時、雛香の喉が引き攣った。
「まっ、ほんと、にッ、」
伸びる手はソファに縫い付ける。起き上がろうとする腰を押さえつけて、雲雀は一気に手を上下させた。
息を吐く。自然と腰が重たくなる。自分は何もされていないのに、必死で口元を押さえ顔を背ける、その態度を見ているだけで体が熱くなる。浅ましい劣情。

「雛香、」
「っ、な、まえ呼ぶな…っ」

赤く染まった目元に唇を付ける。雲雀の手の動きに合わせるように跳ねだした腰に、自然と煽られる。
限界が近い。
がくがくと震え始めた体に、雲雀はそう察した。彼の僅かな抵抗を無視し、先端の窪みに指先を入れ強く擦る。

「ぁあっ、や、ああぁっ」

途端、びくびくと雛香の体が震え、全身が強張る。
耳元を掠めた嬌声に、雲雀も思わず肩を震わせた。全てを持っていかれそうな、高い喘ぎ。
イったか。
性器から手を放せば、ぬるりと手のひらをつたう液体を今更ながら感じた。

「…はあ、はっ、ふ…」
「…良かった?」

ずるり、雛香の口から離れた手が、ソファの下へ落ちていく。
肩を押さえていた方の手で彼の目元の涙を拭えば、思いっきり睨まれた。
もっとも、脱力しきった彼の体と荒い呼吸を繰り返すその様子に、何の威力もなかったのだが。

「…ふ、ざけんな、よ」
「良かったんだ」
「はっ…んなわけあるか……さいあく、10年前のお前にまで、いいようにされ、る、とか…」

その言葉に、ああそうかと目を細める。
10年、つまり彼は24歳。
雛香のこめかみをつたってきた汗をぬぐってやり、雲雀はくっくっと笑った。

「年下に犯される気分はどう」
「最悪」

ようやく呼吸の整ってきたらしい雛香は、大きく息を吐くと、頬をなぞっていた雲雀の指を払いのける。起き上がるつもりらしい。

「どけよ。…ったく、ちょっと気を許せばこれだもんな」
「君だって悪い気はしてなかったでしょ」
「そりゃ、完全その気だったから正直キスくらいまではいいかなってぐらついたけど……今はあの時ぐらついた自分にむかついてる。殴り倒せばよかった」
「ふふ」

未だ雛香の膝の上に乗り上げ、声を立てて笑う雲雀に彼は不思議そうな目を向けた。

「なんで笑ってんだよ」
「…10年後の僕も、同じこと思ってるのかな、って」
「はあ?」

目が点になっている彼を放置し、雲雀は小さく笑うと顔を近づけた。
「!」と雛香は目を開いたが、今更面倒になったのか諦めたように瞼を下ろす。
深く舌を絡めながら、雲雀は自分の時代の雛香を思った。


どんな状態で彼は帰ってくるだろうか。10年前の自分ですらこうなのだから、おそらくそれこそ「いいように」されてくるに違いない。
けれど、と唇を離し、雲雀は舌なめずりをする。

目の前、暗い中でもはっきりわかる、
彼の体を彩る数多の赤色。

そう、絶対に譲ってなんかやらない。
10年経とうとなんだろうと、彼は自分だけの物だ。
これほどまでに、浅ましい熱とどうしようもない執着を覚えてしまう、唯一の相手。

「…あー、帰ったら10年後のお前に絶対なんかされる…」
「されればいいよ。僕も今の時代の君が帰ってきたら、今度こそ最後までするから」
「…うっわ最悪な宣言…」

頬を引き攣らせた彼の額に、口づけをひとつ。

「諦めなよ。…ここまで煽らせた、君が悪い」


何年経とうと変わらない、
その素直じゃない態度を覆させて屈服させたいだなどと、これほど強く思わされてしまうのだから。







▼空走様へ
空走様、この度はアンケートおよびリクエスト企画にご参加頂き、ありがとうございました。素敵なメッセージまで頂き、管理人は喜びのあまり踊り出しそうでした。危ない奴ですみません。

「復活原作沿いの番外編で、10年後の主人公が中学生雲雀の前に現れるR18で、ヤってる最中に入れ替わってしまう…みたいなのがいいです!」とのこと、管理人がノリノリで書かせて頂きましたが、いかかでしょうか…!
管理人の文章力の無さにより、ヤってる最中ではなくその直前での入れ替え、本番まではたどり着いていないという微妙な展開で申し訳ありません。
そしてものすごく長くなってしまいました…。どうしてもあれこれ追加したくなってしまう管理人のせいでございます。削ることができない…。

また、話の展開的に、夢主と雲雀さんの関係が現時点での本編より進んでおります。違和感を感じましたら申し訳ありません。
本編が進むまで非公開にさせて頂こうかとも考えましたが、管理人の不定期な更新速度を考え、あまり長々お待たせするのも…と公開に踏み切らせて頂きました。ご了承頂けると幸いです。

無理せずマイペースな更新を、そしていつまでも待っておりますとのお言葉、大変温かく心に沁みました…!ありがとうございます。
ときには涙しながら読んで頂いているとまで言って頂き、読んだ管理人が泣き出しそうでした。本当に何と申し上げたらよいのかわかりません。

空走様、この度は本当にありがとうございました。
また思い出した頃にでも訪れて頂ければ、大変有難く思います!

管理人:馨(かおる)



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