ウインターランドスケープ | ナノ




はあ、と息をはきだせば乳白色の小さな雲。

心地よい風が肌に触れれば気持ち良かった季節は過ぎ去り、
ぶ厚いコートとマフラーと手袋の三点セットが手放せなくなった。
どうしても露わになってしまう顔に空気があたれば痛い程だ。

「冷えますね」

鼻の頭を赤くした竜崎さんがマフラーに首をうずめながら言う。
露わのままの白い頬も少し赤くなっていた。

「そうだね。最近一気に寒くなって、冬本番、って感じだ」

ほんとですね、と小さく笑う彼女の吐く息が夜の深まる空へと消えてゆく。

「あ、あの…今日は、こんなに遅くまで付き合わせて、本当にすみませんでした…!」

長い三つ編みが地面に付いてしまうんではないかというくらい腰を曲げ謝る彼女に思わず慌てる。

「そんな。気にしないで。竜崎さんのせいじゃないよ。俺も夢中になって時間をきちんと見ていなかったしね」
「いえ、元はといえば私が…」
「竜崎さん、」

彼女の口元にそっと人差し指で戸を立てる。
行き先を止められた言葉をこくんと飲み込んだ音がした。

「そんな顔、しないで。今日はたまたまこのコートで出会って、自分から君のサポートを買って出た。だから、竜崎さんのせいじゃない。俺の意志だよ」

そう言えば、まだ悪いと思っているんだろう、戸惑いを残しながらも微笑む彼女にほっとする。

「…ありがとうございます…」
「どういたしまして」

お互いくすりと笑った。

今日は趣味のガーデニングもなんとなく気が乗らなくて、午前中には切り上げてしまった。
なんだかボールを打ちたい気分になって蓮二や弦一郎を誘ってみたがどちらも用事があるようで。
仕方なくひとりで市営施設に来てみればさすがは休日。どこのコートもマシーンも埋まってしまっていた。
そこで、都内にある比較的大きなスポーツ施設に行くことにした。
そこで彼女とばったり会ったという訳だ。

「それにしても、ここにはひとりでよく来るのかい?」
「はい。部活の練習が無い日はできるだけ」

暗い並木道が続く。灯りはぽつりぽつりとあるだけで二人の歩く場所を照らすには少し物足りなかった。

「誰かを誘わないの?」
「へ、へたっぴなので誘うのも申し訳無くて…」
「ふふ。そっか。でも本当は誰かと打ち合った方がいいな。機械相手に慣れてしまうのはよくない。出来るだけたくさんの、いろんな人と打ち合った方がいい。経験はたくさん積んでおいた方がいいしね」

経験を積むことはテニスに限らず言える事だけど。
そう言えば、なるほど、と大きな瞳をキラキラとさせこくこく首を何度も縦に振る姿がなんとも彼女らしくて頬は緩む。

「それに、こんなに暗い道をひとりで歩くなんて危ないよ。今日は俺がいるからよかったけど」
「いつもは暗くなる前には帰るようにしてます。おばあちゃんにもそう強く言われてて」
「そう。なら、よかった 」

心配して下さってありがとうございますとまた三つ編みが地面につきそうな程腰を曲げる彼女に思わず苦笑する。

「そんなに他人行儀にしなくていいのに。もし、相手がいないようなら、いつでも俺を誘ってよ。竜崎さんの相手ならいつでも大歓迎だ」
「そ、そんな!今日1日幸村さんに指導して頂いただけでも有り難すぎるのに…。本当にわたしなんかに…」

眉を八の字にする彼女にもう一度苦笑してぐっと顔を近付ける。

「竜崎さん。」
「はっ、はい!」

距離を突然詰められてどうしていいのか解らないのだろう、さっきまで寒さで赤くなっていた頬に違う赤みが加わる。

「そんな寂しいこと、言わないで。俺は立海では部長として振る舞うけど、部活のない休日はあくまで俺個人として、ただのテニスが好きな中学3年生の幸村精市として行動する。だから、今日は竜崎さんとテニスが出来て本当に嬉しかったよ」

そう言えばみるみるうちに頬はピンク色に染まりはにかんだように微笑む。
そんな姿に一瞬目を奪われて思わず本音がぽろり、出てしまう。

「それに、竜崎さんに凄く、会いたいなって、思っていたから」

凄く、を強調して発した言葉は少しの期待と下心。けれど、

「わたしも幸村さんにお会いしたかったです! あの、そう言って下さって嬉しいです!」

それは天然無垢な満面の笑顔で跳ね返された。

竜崎さんの会いたかったと、俺の逢いたかったは、少し違うと思うけれど。
それは今は言わないでおこうと、苦笑と共に心にしまった。


「あれ、そういえば。竜崎さん、手袋はしないの?」

彼女の小さなそれに寒さを防ぐものが着いていない事に気がつく。

「あ、今日忘れて来ちゃって 」

朝慌てて出て来てしまって。だめですね。と、苦く笑いながら寒さを少しでも紛らわすように掌をこすり合わせ自らの吐く息で染めあげていた。

「そうだったんだ。早くに気付かなくてごめんね。はい、よかったら俺のを使って」
「だ、大丈夫です!それに、それじゃあ、幸村さんが寒くなっちゃいますよ」

お気持ちだけ頂きますねと微笑む彼女に差し出した水色の手袋が2人の間で宙に浮く。

「俺は寒くないから。使って」
「そ、そんな事ないです…。本当に、私は大丈夫ですよ」

中々折れてくれない優しすぎる彼女にうーんと、しばらく考える。
そして、はたと、思い付く。
お互い寒くならず、否が応でも彼女を納得させる、とっても、いい方法を。

「それじゃあ、はい。これ。竜崎さんは右手につけて」

ひとつだけ渡す手袋に
きょとんとし、頭にハテナマークを浮かべる彼女。

「で、俺はこっち、これは左手につける」
「そ、それだと幸村さんの右手が!」

戸惑うままの彼女に、ふふ、と笑いかける。きっとこう慌てるだろうと、予想していたから。

「大丈夫。これで、お互い、寒くならない」

え、どうして、と言いかけた彼女の左手をきゅっと握る。
ええ!ともっと慌て始める彼女をよそに握ったままの手をコートの中招き入れた。

「ね?これで、2人一緒に、暖かい」

息がかかるくらい顔を近付けてそう言えば、何が起こったのか解らなかったんだろう。
一瞬の間の後、顔を徐々にに沸騰させてゆく。
え、え、あ、あの、え、ゆ、ゆき、ゆきむらさ、と舌が回らなくなった口とぐるぐると目を回す彼女に笑い出したくなるのを堪える。
繋いだ手から、熱さが伝わる。

「さぁ、帰ろう。駅までどれ位かなあ。身体も暖かくなってきたし、ゆっくり、歩いて帰ろうか」

そう言えば口をぱくぱくしながら真っ赤のままぽかんとする彼女にやっぱり我慢できずに声を出して笑ってしまった。


分厚いコートとマフラーと手袋と。
右ポケットには暖かい君の左手。

ひとつ、増えたそれをこの冬はなかなか手放せそうにない。


はあと、息をはき出せば、
さっきよりも暖かそうな乳白色の白い雲が、夜空にふたつ。
消えては、また、浮かんでいた。




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