薄暗い部屋。ファクトリーの一室。
窓辺から月明かりが差し込んでいる。





ナマエが泣いていた。

目をつむって。


眠りながら、涙を流していた。
悪い夢でも見ているのだろう、きっと。




ぼくは部屋の明かりも付けずに、ソファーの上に横たわる彼女へと近づいた。
足音は立てずに、そっと。
月明かりはナマエの顔を青白く照らしている。

ぼくを待っている内に眠ってしまったのだろうか。
……ほんとーに、きみって子は。
今日は作業が遅くまでかかるから、
早く帰ったほうがいいと、あれほど言ったのに。





「ナマエ」と、つぶやくように声をかける。
その姿が余りにも痛々しくて、悲しいモノだったから。
頬を伝う涙の雫が、キラリと光っている。




「……ネジキ」


返答は無いモノだと思っていた。
しかもソレがぼくの名前だったのでいささか驚く。
彼女の目は覚めていない。寝言だなー、コレは。
どうやら彼女の夢にはぼくが出てきているらしい。




「…かないで……」

喉から絞り出したような声。
叫びたいのを無理やり押し殺したような。
と、同時にぼくのシャツの袖がぐいっと掴まれる。

全く、夢の中のぼくは何をしてくれているんだ。
ましてやナマエを悲しませるコトなんて。
あー、でも彼女待たせてしまったのは現(うつつ)のぼくか。

袖を掴んだところを見ると、“行かないで”と彼女は言ったのだろう。
ナマエのたおやかな手を袖から丁寧に引き剥がして、
ぼくの両手でもって、包み込む。




「ぼくは、どこにも行きませんからー。
 ナマエー……だから、だいじょーぶですよー」 

諭すように、慰めるようにそう告げた。

けれども彼女の苦しそうな表情はちっとも変わらない。
むしろ険しくなったくらい。
じゃあ、どうしてナマエはこんなにも苦しんでいるんだ。








「泣かないで……」




その言葉に、ぐっと心臓を鷲づかみにされる。
心の奥の方に閉まっておいたモノをすべて見透かされたような。



「ナマエ、何、言って……」






そこから先は返答が無かった。
終わらない静寂。

彼女の前で泣いたことなんて。
いいや、ここ数年泣いたことなんて無かったのに、ぼくは。


ナマエは変わらず、ただ静かに涙を流していた。



「ナマエ」




彼女は、泣けないぼくの分を泣いてくれていたのだ。

慰められているのは、ぼくの方だった。





(2009.06.02)





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