……にしてもよく食べるなぁ。
スパゲッティにカレーライス。
もうすぐハンバーグも来るみたい。

気がつくと自分が食べるのも忘れて、
彼の口に次々と料理が運ばれていく様をぼーっと眺めていた。
がつがつというのでもなく、味わわず、すぐに飲み込んでしまうという訳でもない。
けれど白い皿の上の料理は確実に体積を減らしていた。

……意外に食べる人なんだ。
割と細身だからそんなに食べないかと思ってたのに。
一体この細い体のどこに、これだけの質量が収まっていくのか不思議に思った。


と、彼がフォークを握っている手を少し止めてこちらを向き、
口に入っていた食べ物をすべて飲み込んでから、口を開いた。



「ねー」

「何?」

「きみ、ぼくのコト知らないんですかー」

「え、前にどこかで会ったっけ」



ポケモンリーグを目指す道中で
何百何千のトレーナーとバトルを繰り広げてきた。
彼とはどこかで戦ったことがあるのか。
いや、彼はさっきトレーナーでは無いと言った。
記憶のどこを探っても見当たらない。
第一こんな奇抜な格好の人、一度会ったら絶対忘れられないはず。



「じゃー、いーです」

「なんだか、ごめんなさい」

「いいんですよー。
 そっちの方が。ぼくとしては都合がいーかなー」

「都合?」

「あ、こっちの話です。気にしないで下さい」



それにしてもよく食べるなぁ。
自分の頼んだ料理を口に運びながら、また眺めていた。

彼が透明なグラスに残っていたメロンソーダを
赤いストローでずずーっと飲み干し、
そして思い出したようにこう言った。



「ところで、ファクトリーヘッドって、知ってますかー」

「何それ」

「フロンティアブレーンの肩書きの一つで、担当はバトルファクトリー」

「へぇ」

「20連勝したら、戦えるんですよー」

「そっか。私弱いからなぁ。……どんな人なんだろう」



フロンティアの各施設には担当ブレーンがそれぞれ居ると聞いていたが、
バトルファクトリーの場合はファクトリーヘッドというのか。
怖いおじさんかなぁ。それとも綺麗なお姉さんだったりして。




彼はデザートのチョコレートケーキを食べ終わり、
両手を合わせ、満足そうに「ごちそーさまー」と、言った。


「ご、ごちそうさま」

私もつられて手を合わせる。
空になった皿はそのままに、伝票を持って席を立った。








『5000円になります』

予想外の出費だなぁ、でも仕方ないか。
かばんのなかから財布を取り出そうとすると


「まって、ナマエ。ぼくが払いますからー」

と、彼が手をかざし軽く制した。


「え、でも……」

「借りがあろーとなかろーと女性におごらせる訳にはいきませんよー。
 それにー、ちょっと食べ過ぎちゃったしー。」


そんなことを言ってる間に、彼はさっさと支払いを済ませてしまった。
沢山食べてる自覚あったんだ、なんて思いながら食堂を後にする。




ふと、彼と一緒に食事をした目的を思い出す。


「ねぇ、これじゃあ借が出来たままだわ」

私がそういうと彼は少し考えてからこう提案した。


「んじゃ、ぼくとまた会って貰えませんかー?」

「別に構わないけど……。
 あ、そうだ。名前。貴方の名前は?
 というか私の名前……」


お互いに自己紹介せずにここまでずるずると来た、はず。


「あー。さっきトレーナーカードを見たときにー」

何でも無いように彼が答える。


「で、貴方の名前は?」

私がもう一度問い直すと


「ほくは名乗るほどの者じゃありませんよー、
 ……それに、その内分かります」

彼はそう言って、くるりと私に背を向けた。





「んじゃ、また明日、同じ時間、同じ場所で」


彼はそう言い残し片手を挙げ、肩越しに、ひらり、手を振って
ポケモンセンターから出て行った。





「変な人」


……でも、いい人ね。

私はひとり、呟いた。






(2011.03.13)








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