私が行なっている研究内容は、プラズマ団に入団する以前とさして変わらない。 トレーナーとポケモンの関わり合いにおける、潜在能力を引き出す因子とは何か。 そして、アクロママシーンと呼ばれるポケモンを活性化させる装置の開発。 博士はプラズマ団の研究を手伝う傍ら、 自らの研究は別で続けられるように、契約の際に交渉したらしい。 博士がプラズマ団の研究に時間を取られ席を外しているときにも、 私は一人、船の中に設けられた小さな研究スペースで対戦データをまとめている。 だから、プラズマ団がどのような研究を行なっているのか具体的には知らない。 博士はトレーナーと一戦交える時、記録の為に必ず小型のカメラを飛ばす。 大きさは丁度モンスターボールくらいで、プロペラがついている。 ポケモンとトレーナーの動きを自動で認識して撮影する優れものだ。 ちょと大きめな気もするが強度の問題から、これ以上サイズを小さくすることができなかった。 PWTでは怪しまれるので流石に飛ばすのを控えたが。 今パソコンのディスプレイに映っているのはキョウヘイ君の映像だ。 4番道路での博士とキョウヘイ君の初めてのポケモンバトル。 4番道路、PWTと彼のバトルを見ていて思うのは、彼は決して諦めたりしないということ。 どんなに追い込まれても、その真っ直ぐな瞳が陰ることはない。 そしてポケモンのことをとてもとても大切にしているということ。 最近はフィールドワークにも出かけてはいない。 博士からの指示が出ないからだ。 私はバトルの腕はイマイチだが全く戦えないという訳ではない。 博士とは別に行動し、各地のトレーナーと戦い、五段階で評価をつけ、 なおかつ強いトレーナーの噂を集めては博士に報告する。 そこでアクロマ博士自身も戦い、彼の眼鏡に叶うトレーナーであれば追跡対象に加える。 もちろん、博士がトレーナーと戦う前に必ず私を通す、という意味ではない。 博士は博士で調査を行なうが、私の場合には私の判断だけでは不十分だからである。 かといって私にも見込みの無いトレーナーを切り捨てるくらいはできる。 ふるい分けと情報収集、その役割を担っていた。 いくら何でも博士一人ではとても調査しきれないだろう。 そういえば、フィールドワークをしていく中で不思議な青年に会ったことがあったな。 電気石の洞穴に時々強いトレーナーがやって来るという噂を聞いて、調査を行なっていた時のことだ。 トレーナーとバトルをした後、会話に夢中になっていたら、 すぐ隣に居たはずのランクルスがいつの間にか姿を消していた。 どこに行ってしまったのかと思ったら、案外近くにいたのだが……。 「へぇ、キミのトレーナーは研究者なんだね……プラズマ団……そう。 ……今はアクロマという科学者がボスをしているのか」 ランクルスのそばにはキャップ帽を目深に被った青年。 若草色の長い癖毛を首元で一つにまとめている。 分からないのは、なぜ、私の素性を把握しているのか、だ。 ふと、こちらに気付いた青年は特段驚いた素振りも見せず、微笑んだだけだった。 「ああ、驚かせてごめん。ボクにはポケモンの言葉が分かるんだ」 ――ポケモンの言葉が……分かる? 確かにそれなら今初めて会ったばかりの青年が私の情報を持っているのにも説明がつく、が。 本当にそんなことできるのか? 青年はランクルスをじっと見つめる。 「……フウン、潜在能力を引き出す、ね」 それにしてもすごい早口だ。 けれど考えずに話しているというよりは、きちんと考えた上で、即座に出力している。 そんな印象を受けた。 「ポケモンの潜在能力を引き出すという観点でのみ、論じるなら……ボクの中に解はない。 そしてその数式の答は、カレ自身で導き出すべきだ。 ボクが言えるのは、ポケモンも人も、結局は愛されたいってことかな」 彼はそこまで一息に言い切ると、 帽子のつくる影の中から私の目をまっすぐに見つめ、言った。 「大切なのはラブだよ」 「ラブ……」 「ごめんね、ボクはもう行かなくちゃ」 青年はそう言うと数々の謎を残したまま暗闇の中へと姿を消してしまった。 後で博士に報告したら、何らかのトリックを使用して、ペテンにかけられたのだと一蹴された。 ポケモンと会話出来る……そんな人間が世界にいる訳が無い、と。 本当にあれはなんだったんだろう。 「ナマエさん」 と、耳元で突然甘ったるい声がした。 ぞわぞわっと全身が一瞬にしてあわ立つ。 「わわわ! アクロマ博士っ! びっくりしたぁ!」 「いやはや、からかいがいがありますねぇ」 見上げると、そこにはくすくすと笑うアクロマ博士がいた。 「もう、やめて下さいよー、はー心臓止まるかと」 「だって、ナマエさんが気づかないから」 「気づかないも何も、どうせまたテレポートして入ったんでしょう」 見るとアクロマ博士の足元にはリグレーがしがみ付いていた。 ああ、やっぱり。テレポートを覚えてる子だ。 アクロマ博士はトレーナーの資質を見極めるために、 様々なレベルのポケモンを所有している。 ギリギリの状況でないとポケモンが潜在能力を発揮しないから、だそうだが、 どうせならばタイプにも幅を持たせればよいと思うのだが、 そこは博士の好みが存分に反映されているというか。 リグレーのテレポートだってタマゴ技のはずなのに……。 遺伝させてまで覚えさせるとは気合の入りっぷりが違う。 「すいませんね、ナマエさん一人に任せてしまって」 「いえ、平気です」 「まぁ、これもナマエさんが優秀だから任せられるのですがね!」 「そ、そんな」 博士はよく私を褒めてくれる。 お世辞だとしても、嬉しいものは嬉しい。 ふと、博士の白衣のポケットから着信音が流れた。 「失礼」 博士は部屋の端に移動してポケットからタブレットを取り出すと、電話を繋げた。 相手はプラズマ団員のようだ。 「……ええ、了解しました」 通信を終了すると、博士はタブレット畳んでポケットにしまい、 私にこう言った。 「どうやら、キュレムの捕獲に成功したようですよ」 (2012/09/01) ← ×
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