(後編) | ナノ



(後篇)


彼女達の背を追って門を曲がると細い道がいくつも連なっていた。

深呼吸をひとつ、する。
この道には明るくない。だが、そんなに遠くへは行ってない筈だ。
この足なら追い付ける。
それに東京に住んでいたころ、何度か通ったこともある。
記憶の片隅に残っている地図を無理矢理に思い出す。

焦っては駄目だ。焦っていい結果を出した事など一度もない。
そう自分に言い聞かせながらも足は言うことを聞かず暴れるように疾走する。
先刻から頭の中を青から赤にかわる信号機の点滅が何度も何度も反芻する映像が流れこんでくる。
悪い予感ばかりが脳裏を掠めてその度に振り払う。
頭を何かで殴られたように痛い。
胃の奥が押しつぶされるような不快感。
うまく、呼吸が出来ない。

傘を放り投げた。

竜崎。
竜崎。
竜崎。

竜崎、どうか、
どうか、無事で。



その時、近くから鈍い音がした。
なにかの塊が地面に落とされたような、そんな。
一瞬にして身体から熱が消える。

「竜崎!」
考えるより先に叫んでいた。
自分の張り上げた声の大きさに驚く。
曲がれば道の先から先ほどの女生徒たちが倒れる竜崎になにかを早口に口走り慌てて走り去る姿が見えた。

嫌な予感は当たっていた。
彼女たちの立ち去る後ろ姿を見ながらそう確信したことに、初めて苛立ちを覚える。

竜崎はうずくまり雨に濡れ倒れていた。
全身の血液がなくなるような感覚に眩暈がする。
視界から光が消える。
こんな思いは精市が倒れた、あの日限りだと願っていたのに。

「竜崎!竜崎…っ!!」

初めて触れた彼女の身体は想像以上に細く、
その華奢さにたじろく。
その時初めて自分が小さく震えていることに気付いた。
軽すぎる身体を抱き上げると冷たくなった体温が伝わってきて背筋が凍った。
気を失っているだけだ。人はそんなに簡単に死ぬわけがない。
当たり前だ。普段の自分ならそう、簡単に判断していた筈だ。
だが、普段の自分とはなんだったのか、そんなついさっきの自分が思い出せない。

どうか、どうか、目を覚ましてくれ!

名前をどれだけ叫んだかも解らない。
馬鹿のひとつ覚えのように彼女の名を叫んでは小さい身体を震わせる。  
永遠にさえ感じた時間に、身体をよじらせ苦痛に歪む顔が虚ろ気に瞳を開かせた。

「…や、なぎ さ ん…? ど、して…」

「! 気づいたか、竜崎!よかった…。一体何が」

そこで息を止めた。

それは総てを物語った。
彼女が大事そうに抱えるもの。


それは、越前のラケットだった。



――アメリカに行く前にリョーマくんが、くれたんです――。

前にそれは越前のラケットかと問うた時、彼女は嬉しそうに話していた。

――挫けそうになったり、試合のある前にこのラケットを見ると頑張らなきゃって思うんです。
いちばんの、大切な、お守り。なんです――。

はにかんだように小さく笑い、白い頬を赤く染め、大事そうにそれを抱きしめていた彼女の姿が重なる。

答えは、それだけで充分だった。


「リョー…マ…くんから貰っ…たラケット…守れ…ました…ちょっと…汚れ…て…ガットが少し……ちゃったけど…だい…じょぶ…です……大丈」

言葉の最後を待たず、気付けば彼女を抱き締めていた。
身体の細さがさらに露わになる。

「や…な…ぎさん…?」

こんなに細く、小さな身体で、彼女が身を呈してまで、守るものなのか。

そうならば、


「…あぁ、」


俺も、
俺も、守ろう。
君と、その赤いラケットを。

「もう…大丈夫だ 」


どうか、どうか。
こんな、愚かで、美しい、彼女に。
これ以上の罰を与えないでくれ。

彼女が、誰よりも想う彼にこの想いが。
彼に、どうか。


俺のこの想いなど、いい。いい。
一生。
いいから。


「竜崎…竜崎…っ」



止みそうだと思われた雨はまだ頭上に冷たく降り続く。
ガットの少し切れた赤いラケットが、二人の身体に少しの距離を作っていた。
ぬくもりを取り戻していく彼女の体温を強く抱きしめながら、
泣いているのかと問う声を、遠く、聞いた気がした。





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