翌日。寝坊も遅刻もすることなく、無事に集合場所に10分前についた私は海堂くんを見つけた。
わぁ、予想通りシャツの方のコーディネートだ。カッコイイ……。

「海堂くん、おはよう」
「…おはよ」

なんだかいつもより素っ気ない気がしたけど、気の所為かな。
目もあんまり合わせてくれないし…。
せっかく頑張ってコーディネートしてきたのに、ちょっと残念かも。

「それじゃぁ行こっか」
「おう」

でも、10分も長くいられるなんてなんかちょっと得した気分かも。
海堂くんといつも通りたわいないお喋りをしながら猫カフェに向かう道中、車道側をさりげなく歩いてくれる優しいところにキュンとした。
やっぱり私、海堂くんのこと……。

「着いたぞ」
「あ、本当だ」

少しぼぅっとしていたら、通り過ぎていたようでちょっと露出していた肩に海堂くんの手を乗せられて止められた。

すこし、触れられたとこがあつい。

「いらっしゃいませ」

店内に入ると、店員さんから諸注意をいくつか聞いて、消毒をする。

海堂くんは、こんなにも猫が沢山いるところに来るのが初めてなのか、凄くうずうずしているみたいだ。最近分かったけど海堂くんって、気持ちが意外と顔に出やすいんだよね。
周りの人はあんまり分かんないみたいだけど、なんだか皆の知らない海堂くんを独り占め出来ているみたいで、ちょっとした優越感があるなぁ。

とりあえず1時間コースを頼んで、猫が逃げないように付けられた柵を開ける。

「さて、海堂くん。どのこからにする?」
「……フシュゥゥ……」

選り取りみどりとは言っても、皆私ばかりに近寄ってきて海堂くんの方は明らかに避けられている。
なんというか、申し訳ないな。

でも、猫が近くにいる今こそ、特訓の成果を見せる時だよ、海堂くん。
私は店から許可をとって持ってきた猫じゃらしを頑張って、と彼に渡す。

「チッチッチッ…」

おぉ、上手くなってる。海堂くんやっぱり飲み込み早いなぁ。
猫達は気づけば何匹も海堂くんの猫じゃらしに釘付けになっていた。いいぞ、その調子。

「!」

遂に1匹の猫が、海堂くんの猫じゃらしに飛びかかる。
動揺して、ちょっとだけ焦りが見えた。
このままじゃ、猫じゃらしが速すぎて猫が追いつけなくなっちゃう。

「海堂くん、落ち着いて」

猫に逃げられて、ガッカリする彼の顔を見たくなくて、思わず腕を後から掴んでいた。

「こうして、もう少しゆっくり……」
「お、おまえ、名字っ……!」
「あ、ほら!またじゃれてるよ!」
「あ!お、おう!」

こうなったら猫はしばらく食いついたままだから、もう大丈夫だろう。
ひと安心してから今の体制を冷静に見てみると、私が半分海堂くんに抱きついてるみたいだった。
それに、トレーニングで鍛え抜かれた腕もしっかり触ってしまっている。

今更ながらにこみ上げる羞恥心と、友人からの恋だ、なんて言葉を思い出して素早く手を離した。

「ご、ごめんね!余計なことを…」
「いや、お陰で猫が寄ってくるようになった」

ありがとな、そう言って私の頭をポンポンと優しく撫でる。
今なら私、猫になってもいいかも…。

ここまで来たら、もう海堂くんへの恋心を認めざるおえない。

そう意識し始めてから、猫カフェに来ているのにずっと視線は彼の方ばかり見てしまうようになった。

すき、好き、海堂くん。

今猫になれたなら、あなたの膝に行って思い切り甘えたい。
でも、今日はただ純粋に猫と戯れに来た彼に、こんな気持ち言えるわけないけど。

「そろそろ時間だし、行こっか」
「フシュゥゥ…そうだな、満足だ」

次があるのか分からないのに、ポイントカードまで作ってしまった。

…あれ、これは確か2ポイントのはずなのになんで3ポイントになってるんだろう。

「あの、なんで1ポイント追加なんですか?」
「カップルサービスです」
「な!カップル…!?」

いち早く反応したのは海堂くんだった。
そんなに勘違いされるのが嫌だったのかな。

「ありがとうございました」

店を出ると、お互いにどこかよそよそしい雰囲気になってしまった。
どうしよう、海堂くんにとってはいい迷惑だったかもしれない。そんなつもりで来てるわけじゃないのに、って思ってるかも…。

さっきまでなら適当な話題作りがスグにできてたのに、頭がパンクしてて何も話題が出てこない。

「飯、うまい場所連れてってやる」
「…あ、うん!よろしくお願いします」

気まずさに耐えきれなくなったのか、珍しく海堂くんが口を先に開いた。
あの無口な海堂くんが話すんだから、相当この沈黙が嫌だったのだろう。

ダメだ、これじゃぁせっかく海堂くんが付き合っててくれるのに申し訳ない。
なんとか会話を続けようと、この辺りのお店に詳しいのか聞いてみる。

「いや、この辺は家から逆方向だからな。よく知らねぇ」
「え、でも美味しいお店知ってるってことはてっきりこの辺には詳しいのかと…」
「そ、それは……たまたま知ってただけだ…」

嘘をつく時に視線をちょっと外す癖があることを知っていた私は、彼が本当にここに詳しくないのだと悟った。
にしても、この辺りに詳しくないのに美味しいお店を知っているってことは…もしかして、海堂くん下調べしててくれたのかな。

やばい、もしそうだったら、嬉しすぎてしんじゃうかも。

「そっか、そっかぁ、えへへ」
「何笑ってんだ」
「ううん、何でもない」

きっと海堂くんの彼女になる人は大切にされるんだろうなぁ。
海堂くんはどんな人を彼女にするんだろ。

彼と同じできっと優しくて努力家な子かな。
それとも、意外とおっちょこちょいで守ってあげたくなる子とか…。
なんか考えてたら自分とはかけ離れた感じの女の子ばっかりで虚しくなってきた。

いやいや、こんなネガティブになっちゃダメだ。
今は海堂くんと居ることを楽しまないと。








「美味しかったね」
「ああ、手打ちそばは麺のコシが違ぇな」

昼食も食べ終わり、店を出ると2人とも立ち止まった。
……さて、これからどうしようかな。

海堂くんはもう用事は済んだから、多分帰りたいはず。でも優しい彼は多分そんなことは言わないで付き合ってくれるだろう。

私としてはまだ海堂くんと居たいけど、彼に迷惑かけちゃいけない複雑な心境に立たされている。
本当に彼のことを思うなら、ここはもう返してあげた方がいいんだ。

「海堂くん、それじゃぁ今日はこれでお開きにしよっか」

猫じゃらしと一緒で、恋の引き際もまた大切。
彼に好かれたい以前に、しつこい女だと嫌われたくない。
寂しいけど、仕方ないよね。

「……俺は、もう少しお前と居てもいい」
「え」

きっと今の私は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているだろう。

彼の表情を伺うと、私の気持ちを察して無理に付き合ってくれているわけでも無さそうだ。

ということは、これは彼の本心からの言葉で、私と居ても構わないって言ってくれたわけになる。

なにこれ、わたし今日しんじゃうのかな。

「…うん、ならまだ遊んでいこっか」

猫じゃらしみたいに、恋の駆け引きなんて出来るほど器用じゃない。

すき、一緒に居たい。

それだけの気持ちだけで、今は充分だ。

私は歩幅を合わせてゆっくり歩く海堂くんの隣を歩き出した。



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