こういう日を洗濯日和とでも言うのだろう。
確かにびしょ濡れの洗濯物も、あっという間に乾いてしまいそうだ。
雲一つ無く、ただ青い。ああ、空が降ってくるみたいだ。


気がつけばバトルファクトリーに向かって足を運んでいる。
今日は特にどの施設に挑戦しようとも思わず、(なぜだか気分が乗らない)
じゃあ、単なる暇つぶしなら、別にファクトリーで無くても言いのだろうけれど。
なんとなく、だ。うん、なんとなく。



ファクトリーの近くの木陰に彼を見つける。
木の幹にもたれ掛かり、片足を伸ばして座っている。
分厚い本を開き、真剣な眼差しで活字を追っていた。


彼はいつもの黒いベストを上に着ておらず、水色のネクタイも締めてほいなかった。
羽織っているのは白いシャツだけで、袖も半丈分たくし上げていて、
胸元のボタンも一つか二つ外している。

いつもと雰囲気が違うかも。さわやかだ。



青々とした芝生の植わった地面を踏みしめ、彼の元へと近づいていく。

「ネジキ」そう呼びかけると彼はこちらを見、少し間を置いてから
「あー、ナマエー」と間延びした声を返してきた。

「あれ、珍しいね。ネジキが外に出てるなんて」

「きみはぼくを何だと思ってるんですかー」



ぼくだってたまには外にぐらい出ます、という不満げな声に
それなりに謝っておいて、彼の隣へと座り込んだ。

涼しい風が吹きぬけ、木々の葉カサカサと揺らす。
地面に落とされた木々の影も、それに合わせて微かに揺れる。



ナマエはいそいそと鞄からサイコソーダーの入ったビンを2本取り出し、
そのうち一本をネジキに手渡した。


「はい、あげる」
「どーもです」


ここに来るまでの道のりで、買ったばかりのサイコソーダ。
全く自動販売機とは便利な物で、サイコソーダはとても冷たく冷やされている。
冬には冬で、温かい飲み物まで提供してくれる。ありがたい。

栓をあけて、炭酸水を喉へと流し込む。
しゅわりとした心地よい刺激、爽快感。
甘くて冷たくてとってもおいしい。



サイコソーダのビンを目の前でかざしてみる。

ビンを通して見た世界は、ひどく歪んでいたけれど、
バトルタワーに挑戦する前に腕試しと、意気込み、対戦を繰り広げている子供達も、
日差しに焼かれている、通りに敷き詰められているレンガも
全てがソーダの青色に染まって、さながらアクアリウムのよう。


ビンを視線から外す。
ふと、一つの疑問が浮かぶ。



「……それにしても、誰も気づかないのね。
 ファクトリーヘッドがこんな所でのんきに読書してるっていうのに。
 普通、もうちょっと騒がれるものよね」



タワータイクーン然り、キャッスルバトラー然り。
勿論、ステージマドンナもルーレットゴッデスも。

クロツグさんは割りとフロンティア内で自由に走り回ってるみたいだし、
コクランさんは主に奥様方に人気がある様で、
キャッスル内部ではトレーナーでは無さそうな人も多々見受けられる。



「まー、ぼくはあまり外に出ないからなー」


彼の元へたどり着かないものはもとより彼の存在を目視できず、
たどり着いた者は恐々として、容易に彼に近づけないという訳なのか。

いや、ただ単に電波だから、気づいてはいるが
誰も近づこうとしないと考えるのが一番妥当な気がして私は一人、頷いた。
ああ、でもそうだとしたらそんな彼の隣に平然と居る私って一体。



そんなことを思考しつつ、倒れこむ様にして芝生の上へ仰向けに寝転んだ。
下から見上げると、木々がより一層高く感じられた。
木漏れ日はやさしく降り注ぐ。
草の香り。芝生がクッションになって、寝心地も上々。気持ちが良い。




すると、彼は何を思ったのか私の顔を覗き込み、
頬を両の手でぐにっと引っ張った。
人が折角昼寝に入ろうかとまどろんでいた時に。
これは嫌がらせか、嫌がらせなのか。
ああ、間違いなく嫌がらせだ。

「ちょっと、らめてよぉ」

「むー、面白い」



私は面白くない!!


なんとか彼の手から逃れようとするが、思った以上に力が強い。
ネジキめ、いつも室内でこちょこちょと機械をいじってるだけなのに。
一体どこからこんな力が出てくるのよ。


彼はそのあとも散々私のほっぺたで遊び、
それだけなら良かったのだが……。

彼の顔が思い切り接近してきたかと思うと、軽く、
唇に柔らかいものが触れて、離れた。


!?


反応が遅れる。


「ネジキっ!」

そう叫びながら私はがばっと跳ね起きる。


「どうしましたー」

「どうしましたーじゃ無いわよ、いま、キス……した」

「……嫌でしたかー?」

「嫌とか、そういう問題じゃなくて、」


むしろ嬉しくさえある。




「誰も見てませんよー」

彼は「だって、ぼくはあんまり外に出ませんしー」と付け加えた。
さっきのこと未だに根に持っていたのか、工場長。

彼の言うとおり誰も見てはいなかっただろうし、一瞬ではあったけれど。
でも。でも、でも



――不意打ちだ。


あわあわと慌てる私を尻目に、ネジキは落ち着き払っていた。
そして何事も無かったかのように本を取り出して続きを読み出してしまう始末。
なんで、なんでそんなに涼しい顔ができるのよ!


「もう……ネジキの、ばか」




(ばかばかばかばかネジキのばかっ!)



(2009.05.05)





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