※主人公がストーカーの変態です。



「あー……海堂くん可愛いねぇ…」
「気持ち悪ぃ!ジロジロ見るな!」
「嫌がってる顔もたまらん」
「お前が嫌いだ!」
「私は好きよ!」
「勘弁してくれ……」

海堂くんのストーカー歴一年弱の私は、今日も元気に(わたしを避けようと必死になる)彼に(無理矢理)話しかける。
はぁ、海堂くん今日も可愛いなぁ。あのバンダナも今まで見てきたコレクションになかったから、新作かな。確か海堂くんの家の近所に売ってたはずの奴だよね。ちょっと布の質がいいから高かったから買うの迷ってたのかな。あー、その姿想像するだけでも可愛い。
あの鋭い眼差しで一生懸命考えてて、他の人にビビられてる絵面が浮かんでくるわ。睨まれてるバンダナになりたい。それかバンダナを買うだけのお金を貢ぎたい。海堂くんのATMになりたい。

「おい、これから俺はランニングで走る。お前はついてくんなよ」
「私がトイレに行ってる間にでも黙って置いていってもいいのにわざわざついてくんな宣言してくれるのホント好き」
「な!馬鹿野郎!ただ、ついてくんなっつってるだろ!」
「ああー、ちょっと焦ってる顔もいい。写真撮りたい。海堂くんの連続撮影を永遠としていたい」
「ったく、きもちわりぃ奴だな。とにかく来るなよ」
「それは無理な話だね。ストーカーの名が廃るよ」
「廃れろ!」

例え毎日25キロ以上走っててもついて行くよ。自転車だけどね。
海堂くんのストーカーになるためには物凄く体力面と精神面がタフじゃないといけなかったから最初の頃はトレーニングについて行くのが大変だったけど。今は全く苦じゃない。
寧ろ海堂くんと同じ道を歩いて、(自転車だけど)トレーニングの苦しさを共感できるのが最高だ。

「それじゃぁいつも通り30メートルぐらい離れて見てるね」
「ふしゅぅぅ……もう、勝手にしろ…」
「あ、海堂くん。塩飴とドリンクとポーチだよ」
「んなもん要らねぇ」

準備運動をする彼の背中を見ながら全部セットになったポーチを渡そうと手を伸ばす。
ただのストーカーってだけじゃなくて、勿論彼のために何かしたいから、何か海堂くんの役に立ちそうなものは全て実費で購入している。
気持ち悪いって?ストーカーの時点でもう充分気持ちが悪いのは自覚しているから大丈夫。

「ダメ。今日は温度が昨日よりずっと高いんだから。バテて練習出来なくなったら本末転倒だよ」
「余計なお世話だ」

1度断った海堂くんを説得するのは案外至難の技だからどうしたものかと、頭を悩ませていると、大きな人影が私を覆った。

「名字の言う通りだぞ」
「乾先輩…」
「乾先輩こんちは!」

海堂くんのデータをiClo〇d並に共有している乾先輩がぬらりと現れた。ナイスフォローです先輩。

「お前が熱射病になる確率はそれを持っていかないと飛躍的に上がるぞ」
「ちっ……。乾先輩がそう言うなら…仕方ねぇ」
「わーい!乾先輩ありがとうございます!はい、海堂くん」

心底嫌そうに私のポーチを受け取り、渋々着用してくれる彼は、苦虫でも噛んだような顔で私に小声でお礼を言う。勿論目線は合わせてくれないが、それもいい。ていうか、嫌いな相手でもちゃんとお礼を欠かさないとこも最高。

「じゃぁ、行ってらっしゃい。車には気をつけてね」
「ついてくるんじゃねぇのか…」
「え!?なになに!?ついてきて欲しいの!?」
「違ぇよ!!さっきまでついてくってうるさかったじゃねぇか!」
「ふふ、そんな心配しなくてもちゃんと海堂くんがどこにいるか分かるから大丈夫だよ。あとから行くね」
「だから、ついてくんなよ」

それだけ言い残すと、海堂くんは颯爽と私達の前から立ち去って行った。
しかしいつ見てもたまらん美脚のふくらはぎである。私の中でウルトラ国宝だ。

「さて、海堂のデータの更新をするか」
「はーい」

私が彼と同時に出発しなかったのは、乾先輩との海堂くんのデータ更新があったからだ。
というか、今日は元々その為にテニス部に来たんだよね。

「あれ、海堂の追っかけの子じゃん。何してんの?」
「菊丸先輩、こんにちは。海堂くんのデータ更新と共有を乾先輩としてるところなんです」
「うわぁ、プライバシーもへったくれもないことしてんね」

軽く引いている菊丸先輩だが、やはり少しは興味があるようで私達のケータイとノートを覗き込んだ。

「わ、凄い。乾よりもデータ多いね」
「一緒のクラスなので当然ですよ。私は主に私生活の海堂くんのデータを、乾先輩は、テニスをしている海堂くんのデータを共有してるんです」
「利害関係という奴だな。そして名字のデータは俺もドン引きレベルの正確さだから、重宝している」
「(乾がドン引きとか言った…)名字ちゃんはそんなにも海堂のこと好きなんだね」
「はい!」
「それじゃぁ告白しちゃいなよー!案外お似合いかもよ」

にゃははと、爽快に笑いながら私のリアクションを見る限り、変態でも照れたりするのか疑問に持たれていたのだろうか。

だが、私は期待を裏切るぞ、例え相手が先輩でもね。

「ん?付き合う?そんなことしませんよ?」
「「……え?」」

流石の乾先輩もそれは予測できていなかったのか、2人は唖然と私を見る。
だって自分が気持ち悪いアイドルの追っかけだとして(実際そうなんだけど)、その人達に貢ぎまくるのは良しとしよう。

だけど恋愛レベルにまでなるのはちょっとヤバい。頭おかしいと思う。

あと海堂くんは神聖な天使だと思ってるから、私のような下等生物が触れていいものだとも思ってないし、実際にストーカーはしているが触れたことは1度もない。

そう、海堂くんはいわば私にとってアイドル兼天使兼崇拝対処なのだ。

だから付き合う気なんて、さらさらない。



****


「ん?付き合う?そんなことしませんよ?」

忘れ物をとりに帰ってきたら、偶然聞いてしまった会話に驚きを隠せないでいる俺は、あの3人に見えない死角で呆然としていた。

いや、なんで勝手にふられた気分になってんだ俺は。寧ろこんなに都合のいいことを聞けてラッキーだと喜ぶべきだろう。

そうだ、あんな奴に心を引っ掻き回されてたまるか。

「え、なんでなんで!?好きって言ったじゃん!」
「はい、大好きですよ。彼の家の壁になりたいくらい」
「あ…そうなの…。でも、普通はあれだけ好きなら私だけのものにしたいって思ったりしない?」
「海堂くんの素晴らしさは皆で分かちあうべきです。独占などもってのほかですね」

相変わらず気色悪い名字がこんなことを考えているたとは思わず、方向性は間違っているけれど根は良い奴だと改めて感じさせられる。

……って何やってるんだ俺は、さっさと忘れ物を取りに…

「えー、じゃぁ、海堂に恋人ができたらどーすんの?」
「そうですね、ストーカーやめます」

「(なんだと!?)」

いつもは俺と同等かそれ以上の粘り強さで俺を追跡してくるくせに、あまりにもあっさりストーカーを辞める宣言をしやがった名字。

あいつの精神力の強さを認めていた分、そこは粘れよとツッコミを入れたくなる。

くそッ、なんで今すぐ居なくなればいいと思ってた奴にこんなこと一瞬でも思っちまったんだ…!

「海堂くんの幸せが私の1番ですから」
「じゃぁストーカー辞めてあげなよ」
「それは無理です」

俺の幸せを渇望している癖してストーカーは辞めない。
本当に意味がわからない奴だ。

しかし、さっき言ってたことが本当なら、誰かに理由を話して適当に恋人を演じてもらえばストーカーは終わるのではないだろうか。

しかし、周りにそんなことを頼める女子は居ない。こんな時にあの誰にでも話しかけられる桃城が恨めしい。


「んー、名字ちゃんって変わってるね」
「そうですかね?海堂くん以外のことだと全く普通ですよ」
「そんなことは無いぞ。名字は結構な人数にモテてい……」
「乾先輩、余計なことは言わないで下さい」

……嘘だろ、あいつがモテている…?ハッ、こんな奴の何処がいいんだよ。

今朝だって俺のランニングコースの後ろを永遠とついてきながら小学生達に笑顔で挨拶を返していたし、昼休みには俺の弁当を食べているところを見ながら昼食を忘れた桃城におかずを分けてやってたし、放課後は俺の練習を観察しながら生徒会の仕事をボランティアでこなしていた……って良い奴だ!!俺のストーカーをしながらも普通に良い奴!!

それに記憶力も悪くねぇから、誕生日には必ず祝ってくれるあいつに気を悪くする奴は少ない。寧ろそれの逆がいてもおかしくなかった訳だ。

こいつ、ストーカー要素省いたらわりとまともだな。

「そう言えば名字ちゃんは、よりによってなんで海堂をストーカーするようになったの?」

「!!」

それは俺にも未だに分かっていない疑問だったので、思わず耳をたてて聞き入ってしまう。

そうだ、どうしてそのマトモな状態で俺に接触してこなかった。

「それはですね……」

何故か早まる鼓動が、静寂の中でやたらと響く。

入学してから俺が話しかけたことも、優しくした覚えもねぇお前が何故俺にそこまでするのか、気にならないと言えば嘘になる。

この会話、聞き逃せねぇ。

「おーい、海堂!そんな所で何やってんだ?」
「も、桃城!テメェ…!」
「え!?海堂くん!?いるなら早く言ってよ〜!おかえりなさい、どうしたの?忘れ物?お腹減ったの?」
「くそッ、あとすこしだったのに…」
「どうしたの?なんかあった?」

当の本人は俺がどこまで聞いていたか検討がつかないが、乾先輩は大体察しがついているのか若干笑っている。腹立つな。

「何でもねぇよ…」
「あ!もしかして私が居ないのが寂しくて戻ってきたの?」
「んなわけあるか!」
「照れなくてもいいって」

どこまでも頭のめでたいやつだ。
しかし、さっきの疑問の真相が知りたい気持ちはまだ胸につっかえたようにモヤモヤと残骸を残している。

こうなりゃ本人に直接聞き出すしかねぇ。
しかし、他の3人に会話を聞かれたくない俺は、名字の腕を引っ張って人気のない場所へ連れていった。

きっとこいつのことだろうから、この状況を無駄にはしゃいでる顔してるに違いないと後ろを振り向くと、

「……」
「お前……」

これでもかと言うほど動揺して、顔を赤くしている。
俺はこんな普通の女子の名字を俺は1度も見たことがなかった。

なんせ、今まで俺が一方的に話かけられるだけで、こいつに話しかける、いやましてや手を引いてどこかに連れていくなんてこともなかったわけで、案外押しに弱い性格だと弱みを握れた気分になる。

「なんだよ、その程度で赤くなりやがって」
「…そういう海堂くんも赤いよ…」
「うるせぇ……」

あまりにも恥ずかしそうにされて、無意識につられて赤面していたようだ。

「で、なんでここに連れてきたの?」
「お前はなぜ俺のことをそこまでつけるようになった?」
「聞きたい?聞きたいんでしょ、しょうがないなぁ」

いつもの調子に戻りやがった。相変わらずいちいち癪に障る話し方をするな。
少し制裁を加えてやるか。

「ちょっ、海堂くん、近くない?」
「お前の答えを聞き逃さねぇためだ」

壁際に名字を追いやって、限界まで顔を近づける。
やはり押しに弱い名字は、狼狽えているようだ。

……こいつ近くで見ると意外と…。

「か、海堂くんのいけず!すっとこどっこい!」
「なんだと?」
「わああ!近い、近い!」

普段はあんなに掴みどころのない変態なのに、俺が攻めればただの女子。
これから俺が嫌がることがあれば、こうして罰を与えてやるのが1番覿面かもしれない。

「……そのね、海堂くんにずっとつけてたのは…」
「……」

ただし、

「一目惚れ、だから…」

俺にも熱の出る副作用があるようだ。
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