「ナマエ、ぼくの名前は?」

「知ってるよ、ヒジキでしょ」

「あ、オハジキだ」

「違います」

「カジキ」

「それはマグロです」

「フジキ」

「もー、別人になってるじゃないですか」


私の目の前に座っている彼は、呆れたようにため息を一つ。
「ナマエー、話があるんだけどー」なんて言われたから
バトルファクトリーの応接室(少なくとも私はそう認識している)で、
こうやって向かい合って座っているのだ。
この小さな部屋には、二人掛けの緑のソファーがガラスのテーブルを挟んで
二つ設置されているだけで、あとは壁も、天井も床も白い。



「そういえば……ネオキだのネマキだの言ってたこともありましたっけー」

「うん、いっつも寝起きの顔してるからてっきり」

「生まれつきです」

「あ、分かった!ネジりはちまキっ!!」


「なんかあいだによけーなものが色々と入ってます。
 それにぼくの名前はネジキです」

「……はいはい、ネジキね、ネジキ。
大体貴方が間違えやすい名前してるから悪いんでしょ」

「さいしゅー的に、ぼくのせいですかー」


目の前の彼が、ため息ひとつ。


「こんなにいんしょー的な名前、そーそー無いと思うんだけどなー。
わざと間違えてるとしか思えないなー」

「あはは、ばれた?
結構考えるの大変だったんだよ」

「……やっぱりー」

「うん、だってネジキからかうのって面白いんだもん」


いつも眉を寄せてなにかを考え込んでいる彼。
そんな彼をからかうのは良いか悪いかって聞かれたら、
良くは無いんだろうけど、やはりおもしろい。


「……」

「ネジキ、怒ってる?」


黙り込むネジキ。私は遊んでいるつもりだったけど、
もし彼が私が思っていた以上に気にしていたかもしれない。
そうだとしたら、私は謝らなければいけない。


「ごめんね。悪気は無かったんだよ?」

「許せないなー」

「ごめんなさいっ」

「ダメー」


案の定、返ってくる言葉はNOばかり。
彼の口から、すぐに許しの言葉が出るとも思えなかったけれど。


「えぇっ、どうしたらいいの。
 あぁ、分かった。貴方、私に土下座させたいのね」

「むー。ソレも悪く無いですが、もっといーことを思い付きました」


彼から黒いオーラが出ている気がして。
今までの付き合いから、こういう場合、
私にとってはあまり良いことが起こらないことは分っている。




「ゲームしよーよ」

「ゲーム?」

「今からぼくのどんな質問に対しても、ネジキと答えて下さい」

「あ、なんだ。そんなことで良かったの。簡単、簡単」


もっと大変なことをさせられるかと考えていたので、私は心底ほっとした。
だって、さっき黒いオーラが出てたし。


「きみが勝ったら許してあげるよー。
 でもー負けた時は……。まーいいや」


彼の言葉の続きが気になったけれど、
とにかく、負けなければ問題の無い話なのだ。



「んじゃ、まずは簡単な質問から」

「バトルファクトリーのファクトリーヘッドは?」

「ネジキ」

「昨日、君にポケモンバトルで勝った人は?」

「ネジキ」


それにしても何なの? この質問は。
分りきったことじゃない。
昨日、あともう少しの所で負けたのは確かに悔しかった。
でも、挑発して私を怒らせるのが彼の作戦なら……。


「いーですよー。ではー少し難しくしまーす」

……難しく?

彼はそう言いながら、私の座っているソファーへと移動した。




「きみの好きな人は?」


空色の目が私を捉える。
目を逸らしたくても、逸らすことができない。
そんな私とは裏腹に、彼はあんな言葉を吐いても、
眉ひとつ動かしはしなかった。


「……ネジキ」


声が微かにふるえる。
ネジキの名前をただ呼ぶだけなのに、頬が熱い。
でも、そんなことは聞かなくたって……。


「きみが今、キスしたい人は?」

「えっ」

「きみが今、キスしたい人は?」

「えええええっ、ちょと何言い出すのよっ」




「ぼくの名前しか、呼んじゃダメって言ったよねー」

「――っ!」



「罰ゲーム」


彼がそう告げて、私の手に彼の手が重なった。
逃げ場を失って、もう片方の手を伸ばしたけれど、
ソファーが軽く、軋んだだけだった。


もう、完全に、彼のペースだ。





(2009.03.09)






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