お昼前、昨日と同じベンチへ行くと彼がすでに座っていた。



「こんにちは、観戦者さん。」

「あー、きみか」


手元には可笑しな機械一つ。
彼が黒い入れ物に入れていたやつだ。水色をしている。
バトルレコーダーでは無いようだ。携帯ゲーム機だろうか。


「約束取り付けておいてその返事は無いでしょう」

「きみこそ、その変なあだ名はなんですかー」

「見たところポケモン持って無さそうだし、
 ポケモンバトルを観戦しに来てる人かと」



「10パーセント」

彼がそう言いながら、人差し指を立てた。


「え?」

「きみの回答。
 観戦するのも好きですけど、それがぼくのすべてじゃー無い」


じゃあ残りの90パーセントって一体何なの。
しかもその数字一体何処から出たの。

そんな疑問を抱きながらも、私は彼の隣にそっと腰を下ろした。






空が青いな。
あ、遠くで何かが群れを成して飛んでいる。
ムックルだろうか。


「あの施設のコツは積極的にトレードしていくコトですよー」

「え?」


出し抜けに話しかけられて、彼を見た。
いつのまにか手元の機械は無くなっていた。


「バトルファクトリー。
 今日も挑戦してたんでしょー」

「うん、まあね。
 ……私、こう言っちゃなんだけど、シンオウの中じゃ割と強い方だったのよ。
 だけど、ここに来たら、私なんて全然」


旅をして、バッジを集めて、殿堂入りをした。
そこが頂点なのだと思っていたけれど。
けれど上には上がいた。それだけのこと。
私はただ、井の中のニョロトノだったのだ。




「さっきもいーましたけど、あの施設のカギはトレードです。
 バトルファクトリーではトレードを多くすればするほど、
 次の週で強いポケモンと出会えるんですよー」

「えっ、そうなんだ。知らなかった」

「もしかしてー、トレードしてなかったんですかー」

「うん」

「こんなのジョーシキ中のジョーシキ」

彼がため息をつき、呆れたような顔をした。


「詳しいのね」

「まー、ココに居るのは長いですからー」


彼は一体何者なのだろう。
ひょうひょうとしていて、つかみ所が無い。
彼はポケモンも持っていないのにこんなところに居て、
一体何が楽しいというのだろうか。




「でも私、あの施設好きじゃない」

「どうしてですかー?」

「だって、一緒に戦ってくれたポケモンと、
 すぐ別れなきゃいけないじゃない。
 別れは辛いわ。それにトレードするなら、なおさら」


「ふはははははっ」

お腹を抱えて笑う彼。


「なっ、何が可笑しいのよ!」

突然訳も分からずに笑われ、ムキになってしまう。


「面白いなー、きみ。
 初めてだよー。そんなコト言うトレーナー」



どこがそんなにも笑いのツボに入ったのかは分からないが、
笑っている彼の様子を見て私は少し安心した。




「笑える人だったんだね」

「えー?」

「貴方、私と会ってから一度も笑わないから」

「そーでしたかー」


表情はすっかり消えていて、動きはどこか機械的。
そして抑揚の無い喋り方。


「ロボットみたいだと思った」

「ロボットー?」

「うん」

「うれしーよーなうれしく無いよーな。 
 どーせならアンドロイドと言って欲しかったなー」

「え、突っ込むとこ、そこ!?」


この人やっぱり、どこかずれてる。
でも、悪い人じゃない。
彼と居ると、不思議と気持ちが和ぐ。


「何度も挑戦をしてトレードを繰り返していくうちに、
 きっとまた、出会えます」

「そうね」

「それに」



遠くの方で木々の葉が風に遊ばれて、カサカサと音を立てた。


「それに……勝つためには、それだけ失うモノも多いんです」

そう言った彼の横顔は、何故だか寂しそうだった。
それは今までの無表情とは、違う。
彼は一体……。




「ねぇ、貴方、」

「すいません。もー時間なのでー」

彼がすくっと立ち上がる。


「そっか」

「また明日」

「あ、うん。また明日」


歩き出した彼の背中を見送る。
何故かよくは分からないけれど、手を伸ばしたくなる。
そんな背中だった。



と、ぱっとこちらを向いたかと思うと、
はっきりとした調子でこう言った。


「バトルファクトリー、さあおいで!」

「えっ」

「なーんてね」


CMの受け売りだよー。と彼はまた笑った。






(2011.03.14)








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