貴方と私の風紀な日々 真夏の番外編 | ナノ

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コツ、コツ、コツ。
真っ暗な通学路、ぽっかり浮かぶ白い月。
こうした中だと、自分のローファーの音すらいつもと違って聞こえるんだから不思議です。
あの大暴君、もとい雲雀恭弥にこき使われた哀れな副風紀委員長・天原唯斗つまり私は、こんな夜道を帰るはめになっていました。


まあ、だからなんだという話ですが。


今更私をか弱い少女だと勘違いするアホな輩もいませんでしょうし(時たまいますが当然フルボッコ)、残念ながら別にお化けを怖がるような年でもありません(それよりも怖い生き物が常に隣にいるので)。
今までもこの時間に帰宅、というのはよくある事です。
まあつまりアレです、慣れです。人間って怖いですね。


と、とてつもなくどうでもいい思考に身を任せていると、ひたりと背後から近づく気配。

…あらら、どうもアホな輩がいたようで。

私は極力気付いてないフリで足を進めました。
別に叩き潰す分にはなんでもかまわないのですが、やっぱり相手が油断している方が事は早く済みます。

ぎりぎりまで近づいたところを狙い、
出そうになる手を何度もこらえすぐ後ろまで迫った気配に、
一瞬、歩を緩め勢いよく振り仰いだ、

刹那。



ぶんっ。



「……な、」
手応え、なし。
ぽかん、と私は相手を見上げました。

切れ長の黒目、夜闇に見事に同化している学ラン、
やたら白く見える肌。

「…い、委員長?」
「あれ、気付いてなかったのかい?」

なかなか状況が飲み込めないでいる私に、
ワォ、とハンマーを避けた相手は珍しく口角を上げました。

「腕を上げたと思ったんだけど…僕だとわかっていなかったようなら、まだまだだね」






「で、どうして私の後を付けてきたんです」
「つけてないよ。帰り道を歩いていたら前にいたのは君の方でしょ」
「ちょっと何言ってるかわかりません」

時たま、いえ高確率で話が通じないんですよね、委員長って。

「…というより、なぜ襲ってきたんですか」
この場合物理的に、という意味ですが。
「なぜって」
さらり、言い放つ委員長。
「目の前に良い獲物がいたら、咬み殺すのは突然でしょ?」
「やめましょうねその野生思考」

お願いですからもうちょっと平穏な生き方を心がけて欲しいものです。……無理でしょうが。

と、そんなやり取りをしながら気付けば委員長と帰り道を共にする、という謎な状況。
まあいいです、今更どうにもなりませんし。


コツコツコツ、とうす暗い夜道に響く足音。
私のローファー、地味にうるさいですね。
隣をちらりと見上げましたが、委員長は特に何とも思ってなさそうです。…て、なんでそんなこと気にしてるんでしょうか、私。

「…君、こんな中怖くないの?」
「…は?」

何言ってるんですこの人、そんな中帰らせたのは誰ですか。

「幽霊とか信じないタイプ?」
「……はあ、まあ…」
なんだか委員長の口から聞くには不思議な言葉ですね。幽霊、ですか。
「…そういう委員長はどうなんです」
「どうって」
「昼間、草壁が持ってきた話とか」
「…昼間?」
「え、もう忘れたんですか」

かくいう私も、今「幽霊」という単語を聞いて思い出したんですけど、まあそこはいいでしょう。

「昼に草壁が報告してきたやつです、並中で大はやりの怪談のせいで風紀が乱れている、と」
「そうだったっけ」
「もうボケですか、ご愁傷様です」
「死にたいの?」

しまった正直すぎました。

「すみませんやめてくださいトンファーは。こんな暗い中闘り合うほど私体力残ってません」
「…まあいいけど」

珍しく、あっさり得物をしまう委員長。
いつも思うんですが、それどこに収納してるんですかね?私のハンマーのように伸縮性には見えませんし。

「…それより、昼の話って」
「え、気になるんです?委員長、意外にも幽霊信じるタチですか?」
「その嫌な笑いやめないと今すぐこの場で咬み殺すよ」
「すみませんでした」

再びトンファーをかまえようとする彼をなんとかなだめ、私は九死に一生を得ました。ふう危ない。





夜遅く、並盛を歩いていると、ふと気が付けば背後に気配がする。
驚き、足を早めれば向こうも早め、
焦って駆け出せば向こうも走り出す。
必死で逃げて、逃げて逃げて、やっと家にたどり着く、その瞬間ガシリと肩を掴まれ、
息を呑んで振り返れば、そこには絶対にいるはずのない、人間の顔がー。



「……という、まあありがちなヤツです」
ざっくりばっさり説明すれば、ふうん、と興味なさげに委員長は横で相づちを付きました。
人に聞いといて何て態度でしょう。まあ確かに「絶対にいるはずのない」とかなぜか「家の前」とか場所指定な展開は意味不明ですし、私でもつまらないとは思います。
が、やっぱりこの性格は根本から叩き潰す必要があるでしょう。今後の将来のためにも。
物騒かつ良心的な考えを巡らせていれば、委員長がふと立ち止まりました。

「どうしたんです?」
「…君の家、そこでしょ」

え、と顔を上げれば、確かに私のアパートが目の前に。

「…あれ、なんで知ってるんですか」
やっぱりストーカーだったんでしょうか。
「咬み殺す」
「すみませんほんとやめてください」

いい加減私も調子にのる癖をなんとかしなければなりませんね。本当に。

「並盛のことならなんでも知ってる、でしたね。今日はここまでありがとうございました」

不本意ながらも一応、頭を下げれば、

「…ねえ」
「はい?」

頭を上げた私の前、
なぜか委員長は立ち止まったまま、こちらをまっすぐ見つめていました。

「…その怪談、間違ってるよ」
「………へ?」

たっぷり2秒は間を空け、私は間抜けな声で返しました。
いえだって意味がわかりません。はい?
あまりに突然なことにぽかんとしていた私は、
こちらに伸びた委員長の手に一瞬反応が遅れました。


ダン!!


「…は、」
呆然と見上げた私の頭上、
壁に叩きつけた当の本人は、平然とした顔で見下ろしていました。
叩きつけた、といってもそんなに威力はありません。手加減された感覚はしました。
だからそこはいいです、一旦置いておきます。
問題は、委員長が私を見つめていることです。

鼻先が触れ合う、その位置で。


「…ひとつ、間違ってるんだ」


きゅ、と掴まれ押し付けられた手首は顔の横に、
距離を取ろうと動かした足は膝で押さえられ。


「…最後に、気に入った人間は連れて行く」


目の前、きらめいた黒の瞳に、
映るは目を開いた私の顔。
くすり、彼は笑いました。


「…知らなかったかい?」






「…唯斗?」
「え」

呆然と迫る黒目を見つめていた私に、不意に聞こえたおなじみの声。
ぎょっとして首を横に向けると同時、
チッと低い舌打ちとともに、いきなり体が離れました。

「…え、」
「もう少しだったのに」

あぜんと立ち尽くす私の前、
学ランをはためかす委員長、いえ、
「委員長の姿をした」ソレは、
ため息をつき私を見つめました。

「じゃあね、唯斗」






「…何してるの、君」

もはや開いた口が塞がらない、というのは間違いですし、なら開いた目が閉じられない、とでも言えばいいんでしょうか。いえおかしいですね、これまちがいなく間違ってます。あれ?
混乱しすぎて訳のわからない思考を展開する私の前、眉を寄せた委員長がコツリ、と足音を立て近づきます。

…そこで思い出しました、そういえば「彼」、足音が聞こえませんでした。
最初に手応えが無かったのも、当たる体が存在しないから、ですか。
…あれ?じゃあなぜ私に触ることはできたんでしょうか。

「…なにしてるの、って聞いてるんだけど」
「…い、いえ…」

いくら動揺が激しいとはいえ、さすがに幽霊に、などと正直に言うことはできません。
言ったら襲われる気がするので。物理的に。

「…早く帰らないと、幽霊に会うんじゃない?」

今まさに考えていたようなことを当てられ、私はびくりとして相手を見上げました。

「…え」
「何、やっぱり怖かったの?」
昼間あんなに平然としてたのにね、
楽しげにそう口の端を上げる委員長は、おそらく本物と断定していいでしょう。きっと。

「違います怖くありません」
「そう?まあ怖いっていうより意味不明だったしね、あの話」

珍しく機嫌が良いようです、彼はうっすら笑んだまま、こちらに背を向けました。

「まあいいや、早く帰りなよ。僕ももう帰る」
「言われなくても……あの、本当にお化けが怖いわけじゃありませんからね」

一応否定しておきます、明日から「意外にもお化けが怖いらしい」などという不本意も不本意な噂が流れたら困るので。

「わかったよ」
「ちょっと、その楽しそうな顔完全に面白がってますしわかってませんよね…だいたい、意味不明な怪談なんて怖くありませんよ」

さっきその怪談の幽霊にモロあたりしたとわかると、さすがに薄ら寒い気はしますが。

「…確かにね。振り返ったら1番大切な人だなんて、そんな馬鹿馬鹿しい幽霊もない」
「…………はい?」
「何、もう忘れたの?」

くるり、首だけ回した委員長は、
眠たげにあくびを手で隠しながら言いました。


「その幽霊、本人が1番大切に想っている人の姿をしてるんでしょ?」


最初に会った人間は、振り返ると絶対にいるはずのない、昔死んだ祖父を見たっていう話だったじゃない。
付け加えられた内容は至極どうでもいいものでした。
ええ、どうでもいいんです。問題はそこではありません。
そう、そこではなくって…。

「…どうしたの、唯斗」
「いっ、いえ!なんでもないです!」
「……は?」

怪訝そうに眉をひそめた委員長の前、
私は思わず目を逸らしました。


いえ、だって、まさか、そんな。


(待ってください…待ってくださいよ…)



『その幽霊、本人が1番大切に想っている人の姿をしてるんでしょ?』



目の前には学ランをひるがえす暴君。
先ほど目の前を塞いだ瓜二つの姿。



(…な、なんで、よりによって委員長の姿に…!)







これは、とある真夏の夜の不思議な話。



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