夢の世界に溺れる | ナノ
重なるのは最悪な鏡像
 俺は幻覚系のアームが大好きだ。
 多分そんなことは、前回試合を見ていた全員がよく知っている事だろう。だって俺が思いっきり宣言したんだし。
 そう、だからつまり、知っているのはメルやレギンレイヴ城の人たちだけじゃなくて、

 当然、見ていたチェスの兵隊の連中も、だったりするわけ、だ。

△▼


「ネイチャーアーム、『炎の鏡』」

 淡々と告げる、嘘くさい魔法使いみたいな(とんがり帽子かぶってるし)格好の相手。の、耳にはナイトのピアス。その横に現れるのは、炎をまとった大きな姿見。
 まんまだな、と思うけどほんとまんまだ。誰がどう見ても確かに炎の鏡だ。

「……これは全てのまやかしを灰に帰す」
「わお」

 ボソボソと告げられた言葉に、俺は思わず嘆息した。
 そりゃそうだ、アホだな俺。前回の戦いを見た奴なら、たいていは対策用のアームを用意してくるだろう。ナイトクラスなら、尚更。
 俺って適当だからあんま頭回んないんだよねぇ、とぼやくこちらへ、相手がスッと鏡を向けた。
 途端、炎に包まれる、『俺』。

「シー!!」

 背後で悲鳴があがったが、ゴメン。それ本体じゃないんだ。

「……そこか」
「あー、もう」

 ため息をつき、俺は即座に振り返った相手にホールドアップした。くそぅ。

 体力使うのも頭使うのも、どっちも俺は好きじゃない。思うままに興味のままに、それが俺の行動原理そのものだから。

「……今の隙を突けば良かったものを」
「えー、だって俺、相手がびっくりするの好きだしぃ」

 へら、と笑った俺が気に食わなかったのか、相手は次の瞬間突っ込んできた。当然丸腰じゃない、右手にご丁寧にも炎のともったロッド付きで。
 俺はもう一度ため息をつき、左手を薙いだ。

 甲高い音。

 耳をつんざく高音に顔をしかめ、俺は後方へ一気に飛んだ。
 途端、さっきまで俺がいた地点に突き刺さるロッド。うわ仕込み刃付きかよ、手間かかってんな。

「……意外とやるな。だが幻覚が使えないお前など、恐るるに足らず」
「言ってくれんじゃん、俺のこと誰だと思ってんの?」

 相手がロッドを振る。降り注ぐ数多の炎の玉。
 そういえば、こいつの名前なんだっけ。覚えてないや。

「何がファントムのお気に入りだ」

 とりあえず全避けした俺に、唇をひん曲げ笑う相手。嘲笑っていうんだっけ?まあどうでもいいや。
 急速に体内の温度が下がっていくのが、自分でもおもしろいほどよくわかった。
 だってこいつ、最悪なこと言ってくれたし。

「アリガトー、おかげさまで決心がついたよ」
「なんのだ? 死か?」
「うんー」

 にっこり笑い、俺は右手を高く突き上げる。
 チャラリと揺れる、銀のブレスレット。


「お前のね」

△▼


 俺は幻覚系のアームが大好きだ。
 多分そんなことは、前回試合を見ていた全員がよく知っている事だろう。だって俺が思いっきり宣言したんだし。
 そう、だからつまり、知っているのはメルやレギンレイヴ城の人たちだけじゃなくて、当然、見ていたチェスの兵隊の連中もしかり、だ。

 で?

「お前が消せるのって、その鏡に写る範囲っしょー?」
 笑う。
 ああ、楽しいな。心からそう思った。
 

「……じゃあコレも消してみろよ」


△▼



「さっ……ぶう?!」
「こ、凍ったあぁあ!!」
「ふ、震えが止まらないっす!」
「安心しろジャック、これは幻覚だ」

 背後から聞こえるいくつもの悲鳴。
 うん、最高だね。思わず笑ってしまう。だって俺、他人が驚くさまを見るの、大好きだし。
 非常に残念なことに、アルヴィスには見抜かれてしまっているようだけど。あ、おっさんもかな。

「なっ……なんだこれは?!」

 いきなり凍り付いた火山と地表に、後ずさるナイト。
 ああしまったな。やっぱり、名前聞いておけばよかったか。

「幻覚だよ」

 俺は意識して、唇をゆがめる。笑みを作る。
 目には目を、歯には歯を、嘲笑には同じく嘲笑を。
 だって俺、馬鹿にされるのとか大嫌いだし、ねえ。

「う、嘘だ! こんなリアルな幻覚を生み出すアームがあってたまるか!」
「それがあるんだよねえ、ごめん」

 ああ、楽しい。
 完全にアームの力に飲み込まれ混乱している相手に、一歩近づく。

「く、くそ!」

 距離を詰める俺に気が付き、相手はやけくそ気味に炎の鏡を出し周囲にかざした。
 一瞬、ほんの数秒だけ氷は消えて荒野が現れるけど、本当に僅かな範囲だけだ。鏡をずらせばそこは瞬時に氷地に変わる。

「い……意味がわからない! なぜだ?!」
「あは、だから言ったじゃんー」

 これは、幻覚だって。

「し、死ね!」

 アームの力を突破することは諦めたらしく、相手は再び炎を宿したロッドでもって突っ込んでくる。
 俺はちょっと笑い、その刃を静かに迎えた。
 たぶん、今の俺はすごく慈悲深い笑みを浮かべていると思う。自分で言うのもアレだけど。
 俺のふところに深く深くロッドを突き刺したチェスの姿を『背後から』眺める。
 そして、間髪入れずに左手のダガーを振り上げた。


「……な、んで……」
「そっちの『俺』は幻覚」

 背中に深くダガーを突き立て、俺は背後から抱きすくめるように相手の腰に手を回した。
 前で微笑む『俺』もまた、ロッドを突き立てられたまま、そっと手を回す。

「……最高じゃね?」

 その耳元、吐息をねじ込むように囁いてやった。


「「2人の俺に、抱きしめられて死ねるなんて」」


△▼



 元に戻った火山フィールドに、赤く染まる身体がひとつ。
 あ、おっさんみたいに火口に投げ入れればよかったか。もう遅いけど。

「……シティレイアの、勝利!」

 宣言してくれたポズンを振り返り、どうも、と肩をすくめて挨拶をする。
 ……あ、そういえば結局、相手の名前聞きそびれたな。そんなどうでもいい思考を巡らせながら、俺はふと、足を止めた。

「……シティレイアさん」
「あんた」

 さっさかアルヴィスのところへ戻ろうとした俺に、まさかの呼び止め。
 遠慮してほしいなあ、しかもさっきアルヴィスにさんざんやってくれたナイトじゃん。俺うっかり刺しかねないんだけど。

「……俺に何?」
「……いえ。ただ、以前より、あなたのお話は聞かせて頂いていました」
「へえ、良かったね俺有名人。で?」

 やけに真剣なまなざしで見つめる相手は、目を逸らしもせずはっきり言った。


「……あなたは、確かにファントムに似ていますね」


△▼



 つま先から数ミリの地点に刺さったダガーに、相手は身じろぎもしなかった。

「次おんなじこと言ったら、殺す」

 相手が何か言う前に、背を向ける。


 俺と相手の先ほどのやりとりは聞こえなかったらしく、ギンタが目をまんまるくしてどうしたんだよ、何言われたんだと駆け寄ってきた。
 そっか、良かった。聞かれてなかったのか。
 なんでもーと笑えば、あっさり安堵の微笑みを浮かべるギンタ。
 ……あれ、妙だな。別に聞かれてなくて安心する意味、俺には無いはずなんだけど。
 肉弾戦もいけるじゃないっすか、と顔を引きつらせるジャックに、かっこよかったよ、と笑うスノウ。3人の顔が微妙に暗いのは、たぶん俺が相手のチェスを殺したからだろう。どうやら本当に聞かれていなかったらしい。

 あれ、変だな。
 別にどうでもいい人間の内心を読み取ろうとする努力なんて、俺には必要ないものなはずなんだけど。


『……あなたはファントムに似ている』

 赤い空を見上げる。その錆色が、ぐにゃりとゆがむ。アンダータでねじ曲がる空間に、俺は静かに目を閉じた。
 ロラン、って言ったっけ。ああやだなあ、名前覚えちゃったよ。

「……よくわかってんじゃん」

 投げたダガーが足に突き刺さらなかったのは、俺がワザと外したからだ。


 だってその言葉が案外ハズレじゃないことを、俺はよく知ってしまっている、から。


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