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■ ■ ■


「恭弥」
落ち着いた声音に名を呼ばれ、顔を上げる。
「な、」
に、と言いかけて言葉がつっかえたのは、予想以上に相手の顔が近かったせいだ。
「喉渇いた」
「自分で飲み物取ってきなよ」
「やだ。無理」
あっさり言い放つ、真顔の彼に呆れたため息が出る。
「…何なの君。子供?」
「恭弥の幼なじみ」
「君の方が年上じゃない」
「幼なじみに年上とか年下とか関係あんの?」
つらつらと言い放つ相手に根負けして立ち上がる。
机に肘をつき雲雀の真向いに座っていた由貴は、うっすら笑ってひらりと手を振った。
「よろしく、コーラがいい」
「咬み殺すよ」
「ヤメテ下さい」
微妙に笑いを含んだ声音に再度ため息をついて、雲雀は戸を開け廊下に出た。
この気紛れでおおざっぱで、捕まえられない野良猫みたいな幼なじみのために。



「ほら、持って、」
きたよコーラ、という言葉はまたも喉のあたりでつっかえた。
理由は明快単純で、頼んだ本人がベッドの上でごろごろしていたからにすぎない。
後ろ手にドアを閉め、雲雀は横目で机を見やる。
雑多に広がる教科書やらノートやらは机の上を占拠しているだけで、やる気のない幼なじみが手を付けた気配は、ゼロ。
ああもう、とぼやき、雲雀はしゅわしゅわ音を立てるガラスのコップを机の端に置くと、部屋の隅へと歩み寄った。
その先には、当然のようにベッドに寝転がる由貴の姿。まるで本当に猫かのようにまるまり目を閉じるその体勢に、雲雀はもはや呆れるしかない。

「ねえちょっと、」

君が持ってきてって言ったんでしょ、コーラ。
腹立ちまぎれに肩を引っ掴み、思いっきり揺さぶりにかかる。
だが、すう、と穏やかな寝息を立てる彼は身じろぎひとつせず、雲雀の手にされるがままなだけだった。
本当に君は、と雲雀は長々息を吐く。


俺の家で勉強しよう。

誘ってきたのは由貴からだった。

恭弥、頭良いから高校の内容でもいけるだろ。教えてよ。

そんなかなり強引かつ自分勝手な理由のせいで、雲雀は彼の家へ出向くはめになったのだ。
風紀の仕事があるから午前だけだよ。えー、じゃあ夕方まで。
こっちの言葉をまったく聞かないそんな彼に、しかし最終的にはまあいいよ、とため息をつきつつ許してしまうのだから、自分も大概なものである。

誰彼かまわずトンファーを振るい咬み殺す、そんな自分も彼には甘い。
口が裂けても言わないが、雲雀はそれをよく自覚している。これは幼少期からずっといっしょに積み重ねてきた時間のせいなのか、それとも。

「…ねえ」

未だ静かに眠る由貴の横髪を、人差し指に絡める。

「…起きなよ」

人の気も知らないで、君は。



がばっ。

「?!」
「…きょーやちっさ…」
「は、え、ちょっと、」
「んんー…」

ぎゅうぎゅうとこちらの体を抱きしめる両の腕。
寝ていたはずの由貴に突如ベッドへ引きずり込まれた雲雀は、慌ててばたばたともがきだした。

「は、離しなよ…!」
「やだねー。恭弥あったか」

んー落ち着くなどと勝手なことを言ってくれるが、雲雀としてはたまったものではない。
背後から遠慮も何もなくぎゅうぎゅう抱き着いてくるせいで、やたら由貴の体と密着しているし声も近い。首筋のあたりをくすぐる暖かな吐息に、雲雀は思わずぎゅっと目をつぶった。
そこでふと気が付いた。今の今まで思いあたらなかったが、

「…ちょっと、由貴。君起きてたでしょ」
「なんの話ー?」
「もう…」

雲雀が呆れ果て脱力すれば、背後からくすりと笑う声。
胸の前で交差する腕が、ぎゅう、といっそう強くこちらの体を引き寄せる。

「…勉強は?」
「今日はお預け」
「僕が許すとでも思ったの?」
「許せよー」

かすかに頭が動く気配、
そして、耳元で囁かれる言葉。



…そうすれば、
恭弥、また俺の家に来てくれるでしょ?



ああもう、と雲雀は本日何十回目かのため息をつく。
だからダメなのだ、自分は本当に彼に甘い。
ずっといっしょにいたせいか、幼なじみゆえに互いを把握しあっているせいか。
それとも。

「きょーや」
後ろから、由貴の甘えたみたいな、微妙にとろけた声が聞こえる。
けれど声のトーンは低いのだから、本当に彼は狡くてあざとい。

「…何」
「こっち、向いて」

わざと時間をかけて振り向けば、優しく微笑む黒い瞳と目が合った。



今日はもう無理だな、とため息とは違う吐息を吐き出しながら雲雀は思う。
視界の隅には、机に広がる教材の数々。
なんとなく恨めしそうに見えるそれらから目を離し、雲雀はすっと視線を上げた。
由貴の頬に手をそえて、そのまま強引に顔を引き寄せ唇を重ねる。


−また、俺の家に来てくれるでしょ?


馬鹿だね、と声には出さずに呟いた。
そんなからくり仕掛けなくたって、自分は絶対向かってしまうのに。
この気紛れでおおざっぱで、誰にも捕まえられない野良猫みたいな、彼の元へと。



「…恭弥、何考えてんの?」
「今日の分、次は死ぬほどみっちり勉強させよう、って」
「ええ、やだー」







▼零様へ
零様、この度はアンケートおよびリクエスト企画へのご参加、ありがとうございます。零様にはいつもいつもお時間を割いて素敵なメッセージをたくさん頂き、管理人は感謝の気持ちでいっぱいです。

「雲雀さんの幼なじみ(年上)で雲雀さんが頭が上がらない感じ、夢主が無気力or脱力系だとなお嬉しいです」とのことでしたが、設定をうまく生かせている気がしません。申し訳ないです…!
また夢主が「攻め?でお願いします」とのことでしたので、攻めっぽい夢主を目指しました結果、雲雀さんが可愛くなっただけな気がします。ただの俺得になってしまいました…!

リクエストを頂きながら、あまり零様のご希望に添えるようなものでなかったら申し訳ありません。寛大な心でお許し頂けると大変有難く思います…。

零様からのメッセージを密かに読み返しては、勝手にほっこりしている管理人です。
これからも、気が向いた時に覗きに来て頂ければとても嬉しく思います。
零様、この度は本当にありがとうございました!

管理人:馨(かおる)



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