「桃城くん!危ない!」
「!?」

今日の日直は桃城くんと私で体育の準備を倉庫でしている最中、バレーの支柱付近のマットを桃城くんが取り出そうとしていたら、動いた支柱が彼に倒れそうになった。

普段めったに使うことのない反射神経で、右腕を伸ばして何とか食い止めたものはいいが、重さ約30キロ程のもので勢いよく殴られたような衝撃と同時に、右腕に鈍い痛みが走る。

あ、やべ、これ折れたんじゃないかな。

「ぅ…あぁ……いったぁ……」
「名字!腕見せてみろ!」

桃城くんが優しく私の袖をまくると、赤く腫れている私の腕があらわになる。
幸い何とか手は動かせるので、骨折まではしていないようだ。

「オレのせいで……!すまねぇ。名字、保健室に行くぞ」
「気にしないで、事故なんだから。保健室にはひとりで行けるから、あとの準備はよろしくね」
「怪我してる女子を放って置けるわけねぇだろ」

桃城くんはクラスメートに一声かけると、そのまま保健室まで本当に付いてきた。そこまでしなくてもいいのに。逆になんか悪いなぁ。

「失礼します」
「あら、どうしたの?」

漫画やドラマみたいに保健室の先生は空気なわけでもなく、そのまま私の治療は先生に委ねられて、桃城くんは授業に戻った。

ここまではいいとしよう。




「俺に責任とらせてくれ!」

体育の授業が終わり、次の授業の準備をしていると桃城くんが頭を深々と下げて大声で誤解を招きそうな発言をした。
移動教室で人が少なくなってきているとはいえ、教室にいる残りの生徒の視線はこちらに釘付けになる。

「ちょっと、桃城くん!とりあえず、頭上げて……」
「責任とらせてくれんなら、上げる」

こんな状況下でそんなこと言われてしまったら、言わざるおえないじゃないか。

「分かった、わかったから!」
「よし!じゃぁ怪我が完治するまで、俺をこき使ってくれていいぜ!」
「ええと、今はまだ無いからいいかな。それじゃぁ」
「いやいや、教科書くらい持つからよ」

半ば強引に教科書を持つと、行こうぜ、と爽やかに笑う桃城くん。

いつもは賑やかな人くらいにしか彼のことを知らなかったが、こうして間近に接触してみるとちょっと強引なところもあるのに優しくて清潔感があるしカッコイイ。

教室に着くまで少し話をしたら面白かったし。

ちょっとだけ彼がモテる理由が分かったかもしれない。

「(ん?これ桃城くんの教科書じゃん)」

移動も済んで、授業が始まって暫くしてから私が色ペンで線をつけている文章がどこにもないから違和感を感じて見てみれば、桃城武と力強いけど少し下手な字が教科書の裏に書かれていた。
なるほど、間違えて私のを持っていったのか。

彼とは別の班だから、席の距離的に私の教科書を返してもらうのは難しそうだ。

「(それにしても何にも書いてないなぁ)」

2年に上がって暫く経つっていうのに、彼の教科書は新品同様だ。
中学生らしい落書きもされていなくて、本当に教科書を開いていないのではないかと心配になる。

もう一度教科書に何も書かれていないのかと見返していると、この前やった小テストがちらりと見えた。

ちょっと待て、今13点って見えなかったか?
確かあのテストは50点満点だが、平均点は約36点だったはず……。

桃城くんテニス部で大変なのは分かるけど、これはちょっと危ういのでは。

「(人のテストを見るのはちょっと良心が痛むけど、もう点数見ちゃったしいいよね)」

それに1番気になるのは、全部解答欄は埋まっているのにその点数だったことだ。
周りの生徒にバレないよう、そっと解答用紙を見てみると、あまりにも面白すぎる珍回答ばかりで吹き出しそうになる。


「はい、じゃぁ今日はここまでね」

準備を聞きながらも、珍回答を読んでいたらあっという間に授業が終わってしまった。
チャイムの鐘がなると同時に、慌ててこちらに駆け寄ってくる桃城くんは、

「見てたのか…?」

なんてあまりにも情けない声で言うものだから、笑ってしまった。

「なっ!バカにすんなよ。俺だってテニスで忙しくなけりゃ、満点のひとつやふたつ楽勝だっての」
「でも海堂くんは同じテニス部でレギュラーだけど成績いいよね?」
「ぐっ…!あいつには負けらんねぇな、負けられねぇよ」

もっと勉強もしねぇといけねぇな、と反省する桃城くんは当たり前のように私の教科書を持って私の筆記用具の片付けも手伝ってくれる。

「あと、利き腕が使えねぇだろ?ちょっと読みづらいかもしれないけど、ノートとっておいたぜ」
「あ、ありがとう」

あの教科書から察するに、普段はノートなんてとらないんだろうけど、今日は私の為だけに聞いてとっててくれたのかな。

ひらりと差し出されたルーズリーフには、やっぱりちょっと歪な文字が並んでいたけれど、板書だけじゃなくて、先生が口頭で話したことも解説として丁寧に書かれていた。

「いやぁ、ノートなんて久々にとったけど、これの方が頭に入りやすいな!」

お前のおかげで気づけたわ、なんて、ニカッと笑ってくれるものだから、つい見とれてしまった。

ヤバい、私めっちゃチョロいじゃん。

「あのさ、」
「ん?どうした?」
「私、理科得意だから教えよっか?」

でもしょうがない。あの笑顔と優しさで関わってしまって、桃城くんに気を寄せない女はいないだろう。

気づけば私は、彼をもっと欲しがっていた。

「お、そいつは助かるぜ!んで、いつ勉強すんだ?」

もし断られたらどうしようかと、一抹の不安が一瞬よぎったけれどあっさりオッケーをされて少し面食らいそうになる。

「桃城くんの暇な時でいいよ」

「参ったな、俺はいつも忙しいんだけどなぁ」
「テニスの練習で、でしょ?でも、赤点なんてとったらテニスどころじゃなくなるよ?」

自分でも彼の痛いところをついて誘い込むのは卑怯くさいと思うが、あの小テストの理解度でいけば赤点スレスレか赤点になるのは火を見るより明らかだ。

「仕方ねぇよな、仕方ねぇよ。
なら、今週の日曜日はどうだ?」

ちょっと待て、それって強制的に二人っきりで勉強するってことじゃないのか?
デートじゃないけど、いや、恋人じゃないしましてや友達かどうかも怪しい線なのに、いきなりそんなプライベートで会うって言うのもどうなんだろう。
でも、桃城くんは多分他意はなく言ってるんだろうし、テニス部の練習もその日しか休みがないからだと思う。きっとそうだ。

落ち着こう、これはただの勉強会なんだ。

「どうした?なんか予定でもあるのか?」
「いや、いいよ。じゃぁどこで勉強しようか」
「名字の家の近くの図書館でいいぜ」
「え、でも桃城くん確か私と帰る方向逆だから遠くない?」
「いいんだよ。トレーニングがてら走っていくから」

桃城くんはフォローの入れ方が上手いなぁ。
さり気ない優しさにもキュンとくる。

その後、時間を決めたりしながら教室へ一緒に帰った。

あー、早く日曜日こないかな。



****


心臓が飛び出しそうだ。

昨日から今日の服のコーディネートを悩みに悩んで、朝から風呂に入って、分かりにくいかもしれないけど清楚に見えるメイクもして、学校じゃ出来ない緩いカールもしてみた。ついでに香水とかもちょっとつけてみたして…ってまるでデートみたいじゃん。
桃城くんはそんなつもりじゃないのに、こんな色気づいている自分が今更ながらに恥ずかしくなってきた。

あぁどうしよう、こいつなんか勘違いしてるな、なんて思われたら。

そんなことを勝手にモヤモヤ悩んでいると、桃城くんが遠くからやってきた。
まだこっちには気づいていないみたいだ。

どうしよう、こっちから話しかけるべきだよね。でもなんて言えばいいのかな、おはよう?いやでも、この時間だとこんにちはかな。
違う、知り合いにこんにちはなんて言わないでしょ普通に考えて。

まごまごしていると、桃城くんは私のスグ近くまで来ていた。


そして、


そのまま通り過ぎて行った。

「(なんで!?)も、桃城くん!」
「おっ!?あ、お前、名字か!」

なんで数日しか経ってないのに人の顔忘れるんだ。

「すまねぇ、雰囲気違うからわかんなかった」
「そうかな…」

「おう、いつもよりなんかフワフワしてるよな」

私の認識は髪型で判断されてたんだろうか。
カールのかかった髪の毛を、落胆して少しだけ揺らした。

「んじゃ、行こうぜ」
「うん」

いつもと変わらない桃城くんをみて、なんだか浮かれていたのは自分だけのようで馬鹿らしくなってきた。
そうだ、今日は勉強しに来たんだからしっかりしないと。

それにしてもここの図書館の通りいつもは人が結構いるのに、なんで今日は少ないんだろう。
と疑問を抱きつつも歩いていると、優しそうなおじいさんが声をかけてきた。

「そこのおふたりさん、図書館に行くつもりかい?」
「はい、そうです」
「そうかい。でも、今日は図書館はお休みだよ。なんでも本の整理をしてるみたいでね」
「えぇ!?」

滅多にそんなことないから油断していた。
まさか偶然休みになってしまっているとは。

「すみません、ありがとうございました」
「いえいえ、それじゃぁね」

おじいさんは帽子を少しだけ上げると、ゆっくりと去っていった。
残された私たちの間に、少しだけ気まづい沈黙が流れる。

「ごめんね、桃城くん。どうしよっか」
「気にすんなって。隣町の図書館行くのにはちょっと遠すぎるもんな」
「そうだよね。それに勉強しても良くて静かな場所なんて、この近くに……あ!」
「どうした?どっかあったのか?」
「私の家!」

閃いて思わず口から出てしまったけれど、よくよく考えればなんかすごい恥ずかしいこと言ってしまった気がする。
ここ数日で友達になった男の子を家にあげるなんて、普通はあまりないだろう。

「え、ええと。ごめん、桃城くんが嫌ならほかの場所…」
「いいぜ。名字の家行くわ」
「え、でも」
「いいっていいって、これから部活帰りに鞄とか持って一緒に帰ろうって思ってたしな。道順覚えるにゃ、都合がいい」

色々と頭の整理が追いついてないけど、とにかく私の家に行く流れになってしまったことは確かのようだ。

しかも、家族は全員外出中だ。気まづいな。


「ただいまー…」
「……誰もいないのか?」
「う、うん。ちょっと部屋汚れてるから、片付けてくるね」
「気にしないからいいぜ」
「私が気にします!桃城くんはリビングでお茶でも出すからそこで待ってて」

桃城くんにお茶を出すと、私は急いで2階へ上がった。

何となくノリで来て家に上げちゃったけど、誰もいない家に男女二人っきり……。

よくよく考えなくても、ヤバい。

どうしよう!……どうしよう!



続く
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