前触れ デジャヴ。 その言葉が、真っ先に浮かんだ。 「何してんだ、てめえ」 「そりゃこっちのセリフ」 …やっぱりデジャヴだ。自分で言っておきながら、前にも同じような場面で同じようなことを口にした感が半端ではない。 ずきり、痛む腕をスルーしながら、雛香は一歩獄寺に近付いた。 「何?お前も傷痛むの?」 「ハ?傷?」 わけがわからないという顔を見て、どうやら全く見当違いな見様だったことに気が付いた。 「…いや、なんでも」 「変な音が聞こえて、目が覚めたんだよ。 瓜もいねぇし、どこ行ったんだか…」 「うり?ああ…」 あの可愛いネコか、と呟けば、てめえの犬よりはな、と返された。余計なお世話だ。 「そりゃ、サイズ的にはお前の瓜よりでかいけど、ケルはめちゃくちゃ可愛いからな。ベッドがもうちょっと広けりゃ毎晩添い寝したいレベルで」 「あの馬サイズと添い寝かよ…しかも頭3つあるじゃねえか」 「?頭が3つだろうと4つだろうと、かわいいもんはかわいいだろ」 「てめぇの基準がおかしいのはよくわかった」 なぜか獄寺がげんなりした顔を見せる。あの可愛さがわからないのか、と雛香は憤慨したが、その前にこちらに伸びる獄寺の手に気が付いた。 「?なにー、」 「んだよ」 ぐい、とまくられる袖。 「この傷」 「…あー…」 なんともいえない気分になって、雛香は息を吐き出すついでに小さく微妙な声を出した。 獄寺がまくった袖からのぞく、腕。 夜目がきいてきた視界の中で、うっすら浮かぶ肌の輪郭に、白い包帯。 ただし、それはどこかの誰かがたいそう雑に巻いてくれたことによって、いまや完全にほどけていたーもう一度言う、どこかの誰かの雑な手当てのせいで。 あいつ次の手合わせで今度こそ1発喰らわせる、と固く決意したところで気が付いた。 もう、次はないのだ、と。 「…雲雀のヤローにつけられたのか?」 「へ?」 全く違うことを考えていた雛香は、獄寺の声にはっと顔を上げた。 そこで、なぜかひどく不機嫌そうな顔が目に入り、思わず瞬きをする。え、何。 「まあそりゃそうだけど…て、痛っ!」 「…深いじゃねえか、けっこう」 「いきなり触るなよバカ野郎!痛いだろーが!」 ほどけた包帯の下、雲雀のロールによって付けられた深い切り傷。 ケルの尻尾が切り落とされそうになったのを見て、とっさに飛び出してしまったのだー我ながらバカだとは思う。 庇われたケルもだったが、何よりロールの半泣き状態が凄かった。一瞬で増殖をやめたかと思えば、元の手のひらサイズに戻り、腕を押さえてうずまくる雛香の周りをてこてこと駆け回り出したのだから。 あの時のロールは可愛かったな、でも心配かけて悪かったなあ。 そんな回想にばかりふけっていたからだろうか、 雛香はぼんやり空を眺めているだけで、獄寺の顔がどんどん不機嫌になっていくのに、少しも気がついていなかった。 そしてーその銀の目が、かすかに煌めいたことにも。 「…あ、そうだ獄寺、お前、」 瓜を探さないと、だろ。 ふと我に返りそう言いかけて、 息を呑んだ。 「…え、な、なに、」 「あいっかわらず、」 目の前ー肩に手をかけた獄寺の瞳が、薄く笑む。 「……馬鹿な奴」 唇が、重なった。 |