貴方と私の風紀な日々 | ナノ
デート内容は計画的に(中)

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で、数日後。

幻想的な青い光の中、隣に学ラン姿でない委員長と水槽を眺めるという非常に不可思議な状況をしみじみと噛み締めながら、私、天原唯斗は人生の未知さと奥深さ加減について実感していました。
なんか、もはや感慨深いですね。ここまで来ると。

別に頭がおかしくなったわけでも厨二病に侵されたわけでも(多分)ありません。私服姿の委員長とこうして2人、仲良く…はどう見てもありませんが大人しく…もないですね、まあとりあえずこうして風紀の仕事以外をしていると思うと、なんともいえない気分になるしかありません。
悟りとか開けそうですね、今なら。

ちなみに、委員長はさきほどから隣で「群れがたくさん…」とか低く呟いています。落ち着いてください委員長、ここは水族館です、群れが出なかったらむしろ館長が涙ちょちょぎれです。なのでトンファーはしまっといてください頼みますから。
ほんとなんで一緒に行くなんて言い出したんですかねこの人。よくわかりません。

「あ、委員長。あれ、マイワシだそうですよ」
「へえ。…美味しそうだね」
「ええ、そうで……は?」

今なんて言いましたこの人?

「ほら、あそこのとか特に肉付き良さそうじゃない。刺身にすれば、」
「はいちょっとストップしましょうか委員長」

隣で観賞していた子どもが信じられないものを見るような目つきでこちらを見上げていました。すみませんね少年、子供心を粉々にするようなことをして。
ですが中学生の皆が皆こんな思考回路をしているわけではありませんからね、そこ勘違いせず大きくなって欲しいですね。

もはや自分でも意味不明な思考を展開させながら、私は未だ傍らで水槽の魚を(捕食対象として)凝視する委員長の服のすそを引っ張り、無理やり外のペンギンコーナーへと引っ張りだしました。この人やたら重いんですけど。筋肉とかでしょうか。良い迷惑です。




「…しかし、現れないですね。スリ」
「…だね」

心地良い日光、ほどよい風、ベンチに腰掛ける私と委員長。
…こうもほのぼのしていると、本当に妙な気分になってきます。霧の幻覚でもかけられてるんじゃないですかね、骸とか六道とかアホパイナポーあたりに。


ペンギンコーナーを(私1人が)堪能したところで、休憩タイムとすることにしました。
委員長がちょこちょことそれはそれは可愛らしく動き回るペンギンたちを前に、「あの子咬み殺しがいのありそうな動きしてる」とぶっとんだことを言い出したので退避したというのもあります。
本当になんなんですかねこの人。ちょっとそのいかれた脳内を一度拝見させて頂きたいものです。

そんな回想に浸りながらココアの缶に口付けていると、隣に座る委員長が、ふとこちらへ視線を向けて来ました。え、なんですか。

「……楽しそうだね、君」
「…え」

ぎくり。
思わず真横に首を回します。

「…そんなに、わかりやすかったですか」
「…別に、そういうわけでもないけど」

ベンチの上、拳2個分ほどの距離を空け隣に座る委員長は、そう言うと缶コーヒーに口を付けました。

「…何かお目当てでもあったの?」
「……笑わないでくださいよ」
「え、何」
「すでに顔が笑ってますが」

相変わらず性悪ですね。

「気にしないで言いなよ、何」
「…やっぱりなんでもありません」
「いいから」
「いえやめときます」
「気になる」

ずい、とこちらに身を乗り出す委員長。

「明らかに面白がってますよねーて、あっ」

いきなり近づいた端正な顔にぎょっとした瞬間、
動揺した私の手から、ココアの缶が滑り落ちました。


「…あー…」
中身が無残にもベンチの下に広がります。ああ、半分も飲んでなかったのに。
カラコロと遠くに転がっていく缶を視界の端に捉え、私はため息をつきました。

「…もったいない」
「それは私のセリフです」
「そのくらい反射で受け止めなよ」
「何言ってるんですかね」

私をなんだと思ってるんでしょうかこの人。

「…まあいいです、とりあえず拾ってきます」
「待ちなよ」
「は?!」

立ち上がりかけた私の袖が、
おもむろにぐいっ、と強い力で引っぱられました。

「…な、なんですか」

いきなりで心臓が止まるかと思いました。
振り返れば、なぜかベンチから立ち上がる委員長。え?

「新しいの、買ってきてあげる」
「……は?」

…え、ハイ?
今なんて言いましたこの方?

「…だから帰ってきたら、さっき言いかけたことちゃんと言いなよ」
「…あ、そ、ういうことですか」
「何、そういうことって」
「いえ、なんでも」

度肝を抜かれかけました、一体何が起きたのかと。
まさかそんなわけはありませんよね、この暴君にそんな優しい心があるだなんて。

「何か言ったかい」
「いえ何も」

ご覧くださいこの通りです、速攻でトンファーが飛んできました。

「…僕は今、機嫌が良いからね」
「へ」

突然の呟きにきょとんとすれば、
腕を離し横をすり抜けていく委員長。


「だから、ちゃんと待ってなよ」


思わず振り返った私の先で、
肩越しに振り向いた委員長は、珍しくとても楽しげに微笑んでいました。





「…な、なんなんですかあの人は」

思いもかけないところでそんな顔をされたら、なんていうか、その…調子が狂う、じゃないですか。
なぜか勝手にばくばく言い出した胸元を押さえ、私は草むらに転がっていった缶を拾いに歩き出しました。
いつの間にやらベンチからずいぶんと離れた場所に転がっていってしまった銀色の空き缶、
それを見つけ出し拾う、その瞬間、


ふと、気配を感じました。


「…?」

眉をひそめ、首を回したところで、

やや距離の空いたベンチの上、
私が置き去りにしたバッグを物色する、黒い影。

「…なっ」
「!」

思わず声をあげてしまった瞬間、向こうに勘付かれました。
とっさに私が方向転換と同時に一歩踏み出せば、
途端に走り出す、相手の男。

「…いい度胸してるじゃないですか」

幸いにもハンマーはポケットの中です。

「叩き潰し…あ」

走り出しかけた私の後ろ、
抗議するかのようにカラン、と転がる鈍色の缶。
…いけませんね、これではポイ捨て同然です。



慌てて缶を拾い顔を上げたころには、私のバッグをひっつかんだ相手の姿はもう随分と遠くなっていました。
ですが、

「…残念でしたね」

私は並盛中風紀委員、それも副委員長なんです。


「地の果てまでも追い掛けて、その腐った根性叩き潰してあげますよ」


袖のハンマーを確認し、私は一気に駆け出しました。






『…だから、ちゃんと待ってなよ』

珍しく楽しそうに紡がれた、
あの暴君の言葉などすっかり忘れて。



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