変化する心
どっかの残虐魔にも言ったけど、俺はわりとピエロが上手い。嘘八百には慣れている。
慣れている、はずなんだけど。
「……シー」
「ん、何?アルヴィス」
名を呼ばれて、俺はにっこり笑って振り返る。
だけど俺の目にいつもほどの覇気が無い、それにアルヴィスはおそらく気が付いてしまっているんだろう。俺を見る目が、さっきから明らかにおかしい。
「……傷が痛むのか」
「まっさかあ。スノウ姫のおかげで完全回復」
「シー、ほんとうに……? それならいいんだけど……」
俺とアルヴィスが会話しながら歩く横、同じく外の広場へ向かって歩くスノウ姫が通りかかる。
どこか不安げな目つきで俺を見上げる(そうは言ってもあんまり背丈は変わらない)彼女に、俺はひらり、手を振り大仰に頭を下げた。
「おかげさまでどこもかしこもご覧の通り、超元気です」
「シー、それやめてって前も言ったよね?」
「えー、だって俺仮にもお姫サマに慇懃な態度取れないよ」
「もう取ってんじゃねえか」
後ろから頭をガシッ。はいはい、このごっつい手はおっさんですね。いちいち会話に首突っ込まないでくれるかなあ。
「俺のやわい頭の骨がイッちゃうんで、お手柔らかに握ってもらえると助かるんだけどファイアーおっさん」
「まあ、そうは言ってもあのナイト相手にあそこまで健闘したんだからな。お前も満点だ」
「聞けよ万年睡眠障害」
ガヤガヤ言っていると、ふいに頭から手を放したおっさんが俺の顔をのぞき込んだ。思いもよらない接近に、俺は思いっきりのけ反る。え、なに。
「……だが、こいつは……」
珍しく真剣な顔をしたおっさんが、俺の首元をすっと指差す。
「……え」
「碌でもねぇアームだな。……あの場にいたら全力で阻止してやったんだが」
「オレ達だって頑張ったんだぞ!! けどあのとんがり頭、バリアみてーの張ってて……」
「まったくじゃ。近づけもせんかったな」
なんか聞き間違いかと疑いたくなるようなおっさんの発言のあと、被せるようにギンタがわめく。最後に付け加えたのは、その横をびょんびょん跳ねるバッボだ。
どうでもいいけど、君たちいつの間に近くに集まっているんですかね。おかげで廊下がなかなか賑やか。と、いうより騒がしい。
「……でも、ゴメン」
「へ?」
「俺が、阻止できたら……シーのゾンビタトゥの進行、早くなるとか……」
わめいていたのが一転、だんだんうつむき暗い表情になっていくギンタに、俺は数秒考えて、「あー……」と無意味な声を発した。
「……えーと、つまり。俺に悪いって思ってるってこと?」
「あったりまえだろ!! シーだって嫌だろ、ファントムといっしょになるなんて!」
「あー、うん。まあそれは心の底から全力で嫌だけど」
ウンウン、と頷き薄く笑う。
それから俺は手を伸ばし、ツンツンとがる金髪をぐしゃっと撫でてやった。
「んなギンタがあれこれ思うことじゃないよ。どーせいつかはゾンビタトゥ廻り切るんだし、ちょっと遅いか早いかの違いだろー?」
「! そ、そんな遅いか早いかって……!」
「それにさあ、」
睨むように見上げてくる金の瞳に、俺はにっこり笑いかけてやる。安堵と気休め、それから少しでも罪悪感が消えればいいけど、なんて。
……あれ。俺は何を言おうとしてるんだろう。
「ギンタが、ファントム倒してくれんだろ?」
きっちり3秒、俺を見上げてポカンとしていた少年は、
次の瞬間、最高にいい笑顔で親指をグッと立ててみせた。
△▼
「……変わったな」
「んー?」
すっかりご機嫌になったギンタをバッボが追いかけ(なんか、お前はすぐ調子にのるからいかん、口だけでは何もできんぞとかなんとか口うるさく言っていた)、その横をスノウとおっさんが続く。
他のメンバーは先に広場に着いているんだろう。もう食事は始まってしまっているのだろうか。
「……お前のことだ」
「え、俺?」
「ああ」
ちょっと理解に苦しんで、アルヴィスの方を見る。
途端、嘘みたいに穏やかな青い瞳と目が合って、俺は危うくつまずきかけた。
「始めは……もっと、お前は壁を作っていた」
「……え、そうかなあ」
「ああ。本心を欠片も見せなかった」
それは今もだと思うんだけど。
「最近のお前は、……少し、やさしい」
言われた言葉に、俺は数瞬固まった。
「……えー、俺はいつだって優しいけど?」
「いや、……まあ」
「そこは認めろよ」
ちょっとだけ、緩んだ空気が俺達の間に流れる。
なんか久々かもしれない。あの最悪な出会いを果たしたウォーゲーム予選からいろいろあって、今。
「……あれ、そういえばベルはどこに――」
ふと、今更ながら思い出した疑問を口にして、
「……え? アルヴィス?」
「だが」
アルヴィスの青い瞳が、細く煌めいた。
「……こればっかりは、気に入らないな」
ダンッ、と壁が小刻みに揺れた。