昨日のことが忘れられない。
いきなり抱きついたりして嫌われてしまっただろうか。
それに、約束をするのを忘れてしまった。
私たちを繋いでいたのはいつも、つたない約束だけ。
次はいつ会えるのだろう。
愛想をつかされて、もう会えなくなったら。

いけない、私はチャレンジャー。バトルに専念しなきゃ。
一緒に戦ってくれるポケモンに失礼だわ。
どの施設もブレーンはかなりの強敵。一瞬たりとも気は抜けない。


受付でフロンティアパスを提示して、手持ちのポケモンを預け、
ベルトコンベアーの上に飛び乗る。



何度か危ない目に会ったけれど、運良く20戦目を突破する。
残すは三週目最後の試合。



「お客様、おめでとうございます!
 ここまで勝ち抜いてこられた実力を認め
 ブレーンがお客様との対戦を求めているようです。
 といいますか、ファクトリーヘッドと勝負していただきます!」

ついに戦えるんだ。ファクトリーヘッドと。


「覚悟はいいですか?」

夢にまで見た一戦。
スタッフの問いかけに私の答えは迷わずYesだった。




シャッターがウイーンという機械音とともに上がってゆく。
ファクトリーヘッドとはいかなる人物なのか。

自分の対戦位置まで歩いていき、スタンバイする。
が、ヘッドが出てくる気配が全く無い。

(あれ)

私はキョロキョロと辺りを見回した。


すると突然、相手のスタンバイ位置に無数の青い光の帯が現れ、
次の瞬間にはドカーンと大きな爆発音。
その爆風に思わず腕を前に出して構えを取った。

やがて砂煙がおさまってゆき、灰色のもやの中から現れたのは。




「ジーーーーー!」

「あっ、貴方!」

「名乗り遅れました。
 ぼくは、ファクトリーヘッドのネジキ。」


見たところ自分と年の近そうなその青年。
水色のネクタイに黒のベスト。
深緑のズボンは7分丈で黒の革靴との間には白のタイツが覗いている。
奇抜な髪形。
半分だけしか開かれていない眼の奥にたたえた光は鋭い。

彼の纏う空気が、今まで見てきたそれと全く違う。



「ファクトリー、ヘッド……」

無意識のうちに、私は一歩後ずさっていた。
本当に、この人が、ファクトリーヘッド……!


いけない、飲み込まれる。
目蓋を閉じて、深呼吸をして、そうして、ゆっくりと目を開けた。
OK、大丈夫。戦える。


「ここまで来るのに結構かかりましたねー。
 ぼくの計算だともっと早く来るはずだったのになー」

「うっ、うるさいわねー。
 ……というか、どうして教えてくれなかったの
 貴方がファクトリーヘッドだってこと」

「別にぼくは隠したつもりはないんだけどなー。
 少し考えれば分かるコトでしょー」


そうだ。その通りだ。
バトルファクトリーはレンタルポケモンで戦う。
それはファクトリーヘッドも例外ではない。
それなら軽装であることや、
手持ちポケモンを所持していなかったことにも説明がつく。

彼はポケモンに関しての膨大な知識を有していた。
私のどんな質問にも完璧に答えてみせたし、
時にはそこから更に深く掘り下げて色々なことを教えてくれた。
知識のフロンティアブレーン。それがファクトリーヘッド。

どうして気がつかなかったのだろう。
恐らく私には先入観があったのだ。
ファクトリーヘッドは大人である、という。
……いや、まてよ。まだ引っかかることが。


「でも貴方、トレーナーじゃないって言ってたじゃない」

「むー、それはきみの勘違いですよー。
 あの時の質問は“フロンティアに挑戦しているトレーナー”か否か、だったよねー。
 だからぼくは“違うと”答えた。それだけのコトだよー」
 

彼はただのトレーナーではなかった。
まして、観戦者でも。
バトルファクトリーの頂点に立つ人物。
ファクトリーヘッド。




だめ、落ち着いて。
相手が誰であろうと対戦相手に変わりは無いのだから。

それがたとえ、好意を寄せる人物であっても。

ゆっくりと呼吸をして、ぐるぐると駆け巡る感情をなんとか沈めていく。





が、驚きはこれだけではなかった。
やっとのことで落ち着きを取り戻した私に、
彼がさらに耳を疑うことをさらっと口にしたのだ。



「ぼく、きみのこと好きんなちゃった。
 きみに会う度に心臓の鼓動がやけに速くなるし、
 きみのコトを考えると仕事が手につかなくなるんです。
 こーゆーの、恋って言うんでしょー?」


すきって?
鼓動が早まる?
きみ?
わたし?
私?
仕事が手につかなくなる?
こい?
恋?
私に、恋?



何、言ってるの。


さっきから信じられないことの連続だ。
あのぼやっとした妙に博識の青年は実はファクトリーヘッドで、
ファクトリーヘッドはネジキで、
ネジキは私が……。


うそ、そんな、まさか。






「ぼくが勝ったら」

彼の声がドームいっぱいに響く。


「ぼくが勝ったら。ナマエ、ぼくのモノになってよ」

美しいターコイズブルーの眼。真剣な眼。彼の眼。



「ちょっとまってよ! 私の気持ちはどうなるのよ。
 勝手だわ。勝手すぎる!!
 そんなっ」

そんなっ、だって、私だって、貴方のことが……。



「イヤならぼくに勝てばいい。ただ、それだけですよー」






ネジキがモンスターボールを構える。

反射的にナマエも構えてしまう。


「そーこなくっちゃ。
んじゃ、いっきまーす」



(2011.03.23)







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