「ねぇ!私ついに三週目まで行けたのよ!
 貴方のおかげで次はファクトリーヘッドと戦えそう」

「それは良かったですねー」


あれから彼に、色々教えてもらっていた。
ポケモンの技の効果的な繰り出し方、戦略……。
少しずつではあるけれど勝ち進めるようになった。
彼のおかげだ。


「ありがとう」と、私はそう言いながら
嬉しさのあまりに抱きついてしまった。


「まー、お役に立てたならうれしーです、けど」


状況を客観的に考えてみて初めて、私は可笑しなことに気づく。
私、今、この人に抱きついている……!?
考えてもみてよだっていくらぼやっとしてるからっていくらのったりしてるからって
いくら優しいからって相手はおとこだぞれっきとしただんせいだぞわあああああ。
何 し て る の  私。

体温が、ぐわっと一気に上がる。


「ご、ごめんっ」


半ば突き飛ばすようにして離れた。
彼はというと相変わらず、なんてことないようにすずしい顔をしている。




「あ、あのっ。その、くせで、つい」
自分でしでかしてしまったことなのに、声が上ずる。


「くせー?」

「あ、あのね、私、ポケモンにありがとうって言うときに抱きつく癖があってっ、
 そ、その方が気持ちが伝わる気がする、から」

「そうでしたかー」


でも、相手はポケモンなんかじゃない。
最初はロボットかと思ったけれ、ど。

どうしよう、なんで、心臓が高鳴っている。おかしい。
頬が熱い。くるしい。だめだ、もう、耐えられないよ。


「私、もう行かなきゃっ。じゃ、じゃあねっ」


私はわめくようにそう告げ、
逃げるようにしてそこから走り去った。








◇◆◇






ファクトリーのモニタールーム。
薄暗く、壁にはぼうっと光る大きな液晶がはめ込まれいる。
マス目状に区分けされた画面の一つ一つに、
リアルタイムでチャレンジャーの様子が映し出されていた。


モニターの前にぽつんと一つだけある革張りの黒い大きな椅子。
ぼくはそこにどさりと腰をおろした。




――最初に彼女を見たのもこの場所だった。

あのとき、画面の端に彼女はいて、懸命に指示を出していた。
リモコンで、その試合をズームさせ、画面一杯使って映し出す。
左下には挑戦者の名前が表示される。


「ナマエ、ね。
 ……ナマエ、ナマエ」


かみ締めるように名前を呼ぶ。
どこかで聞いた名前だと思い、手をあごの下に当て、記憶の糸を辿る。


「あー、そうだ。最近殿堂入りしたっていう」


シンオウリーグ優勝。
それだけでぼくの興味を引くには十分だった。




いや、本当はあの子のコトはもっと前から知っていたのだ。
そういえばテレビで何度かポケモンバトルの様子を見たコトがある。

印象的だったのは彼女が負けた試合。
傷ついたポケモンに駆け寄り、そっと抱きしめて何ごとかを囁いていた。
その姿はまるでわが子をいつくしむ母親の様だった。


そのときぼくは確信していた。彼女は絶対強くなる。
そして……その確信は正しかった。






初めは単なる興味だった。

今すぐ彼女に会って話がしてみたい。



――何故?

公式戦では勝ち抜くトレーナーが、フロンティアに来て苦戦する。
そういうことはよくあるコトだ。
彼女ほどの実力ならば、待っていればいつか
ぼくの元へ辿りつくかもしれないというのに。

――分からない。




知りたいと思ったらすぐに行動してしまう、ぼくの悪いくせ。
今回もきっとそれだろうと思った。

会うなら何かきっかけがあった方がいいと思ったぼくは、悪いとは思いながらも
受付に預けられていた彼女の鞄からトレーナーカードをこっそりと拝借した。






彼女がぼくのことを知らなかったのは驚きだったが、
バトルフロンティアに挑戦して日が浅いのならありえない話ではない。
それに、嬉しかった。ブレーンとして扱われないことが。
もちろんそれは、ぼくがファクトリーヘッドであることを知らなかったが故なのかもしれないが、
ぼくにはそのことが新鮮で、嬉しかった。
彼女のこの優しげな雰囲気が、自然とポケモンを引き付けるのだろう。



ぼくは幼い時から天才だの、神童だの周りに騒がれて育った。
先天的の風変わりな性格のせいもあったのだろう。
同年代の子供は当然のようにぼくを疎んだ。
集団において異質な物とは弾かれるものだ。

そして、そのことが拍車をかけるように、
ぼくはポケモンという生物にさらにのめり込んでいった。

さみしくはないはずだった。だってぼくにはポケモン達が居る。
人と話せ無くったって大好きな機械いじりに没頭していれば
そんなコトはどうだって良かった。

でも、いつも胸にぽっかりとした空白があって、それは何をしても埋まらなくて、
それはファクトリーヘッドになっても変わらなかった。





普通に話して、普通に笑うコト。
ぼくには縁遠いモノだとばかり思っていた。

ナマエはぼくのコトをぼくとして見てくれた、初めての人だったのだ。



彼女に抱きつかれたときは、心臓が飛び出るかと思った。
ポーカーフェイスを装うのがどれほど大変だったか。
心拍数も体温も上がりきって、くらくらとする。
ああ、あの甘美な感覚が忘れられない。







あの子が、欲しい。


「ナマエ」



きみは明日、ぼくと戦うことになるだろう。
そしてぼくは、絶対負けない。







(2011.03.19)










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