「むー、コレは手遅れですねー」


パソコンを起動するなり彼は呟いた。
一面真っ青の、液晶画面。


「ネジキ、どうにかならないの?」

「今すぐという訳には、いかないかなー」





――パソコンに不具合が生じたのは昨日のことだ。
何時ものようにインターネットを楽しもうとしていたら、
急に警告が出てきて――動かなくなった。
びっくりして、慌てて電源切って、もう一度起動してみたけど、ダメで――


そして、今、私の部屋にネジキがいるという訳。
調査・分析マシンを自分で作ったと豪語している彼なら、
なんとかしてくれると思って、呼び出したのだ。

私は、パソコンの前に腰掛けている彼の後ろから、
一向に変化の無い画面を覗き込んでいた。
彼はキーボードをカタカタとたたいていたが、やはりダメだったらしい。


「コレ、ウイルスに入られちゃってますねー。
 ヨミー、聞きますけど、ウイルス対策ソフトとか入れてましたー?
 Thortonとかさー」

「ううん」

「もー、ダメじゃないですかー」


くるり、とこちら側を向いた彼に「えいっ」と額を小突かれた。
痛くは無い、痛くは。でも何だか、ちょっとむかつく。


「だって、私。
そんなに怪しいサイトとか、覗かないし」

「ナマエー、ウイルス対策ソフト入れないでネットするとか、
 ソレ、自殺こーいですよー。
 ウイルスって、メールとかからでも簡単に感染しちゃうんですよー。
 全く……対策ソフトを入れていても、
 発見できないモノもあるっていうのになー」


彼は「はぁ。」とわざとらしくため息をついた。



「……で、どうなの?」

「厄介ですねー。これは」


「そっか。
 ……じゃあ、やっぱり新しいの買わなきゃだめかな」


新しいパソコンかぁ。
……痛い出費だわ。


「ナマエ、そー落ち込まないで下さいよー。
 パソコンぐらい、ぼくが修理してあげますよー。
 しかも、今回は特別に、タダで修理してあげます。
 ついでに、Thortonもダウンロードしておいてあげます」

「えっ、本当!
 うーん、でもタダでっていうのも……」

「ぜんぜんいーですよ。
 だって、ぼくのナマエですから」 


ん?
何か一瞬可笑しかった気がするけど。


「ありがとう、ネジキ」

「まー、ぼくは仕事もありますしー、
 修理が終わるのは、一週間後ぐらいですかねー。
 ナマエ、ぼくに任せて下さい」








――1週間後



「パソコン、届きましたー?」

電話越しに聞こえる、彼の声。


「うん。無事に到着したわ。
ネジキ、ありがとうね。本当に助かった」

「どういたしましてー。
……んじゃ、挑戦者が来たみたいなので切りますねー。
また、何かあったら何時でも電話して下さい」

「うん。じゃあね」


さてさて、久しぶりに起動してみるか。

ふふ、ちゃんとカーソルが動くのがうれしいな。
あ、アイコンが増えてる、これがThortonか。


修理費タダで直してもらったけれど……
業者の人に頼んだら結構かかるらしいし、なんだか悪いなぁ。
新しいソフトまでダウンロードしてもらったし。
今度、何かお礼しよっと。




あ、そうだ。カトレアちゃんにメール送らなきゃ。
カトレアちゃん、最近パソコン始めたらしいんだよね。
メール送るって約束してたのに、すっかり遅れちゃったな。




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to:カトレア
from:ナマエ

カトレアちゃん、久しぶり。
元気にしてる?

メール送るの遅くなってごめんね。
パソコン修理に出してたの、ネジキに。
流石というか、なんというかちょっと見直しちゃった。
だてに「ジーーーーー!」とか「ワーオ!」とか
言ってる訳じゃ無かったみたい。

来週中にでもまた遊びに行くわ。
コクランさんの淹れて下さる紅茶は絶品だし。
何より、カトレアちゃんとお話したいからね。

ああ、もちろん「挑戦者」としても会いに行くわ。


それでは。

-------




「送信っと」

送信ボタンにカーソルを合わせてクリック。



〈送信失敗しました〉




「あれ?」


カチカチ カチカチ

何度もクリックを繰り返すが、エラーメッセージばかりが出る。


「どういうことなんだろう。
 メールアドレスは……間違ってないし」



こういう時は素直に彼のお世話になろう。



「ネジキの電話番号は……っと」


……繋がるかな。



「もしもし、ネジキ?」

「はいはい、ぼくはネジキですけどー。
 どーかしましたかー?」

「さっきからメール送ろうとしてるんだけど、送信失敗ばかりしちゃうの」


まだ、ウイルスが残ってたりしたのかしら。
……でも、対策ソフトも入れて貰ったし。



「あ、それなら心配要りませんよー。
 だってソレ、ぼくが仕掛けましたから」


っえ!?
今なんつったこの人。


「無論、ぼく以外の人間からのメールも届きませんよー。
 チャットや掲示板への書き込みも出来ませんしー」

これじゃあまるで、

「……貴方、いつから私の保護者になったの」

「保護者とは心外だなー。
 ヨミとぼくはれっきとした恋び」



ガシャン。
怒りに任せて電話を切った。


「……はぁ」
彼に対する今の気持ちを一言で形容するとしたら“あきれた”だ。


……ああ、でもどうしよう。
ネジキの過保護以外は文句無いしなぁ。
新しいパソコン買うのも、惜しい。

こういうときは、深呼吸をひとつ。
落ち着け、自分。

受話器を手に取り、電話を掛け直す。




「ぼくとナマエは恋人どーしです」

「分かったわよ、それは分かったから。
……ところで、どうしてこんな事したの」

全く持って理解不能。

「独占欲ってヤツかなー」

――独占欲?

「ぼくはナマエが大好きなんですよー」

――大好き

さっきから何顔赤くなってるんだ、私。



「もっ、もう……何言ってるのよっ。
 嫌われたく、無かったらねぇ、この下らない機能を何とかしなさいよ。
 メールなんて封じたところで……実際に会える人達なんだから、
 貴方の目的は、ズレてるわよ」

「ズレてるのはきみの方ですよー。
 きみが嫌う、嫌わないの問題なんかじゃない。
 それに、きみはぼくを嫌うことなんて、出来る訳ないですから」

ああ、話自体がズレてきたわ。
それにしても、一体どこからその自信が湧いてくるのよ。



「……分かったから、本当に何とかしてくれないかしら。
 普通に日常生活を送らせて下さいな」

「しょーがないですねー」





後日、ネジキの手によって無事、不可解なプログラムは解除された。


ところで、ナマエのパソコンにウイルスを送りつけたのも、
ネジキだったとかそうでないとか。





.fin


※Thorton(ソートン)とはネジキの英名らしいです。
(植物の方の英名じゃあ無いです)本当は怪しいウイルス駆除ソフトの名前ではなく
、実在するCPU(中央処理装置)の商品名らしいです。
管理人はパソコン関係に詳しい人間では無いので
ツッコミ所満載だったかもしれませんが、生暖かく見守って頂ければ幸いです。
(パソコン修理に出したことさえ無いんで)
それでは、最後までお読み下さってありがとうございました。



(2009.03.23)





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