私には苦手な人がいる。

ついこの間席替えで隣になった海堂くんだ。

なに考えてるのかわかんないし、目付き悪いし、桃城くんが来る度に喧嘩してるからキレやすい性格だと思うし、昨日だって落とした消しゴム拾ったら物凄い勢いで睨まれた。(一応お礼は言ってたけど)

兎に角、私は彼が嫌いではないけれど苦手だ。

どうせ同じテニス部員なら、1年の頃一緒だった桃城くんが良かったなぁ。
席替えの日やたら当たる星座占い最下位だったから、こんなことになったんだ。
ついてないなぁ。

あ、そう言えば今日も私の星座最下位だったような……。









やっぱりついてない。

3限の体育は、何故か女子が使っていた体育館が使用出来なくなって、男子と合同でテニスをすることになった。

ここまでは、まぁ良しとしよう。
テニスは上手くないけど、嫌いじゃないし。

問題はそのミックス戦でペアを組む時に、私の隣のあの人とペアになってしまったことだ。

「あ、あの、よろしくお願いします……」
「ああ」

ふしゅぅぅ。なんて、よくわかんないため息?深呼吸?をしている海堂くん。
オマケにあの目付きでこちらをギロりと見てくるものだから、これ正しく蛇に睨まれた蛙。

まぁその理屈でいくと私が蛙になることはこの際置いておくとして、これは負けたら確実にボロカスに言われるんじゃないかとラケットの持っている手が震えた。
人間ってほんとに恐怖を感じると震えるんだな……。

「おい、俺たちの試合だぞ」
「ひゃい!」

もうダメだ。返事も声が裏返ってよくわかんない声出しちゃうし、対戦相手どっちもテニス部員だし。

って、桃城くん!?

「よぉ、マムシ、今日こそ白黒ハッキリさせて貰うぜ……って、名字も一緒なのかよ!久しぶりだな!」
「もってなによ。久しぶり、桃城くん」
「おう!そう言えばこの前お前に借りた漫画めっちゃ面白かったぜ!次の刊貸してくれよ」

桃城くんとは去年同じクラスで、マンガの話で意気投合してお互いのマンガを貸し借りする仲だ。
知り合いがいて、なんだか緊張がほぐれる。

「いいよ。でもまだ発売してないから、私が読み終わったら貸してあげる」
「おう、サンキュな。あ、あと借りた漫画ってよ」

バコンッ!

一瞬、何が起きてるのか分からなかった。
けれど、その音の方向を見ればすぐに原因は判明した。
海堂くんがテニスボールの強烈なサーブを、桃城くんのすぐ近くに打っていたのだ。

「お前ら…いつまで無駄口叩いてるつもりなんだ……」
「あ、ご、ごめんなさい」
「いいじゃねぇかよ、ちょっとくらい。ひょっとして、オレと名字が仲良くしてて嫉妬したか?」
「ンなわけねぇだろ!」
「よく言うぜ、いつもの2倍パワーのあるサーブ打ってきた癖にな。マ ム シ」
「んだとゴラァ!」
「やんのかオラァ!」

この2人が喧嘩している場面は何度か遠目で見たことはあるが、間近でみると間に入って仲裁するなんてとてもできそうにない。

しかし、狼狽える私を一瞬見た海堂くんは、桃城くんの掴んだ胸ぐらを離した。

「まぁいい、テニスで決着つけてやる」
「ふーん、やけに冷静じゃねぇか」

何かを察したかのようにニヤリと口元に弧をかく桃城くんは、ラケットを逆さまにして地面に置いた。

「Which?」
「ラフ」

今なんて言った?

桃城くんと海堂くんが何故か突然英語を話し出したかと思えば、ラケットを回し出す。
なにしてんの。

「チェッ、お前の当たりか」
「当たり前だ。今日は占いで1番だったからな……サーブは貰っていく」

え、海堂くんって占い信じるのか、意外だ。

「んじゃ、やるか」
「上等だ」

相手側の2人が構える。え、私素人だからなんか教えて欲しいんですけど……。
そんなことをボヤく暇もなく、試合は幕を開けた。


「わっ!ごめんなさい!」
「今のは仕方ねぇ……」

0-15

「あ!海堂くんの打つべきボールだったよね…ごめんなさい」
「……気にすんな」

0-30

「ドーン!」
「わっ!ラケットが……桃城くん!酷いよ!」
「ハハッ!悪ぃな名字。でもいつもより大分力抜いたし、こいつには負けらんねぇからな。許せ!」
「……ふしゅぅぅ」

0-40

「(あと1回でたしか、1ゲーム取られちゃうんだっけ…どうしよう。ここでヘマしたら私……)」
「おい、くるぞ」
「は、はい!」

ここで決めなきゃ、まずい。海堂くんもなんか目が血走ってるし、どうしよう、ミスしたら、やばい手の震えが止まらない。
相手側の女子がサーブを決めた、こっちに来る!

「えい!」

やっと返せた!
ほっとするつかの間もなく、ボールは帰ってくる。また私の方!?

「危ねぇ!」
「え!?」

何かを踏んだ感触と共に、私の視界は激しく揺れて地面に落ちていく。
やばい、このままじゃボールが顔面に当たる!
反射的にぎゅっと目を瞑るが、ボールが顔に当たる気配が全くない。それどころか、転んでもいなかった。

「……海堂、くん…?」
「怪我はねぇか」

身を挺して私を庇って、私を受け止めてくれた海堂くんの足元には、ボールが転がっていた。
いくらテニスボールが打った時の40パーセントの威力しか伝わらないとは言え痛かった筈だ。

「海堂くん!大丈夫!?」
「平気だ。それよりお前、足捻っただろ」

海堂くんのことだけで頭がいっぱいになって気づかなかったけど、確かに動かすとズキリと針で刺されるような痛みが走る。

あ、意識したらますます痛くなってきた。

「ごめん、海堂くん。これじゃぁ試合できないね」
「お前がそんな状況なのに、試合なんて言ってられるか!保健室行くぞ」

海堂くんが私に背中を向けると、乗れ、と一言だけ告げた。
え、乗れ?

「おー!良かったじゃねーか名字!海堂タクシーだぜ!ははは!」
「うっせー!桃城!」
「桃城くん!からかわないで!……海堂くん、私は大丈夫だし、重いからいいよ」
「……いいから乗れ」

ギロりと睨む海堂くんの威圧ほど怖いものなんてないんじゃないんだろうか。
委縮して小さくはい、とだけ返事をすると、彼の広い背中におぶってもらった。
めちゃくちゃ周りからの視線が痛い。

「お、重くない…?」
「トレーニングで慣れてるから平気だ」

重いってところは否定してくれないのね…。
軽くショックを受けつつも、短パンから少しはみ出る太ももに海堂くんの指が少しだけ食い込んで恥ずかしい。
ちょっとふにふにされているような気が。

「着いたぞ。先生は居ないようだな」
「ありがとう。あとは自分で何とかするから、海堂くんはテニス誰かと打ってきて」

小耳に挟んだていどだが、大きな大会を目前にしているようだから少しでも練習の時間を増やしてあげたい。
良かれと思って言ったのに、海堂くんは

「そんな足で何が出来んだ、黙って座ってろ」

と、冷たく口では言いつつも、手際良く私の足を上げるための椅子と氷嚢の準備をし始めた。

もったいないな。言い方がぶっきらぼうなだけで本当は凄く海堂くんって優しいのに。

「触るぞ」

まるでガラス細工に触れるように、優しい彼の細くて、でもゴツゴツとした男らしい指先が私の足首に触れた。

どうしよう、なんか、どきどきしてきた。

「…ひぁ!」

唐突に氷嚢を乗せられて、変な声が出てしまった。穴があったら入りたい。

恥ずかしいのは私のはずなのに、海堂くんはこっちが赤くなってしまう程に顔を何故か赤面させていた。

「馬鹿野郎!変な声だしてんじゃねぇ!」
「ごめんなさい!」

表向きでは怒ってても、やっぱり本当は心配してまだここに残ってくれてた。のはいいが、さっきのこともあってか、沈黙が気まづい。

共通の話題……あ、そうだ。

「……あのさ、海堂くんって、占い見たりするの?」
「あぁ?朝にテレビで流れてるから見てるけど、それが何だよ」
「サーブの時、俺は今日1位だったから…とか言ってたから、海堂くん占い信じるなんて意外って思って……」
「普段は占いなんざ信じねぇが、あの占いだけは星座占いの癖によく当たるからな…特別って奴だ」
「星座……。私も星座の占い見るんだ。本当によく当たっててさ、今日私最下位だったんだけど、本当にその通りの1日だった」

よし、話が軌道に乗ってきたぞ。
このまま話を広げてさっきの気まずさを振り払おう。

「ああ、魚座は足元には気をつけろって言ってたしな」

あれ、なんで海堂くん私の星座知ってるの?
でもこれ聞いたらまた気まづくなるし、スルーしとこう。

「まったく、ついてないよね。ペア戦では桃城くんと当たるし」
「それは同感だ」
「あ、桃城くんそう言えば私の漫画借りパクしてるから返してもらわないと」
「桃城の野郎に物なんか貸すからそんなことになるんだ、バカ」

バカってなによ。いくら何でも失礼じゃない?ちょっとカチンときたな。
ちょっとくらい言い返してやる。

「私のこと悪く言うのは構わないけど、桃城くんのこと悪く言わないでよ」
「んだよ…お前、桃城のこと好きなのかよ」
「はぁ!?んなわけないじゃん!」
「じゃぁ、なんで桃城と話したり、桃城の話ばっかすんだよ!」
「たまたま一緒にいるからそーなるの!そんなに怒んなくてもいいじゃん。海堂くんこそ、私に桃城くん取られて拗ねてるんでしょ!」

「はぁぁ!?馬鹿かお前!むしろその逆だ!」


「……へ?」

寧ろその逆って……もしかして……。

「……」
「……」

再び訪れる気まずさというか、羞恥心が凄い。
氷嚢もすぐに溶けてしまうんじゃないかってくらいに、私の体と顔は熱くなっていく。

「えと、その、海堂くん……」
「ちげぇよ!今のはその、勢いで出たっつーか、……ぬぁぁ!」

恥ずかしさにのたうち回る海堂くん。ちょっと可愛いかも。

ぶっきらぼうなのに優しくて、意外と恥ずかしがり屋で、ちょっとおっちょこちょい。
これがギャップ萌えというものだろうか。

ヤバい、さっきまで桃城くんみたいに言い合いしてたって言うのに、キュンときてしまった。

「兎に角、今のは忘れろ!絶対にだ!」
「え〜、どうしようかな〜」
「テメェ!」
「私はテメェじゃありません。ちゃんと名前で呼んでよ」
「チッ……名前」

思わぬ不意打ちを喰らっては、また顔に熱が集中する。確かに名前とは言ったけど、下の名前とは言ってなかったから紛らわしかった。
このままだと、林檎になってしまいそうだ。

「えーと、あの、てっきり名字で呼んでもらえるかと思ったんだけど……」
「なっ!?」
「でも名前でもいいよ?」
「も、もう呼ばねぇ!つーかおちょくるんじゃねぇ!」

なんだ、海堂くんってからかうと面白い普通の男の子じゃん。

「ふふっ、海堂くんっておもしろいね」
「あんまり舐めてかかってると痛い目見るぞ」
「でも海堂くん、何やかんやいって優しいから大丈夫って信じてるよ」
「……」

ひまわりの種が欲しくて、種を追いかけ回すハムスターを見ている気分だったのに、私の視界にいきなり海堂くんドアップに写って思考が停止する。
ついでにいつの間にか顎も手で僅かに上げられていて、傍から見ると今にもキスしそうなカップルだ。

「うるせえから塞いでやろうか、その口」

まさか少女漫画で聞いたセリフを聞くことになるとは思わず、ムードをぶち壊すように吹き出してしまった。

「ふふふっ、あはは!」
「テメ…名字!なんで笑うんだよ!」
「いや、海堂くんが凄い臭いセリフ言うから…ふふ」
「(なんだよ、女はこういうセリフに弱いんじゃねーのかよ!不二先輩!)畜生…お前なんか…嫌いだ!」
「私は海堂くんのこと、好きになったかな」
「……!?」
「あれ、私の嫌いならそのリアクションはおかしいでしょ?」
「……クソッ!なんで俺がお前に翻弄されてんだよ!」

サディストの気持ちは今までまったく理解出来なかったけど、今なら何となくわかる気がする。
ただ純粋に楽しい。

でも、さっきのは海堂くんセリフは置いといてカッコよかったなぁ。
それに、面白くて可愛くて、案外抜けてることもあって……。

あれ、もしかしてわたし、海堂くんのこと。











私には好きな人がいる。

席替えで隣になった海堂くんだ。

素直になれなくて、冷たい態度をよく取るけど優しくて、目つきは悪いけどカッコよくて、怒りっぽいけどどこか抜けてて可愛くて、昨日なんてちょっと手が触れたくらいで真っ赤な顔してた。

兎に角、私は彼が好きでしょうがない。


「海堂くん、好きだよ」
「……な!いきなり、な、何言ってんだお前!」
「何となく言いたくなったの。んで、もし嫌じゃなかったら、私と付き合ってくれないかな?」

なんとなくなんて嘘。今日の占いは1位だったから。

「……しょうがねぇな、付き合ってやる」

やっぱりあの占いはよく当たる。


私って、ついてるなぁ。
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