夢の世界に溺れる | ナノ
俺と「俺」
 目開けたら目の前に自分がいた。何コレ。
 いや、いつぞやのシャドーマンみたく真っ黒ってわけじゃない。むしろ色付き顔付きだ、ところで以前自分とおんなじ顔が目の前にあったら吐くって言ったの俺だよな?
 でも俺の前にいるのはやたら小さくて惨めそうでちっぽけで……要するに、明らかに「今の」俺じゃない。推定年齢9歳と見た。

 ん?9歳?

 見下ろす。足元、俺より少し離れて座り込んだその顔は、自分で言うのもなんだけど物凄く不気味だった。なんていうか、顔が黒い。いや肌の色素とかの問題じゃなくて、表情が黒い。ホント自分で言うのもなんだけど、明らか9歳がしていい表情じゃない。
 その身体に頭に腕にベタベタ呪符を引っ付け鎖を引っかけて、と、ああなんだ、つまりコレ完全に脱獄直前の俺じゃないか。
 全部に絶望していた頃。おっさんらへんなら「大人になりすぎた時代」って言うんじゃないかなって時。

 見下ろしたまま、俺はじろじろ6年前の自分を観察する。手を伸ばそうとかは微塵も思わないあたり、やっぱ俺って自分の事が嫌いすぎる。まあ仕方ないよな、だってこの頃の俺って多分人生1番荒み切ってた頃だし。
 そんなの触らぬ神に祟りなしだなと1人納得する俺の前、おもむろに「俺」が顔を上げた。やたら仰々しい呪符の貼られた前髪の下、覗く瞳とバッチリ目が合う。
 うわお何コレ。呪われそう。
 過去の自分と目を合わせて不覚にも身構えるという、なかなかアグレッシブな経験値を重ねていれば、ふいに相手が口を開いた。

『……ねぇ』
「えっ」
 こいつ口きくのかよ。
 色々と衝撃を受ける俺の前、でかいわりに恐ろしいほど何の感情も浮かんでいない、そんな瞳が俺をひたと見据える。

『……ねぇ、幸せ?』

 息が詰まった。

 幸せ?
 は。何言ってんだこいつは。
 意味が分からない。大体、幸せってどういうことだ。
 言葉も出ない俺の足元で、おもむろに「俺」は立ち上がる。
 呆然とその様子を眺め、気が付いた。――え、なんか、おかしくね。

『……大丈夫、幸せだろ』

 そう言ってうっすら、皮肉っぽく笑うのは――「俺」だ。今の、「俺」。
 いやいや急に成長すんなよ。さっきジャラジャラさせてた鎖はどこやったんだ。
 我ながらツッコみ要素が多すぎる。しかも勝手に幸せだって決めつけてきやがった。
 なんてことだ。こいつ、本当に俺か?

『今の俺には、仲間がいる。大切で、……どんなお前も受け入れてくれる、仲間が』

 すごい、多分こいつ俺じゃない。だって俺はこんな最高に恥ずかしいセリフ、多分死んでも口に出せない。常日頃思っていることではあるけれど。

『だから、無意味な事はやめれば?』

 そう言った相手の顔を見つめる。俺ってこんなふうに笑ってたんだ。
 こんなふうに、笑えてたんだ。

「……そっか」
『うん。そーだろ』

 例え心を閉ざしても、身体はゾンビタトゥの影響を受ける。
 外部の全てと意識を切り離した今、正直どこまでタトゥが廻ってるのか、俺には予想がつかない。下手すると、廻り切ってる可能性もある。
 ――けど。

「帰らなきゃ」

 ふいに、そう言っていた。
 そうだ、帰らなきゃ。何大人しくファントムに捕まってタトゥにかかりっきりになってんだか、らしくもない。
 最終手段だと覚悟を決めて意識を切り離した。脳裏をよぎったアルの言葉に、これが正しいと思いこんでいた、だけど。


『……俺はお前に、いつまでもお前のままでいて欲しい』


 あれは別に。
 俺の体の話じゃあ、無いはずだ。

「帰ろう」
 呟く。誰かに呼ばれた気がした。
 大丈夫だ、何がどうなっていたって、
 そう、例えタトゥの呪いに蝕まれていたって、この身が生ける屍となっていたって、

 そうだ、俺はアルヴィスを愛していける。

『バイバイ』
 背後から聞こえた声に、俺は振り返ろうとはしなかった。
 地を蹴る。目の前が急に明るくなった。
 あ、でも目を覚ましたらいきなりファントムのどアップとかだったら俺ヤダな。多分問答無用で張り飛ばす。それかクレイモア。
 そんなことを考えながら、俺はキツく目をつぶって――、


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