陽だまりの時間 | ナノ

外は雨、中は晴れ


「理玖」

 控えめに名を呼び襖を開ければ、畳の上にきちんと正座しこちらに背を向けていた少年が、くるりと振り向きこちらを見た。
 まだまだあどけなさの残る顔立ち、黒目がちの大きな瞳、サイズの大きい和服――ヒバリ曰く"ユカタ"――を持て余す細い手足に白い肌。
 彼が通称雲雀恭弥の居候、理玖である。
「ハヤト!」
 振り返った理玖は、その瞳に獄寺の姿を映すなり、ぱあっと顔を輝かせ無邪気な笑顔を見せた。
 その顔に思わず獄寺の頬も緩む。別段子供は好きではないが、この少年だけは別だった。
「元気そーだな。何してんだ」
「洗濯物たたみ!」
 威勢良く答える理玖が広げるは、随分大きな黒い衣服。これもまた、ユカタ、か。
「またこき使われてんのか」
「こき使われて、じゃないよ。俺が進んでやってんだから」
「つらくなったら来ていーぞ。待っててやるから」
「ハヤトの待ちなんていらないよ」
 けらけら、如何にも愉快そうに笑った理玖の後ろ、窓ガラスを激しく揺らすは大粒の雨。
 どうやら自分が来た時よりもさらに強くなったらしい。獄寺は小さく溜息をつくと、理玖がめざとく目を見開いた。
「どうかしたの、ハヤト」
「雨がひでーな、と思って」
「そう?俺は煙草のにおいの方が気になるんだけど。また煙草吸った?」
「まあな。お前んとこの主人が珍しく気ぃ効かせて灰皿と部屋貸してくれたから」
「へえ」
 おかしそうに理玖がこちらを見る。
「ヒバリ、機嫌いーんだ」
「奴好みの仕事を持ってきたからな」
 そう言って軽く肩をすくめた。
 てっきり理玖なら興味深々な態度を見せるだろうと思ったのだが、眼前の少年は意外にも眉を寄せ、みるみるうちに覇気を無くしていった。
「……しごと?」
「そう、仕事」
 ぽつり、どこか気落ちしたように目を畳に落とし呟く理玖に、戸惑いながらも獄寺は肯定する。
 なぜ急に彼がこれ程がっかりした様子を見せるのか、獄寺は不可解さに首をかしげた。 雲雀の事となるとどんな些細な話でも興味を示すのが常の彼なのは知っている。のに、彼はなぜこうも悲しそうなのか。

「……この前も、ヒバリ遅かった」

 ぽつん、落ちる言葉。
 それをまるでかき消すかのように、ザアザアと叩きつける雨音。
「……遅かった?」
 訳が分からず反復すれば、
「2週間ぶり、だった」
 僅かに目元を沈ませ、独り言のように呟く理玖。
「……あー」
 数秒、目を泳がせて、獄寺はそっと口を開く。
 思い当たった。
「……仕事、てか任務……か」
「そう」
 ふいっと理玖が横を向く。うわ、へこんでる。
 わかりやすいその横顔に、獄寺はんー、と頭をかいた。
「……だから俺んとこ来いっつってんのに」
「どうせハヤトも仕事ばっかでしょ」
「うっ」
 そこは否定できない。むしろ、ボスの右腕を自称する獄寺の方が多忙だ。
「あれでもあいつ、かなり任務断ってる方なんだけどな……」
「え?」
「サボり魔なんだよ。ヒバリのヤローは」
 そうは見えねぇかもしれねーけど。ふうっと目を閉じ息を吐いて、獄寺はどう続けるか考えあぐねた。
 が、そこへ。
「……なんだ。ヒバリ、サボってるんだ」
「は?あー、まあ」
 なんだかんだ言いつつ引き受ける事もあるけど、となぜか庇うような発言をとっさにしかけて、それから獄寺は言葉を呑み込んだ。
 瞼を開けた先、自分の前で――たたみかけのユカタ、を口元に押し当てて、不自然に目を逸らす少年の姿が、目に入ってきてしまったから。
「……は?」
「ふーん」
 顔半分は布に隠れて見えないけれど、のぞく上半分はやたら赤い。さっきと一転、なぜだか機嫌が良さそうだ。
 息を吐く。なんだよ。
「……そんなことぐらいで嬉しそうにしやがって」
「?何か言った、ハヤト」
「何にもねーよ」
 手を伸ばし、ぐしゃぐしゃと髪を乱してやる。やめろよハヤト!と理玖はおかしそうに笑って手をばたばた振った。
 まったく。鼻のひとつでも鳴らしたくなる。
 もう5年前だったか。あの気まぐれでわがままな男が、この日光みたいな少年を拾ってきたのは。

「……お前が思ってる以上に、アイツはお前を大事にしてるよ」

 ボソッと呟いた獄寺を見上げ、「は、何?」と彼は目を開け首をかしげた。

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