教室から見える景色はいつもと変わらないのに、
どうして物足りなく思えるのだろう。
「…ユウ君、本当に消えちゃったね…」
「…そうっすね」
ツナのぼんやりとした呟きに、獄寺もどことなく心ここにあらずという体でうなずいた。
1ヶ月前、クラスを騒がせた眉目秀麗の転校生は。
今や、誰の記憶にも残ってはいなかった。
たった、2人を除いて。
「…俺、アイツと行った教会、昨日もっかい行ってみたんす」
「…うん」
「…普通にボロい教会でした、けど」
「…うん」
「…アイツは、いなかったです」
当たり前ですよね、と我に返ったように獄寺は肩をすくめた。
「…アイツ、何者だったんですかね」
野球バカやクラスの奴らはともかく、リボーンさんも覚えてないだなんて、と獄寺は前髪を指でかき分けた。
「……俺にも、ハッキリとは言えないけど…」
ツナは窓の外に目を向けたまま、ぽつり、呟いた。
思い出すのは、窓の外を落ちた羽根。
去り際の彼の背中に見えた、黒に染まる翼。
『ツナは、堕天使って信じる?』
「……堕天使、だったんじゃないかな」
1ヶ月前、クラスを騒がせた眉目秀麗の転校生は。
今や、誰の記憶にも残ってはいなかった。
たった、2人を除いて。
否、
もう1人、覚えている人間が、ここに。
ドサッ、と書類を机に積む。
いつもと変わらない、風紀の仕事。
いつもと変わらないそれらに集中していれば、
全て忘れられるような気がした。
何も覚えていない、周囲と同じで。
『愛していたよ、雲雀恭弥』
「知らないよ」
言ったでしょ、僕は愛情なんて知らないって。
唇を指でなぞれば、あの時の感触が蘇る気がした。
ひやりと冷たい唇は、ヒトと違うことの象徴だったのか、それとも。
もう、確かめる術は無い。
目線を上げれば、広々とした応接室が目に付いた。
我が物顔でソファを占拠して、
トンファーを投げればどこからか取り出した剣やら鎌やらで応戦してきて、
片頬を緩めるあの奇妙な笑顔で羽根を広げては、
窓から飛び降りるように羽ばたく彼の姿は、
もう、どこにも。
「…馬鹿」
煩いのが1人減った、そう思えばいい。
ああそういえば、彼は人ではないんだっけ?
なら1人、と数えるのも間違いか。
『俺もお前も、間違ってるんだ』
「…間違ってるのは、君だ」
ほら、だから知らなくていいと言ったのに。
何かが欠けてしまった日常は、
こんなにも、
おかしくむなしい。
胸が痛い。
「…知らなきゃよかった」
こんな、息が詰まるような感情なんて。
羽根の落ちなくなった世界で