「お前さんは恐ろしいのぉ」
「え?」
突然の言葉。そりゃあ驚いてそんな顔にもなる。大きな目をぱちくりさせてきょとんとした顔がくるりとこっちを向いた。
「無意識なところが特に」
な、なんの話ですか?そう戸惑う彼女を置いて話を続ける。
「こっちの気も知らんと、ほんと。狡いやつじゃ」
夕焼けが地平線へと落ちてゆく。
もうすぐ、夜が来る。
「わ、わたし、何かしましたか?」
あわあわと、慌てて顔を真っ青にし始めた彼女の陰がゆらゆらと揺れる。
「そういう、ところが、じゃ」
彼女の巻いていたマフラーをぎゅっと締める。
このまま強く締めてしまおうか。そんな恐ろしい思想が一瞬思い浮かんで直ぐ打ち消した。
「それで、どうなんじゃ。最近、越前とは。連絡取り合ってるんか」
ど、どうして突然リョーマくんの話になるんですか?さっきまで青ざめていた顔がたちまち赤に変わる。
「なにって、お前さんの恋の応援をしてる俺にとっちゃ気になる話じゃしな」
偽りの言葉はどうしてこうも簡単に出てくるものか。
本当の言葉を伝えるより「ほんとう」かのように口をついて出る。
「は、話がめちゃくちゃですよ…!そ、それに私はリョーマくんは尊敬しているというか…憧れてるだけで…その…あの…」
歯切れの悪くなった口元と朱色に染まった頬。それは夕焼けを背しているせいかさらに濃く見えた。これが憧れを抱いている相手にする態度なものかねぇ。
「で、どうなんじゃ?」
近くにあった小石を蹴った。
それはゴミ箱に当たり勢いよく跳ね返る。
「…て、手紙はだしてますけど、返事はまだ一度も、無いです…」
自分で発した言葉にショックを受けたんだろう。肩をガックリと落とし表情を暗くする。まるで百面相じゃな。
「ふーん」
いい気味だ。そう言い掛けそうになって言葉を飲み込む。
馬鹿か。小さな子供じゃあるまいし。
この子といると調子が狂う。もう、ずっと、狂ったままだ。
「…尊敬っていえば、私、仁王さんも尊敬してますよ…」
「は?」
突如として出された自分の名前に動揺して素の声が出てしまう。また急に、何を言い出すんだこの子は。
「テニスの練習に、こうして遅くまで付き合って下さったり、帰りも、送って下さったり。凄く、優しいところが」
「テニスは自分の練習のついでじゃ。それに送ってるんじゃなく駅まで一緒だからじゃ」
「わたしのへたっぴな練習は仁王さんの足しにはひとつもなりませんよ。それに帰りも、本当は早く帰ろうと思えば早く、帰れますよね」
やっぱり、優しいです。そうしてふんわり笑う。
狂いっぱなしだ。この子といると。なのに、どうして離れていかない?自分から離れれば、そう、いいではないか。
このわかりきった感情もなにもかも、自分には要らないものではないか。
なのに、何故?
「…お前さんはやっぱり、恐ろしい奴じゃ」
「え?」
「無意識なところが、特に」
「だ、だから、あの、なんの話ですか?」
「…こっちの、気も、しらんと。狡い……。狡い…奴じゃ…」
吐く息が白い。寒くて身体は震えているのに顔は熱かった。
この感情に名前は要らない。わかりきった最期でも、まだ、まだ。まだ。
さっきよりも沈んだ夕焼けが辺りを赤へと塗り替える。
先ほど蹴った小石も夕日を浴びながら赤々と色づいているように見えた。
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